世界最大の加速器が始動、実験の鍵は世界規模のコンピューティング・グリッドが握る
アトラス(ATLAS:A Troidal LHC Apparatus)実験に向けたカロリメーター(熱量計)を設置しているところ。検出器の8個のトロイド磁石が見える。写真提供:CERN アトラス実験グループ
加速器を構成する双極超電導磁石のCG画像である。写真提供:CERN アトラス実験グループ
LHCによる主要な4つの実験について、設備の位置の概要を示した。写真提供:CERN アトラス実験グループ
世界最大の粒子加速器「大型ハドロン衝突型加速器(LHC:Large Hadron Collider)」が2008年9月10日に始動した。円周27kmのリング状の加速器に陽子ビームを入射し、周回させることに成功した。この実験には、LHCを構成する超電導磁石や検出器、さらに世界規模のグリッド・コンピュータ・ネットワークを設計した、数多くのエレクトロニクス・エンジニアの協力があったのである。
LHCは、スイスのジュネーブに本部を置く欧州合同原子核研究機関「CERN(セルン)」に建設された。全長27kmのリング状の加速器は、1232個の双極超電導磁石と392個の四極超電導磁石で構成されている。双極超電導磁石は大きさが1個当たり約15mで、陽子ビームを屈曲する役割を担う。四極超伝導磁石は大きさが1個当たり約4.9~6.7mで、陽子ビームの集束を受け持つ。
実験ではまず、これらの超伝導磁石を60トンの液体ヘリウムで華氏-456度まで冷却する。次に、超伝導磁石のリングの中で何兆個もの陽子を加速し、1秒間の周回数が1万1245回という、光速の99.99%に達するスピードで高速回転させる。これにより、陽子の衝突が毎秒6億回発生する。互いに反対方向に進行する2本の陽子ビームはそれぞれが7TeV(テラ電子ボルト)のエネルギを有している。従って、これらの陽子ビームが正面衝突する際の最高エネルギは14TeVに達し、現在世界最強の加速器である米Fermi National Accelerator Laboratoryの「テバトロン」の7倍に相当する。
LHCで実施される実験の多くは、宇宙誕生時の大爆発(ビッグバン)が発生したときの状態を再現することで、宇宙の神秘を解明することを目的としている。そのためにLHCでは、まだ存在が確認されていない素粒子を発生させることを試みる。物質と質量の起源、余剰次元(extra dimension)の存在、宇宙の96%を占めると推定される暗黒物質と暗黒エネルギ(20数%強が暗黒物質で、残りが暗黒エネルギ)の発見や分析といった、現代の物理学では説明できない問題の解明が期待されている。
このほか、同実験では微小なブラック・ホールを作り出す計画もあるという。これに対しては、地球がそのブラック・ホールに飲み込まれるのではないかと危ぶむ声もあるが、CERNの科学者によれば、自然界では宇宙線が大気と衝突する際にブラック・ホールが生まれているという。こうした謎についても、LHCの検出器によって解明が進むだろう。
エレクトロニクス・エンジニアが実験を支える
「LHCへの検出器の設置が成功したのは、エレクトロニクス・エンジニアのおかげだ」――。こう語るのは、米University of Nebraskaリンカーン校で教授を務めるKen Bloom氏である。同教授は、「われわれはエレクトロニクス・エンジニアの協力を得て、物理学の新たな地平を開くために必要なあらゆる情報を検出する、汎用性の高い検出器を開発した。超低雑音アンプからリアルタイム・コンピューティング・システムに至るまで、この実験全体を電気工学が支えている」と述べている。
LHCによる最も重要な実験の1つは、「CMS(Compact Muon Solenoid)検出器」を使って行う。この検出器は、1万2500トンのヨーク部と、地球の磁場の10万倍に相当する4T(テスラ)の磁場を発生させる超伝導ケーブルの円筒形コイルからなる巨大なソレノイド磁石の周囲に設置されている。
「CMS実験は、CERNのLHCで実施する2つの重要な汎用実験のうちの1つだ。われわれの目標は、高エネルギ粒子を衝突させ、その観測を通じて新しい物理現象を発見し、解明することである。実験が進めば、現在の常識である3次元を超える余剰次元が存在することを証明できる可能性がある」と同教授は述べている。
同教授は、今回の実験で測定結果を処理するコンピューティング・グリッドの米国における第2階層のデータ・センターを運営するプロジェクト・マネジャーを務めている。同教授によれば、「エレクトロニクス・エンジニアたちにとって、LHCでCMSの実験を実現する唯一の選択肢がグリッド・コンピューティングだった」という。
「検出器が吐き出す処理前の測定データだけでも、1年当たり数P(ペタ)バイトに上る。こうした大量のデータを処理するには、新たなグリッド・コンピューティングを考案する必要があった。実験では、毎秒数百万回の衝突が発生するが、現在のコンピューティング技術では毎秒100回程度しかデータを処理できない。従ってエレクトロニクス、・エンジニアたちは、対象の測定データの中から解析の対象としたい衝突についてのみデータを記録するといった、高い機能を備える高速オンライン・システムを設計しなければならないことになる。ただし、たとえこうしたシステムを用意できたとしても、単一のデータ・センターでこのような大量データを処理することは不可能だ。そこでわれわれは、高速ネットワークを利用して世界中にデータを分散して処理するという手法を採用した」(同氏)。
LHCでは今後、CMSを含めて6つの実験が実施される予定だ。これらの実験で1年間に生成されるデータは約15Pバイトに達する見込みである。このデータは、CERNで記録および保存されるが、解析については世界規模のグリッド・コンピューティング・ネットワークによって実施する。このネットワークには、世界各地から5000人を超える科学者がアクセスできるようになっている。
LHCにおけるこのコンピューティング・グリッド「The Worldwide LHC Computing Grid」は、米国のコンピューティング・グリッドのコンソーシアム「Open Science Grid(OSG)」が中心になって整備を進めてきた。OSGは、米国に60カ所以上、ブラジル、台湾、英国に5カ所の拠点を有している。The Worldwide LHC Computing Gridそのものは、7カ所の第1階層のデータ・センターからなり、互いに10Gビット/秒の光ファイバ通信網で接続されている。この中には、Fermi National Accelerator Laboratoryと米Brookhaven National Laboratoryが含まれており、LHCの科学者が実施した6つの実験のデータ群を、それぞれの処理に適したグループに分けて割り当てる仕組みである。
これらのデータはさらに、40カ所の第2階層のデータ・センターに分配されて、それぞれの実験に合わせて、科学者がデータを分析アルゴリズムにかける。米国内には第2階層のデータ・センターが7カ所あり、シミュレーションと分析のために10Pバイトを超えるディスク・キャッシュを提供するという。
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