VDSL2による高速常時接続(前編)、雑音の影響を最小化する
全世界で2億人が利用しているといわれるデジタル加入者回線(DSL:Digital Subscriber Line)は、インターネット・サービス・プロバイダが常時接続サービスを提供するための主要な手段となっている。高速データ通信サービスと音声サービス、ビデオ・サービスの3つを組み合わせるいわゆるトリプル・プレー・サービスを、DSLを使用して提供することによって、銅線インフラを生かしたまま、投資収益率を向上できる。
トリプル・プレー・サービスを提供するには、高速通信が可能であることのほか、高いデータ転送速度を確保できること、サービス品質(QoS:Quality of Service)が高いこと、ネットワークへの「常時接続」アクセスを維持できることが条件だ。
DSL技術の1つであるVDSL2(Very High Bit Rate Digital Subscriber Line 2)は、高速で伝送距離を長くとれるので、トリプル・プレー・サービスに向く*1)。しかし、マルチメディア・サービスを保証するデータ転送速度やサービスを提供できる距離は、VDSL2回線上の雑音によって深刻な影響を受ける恐れがある。
雑音は、隣接する信号線間で電気信号がクロストークなどを起こすことから発生する。さらに、本来1点に落ちるべきグラウンドがループ状につながっているために発生するループ雑音の特性も、DSL回線のオン/オフ切り替え時に大きく変動する可能性がある。
VDSL2では、動的にリンク速度を調整できるSRA(Seamless Rate Adaptation)技術が標準的に利用されている。SN比が低下したサブキャリアに割り当てられていたビットを、空きキャリアに割り当て直すビット・スワップなどの手法も使われている。
いずれも、ループ状態の経時変化に合わせてデータ転送速度を変えられる。しかし、雑音マージンが大幅に低下している(ときにはマイナスになる)場合には特に、ビット・スワップなどに必要なオーバーヘッド・チャネルの整合性を維持できないことが多い。
サービス・プロバイダが必要としているのは、広帯域雑音が突発的に発生してもデータ転送速度を迅速かつ動的に調整できる優れたメカニズムである。この種の技術は、インターネット・プロトコルTV(IPTV)やリアルタイム・トリプル・プレー・アプリケーションなどの高度な有料サービスを確実に提供するために欠かせない。
本稿では以下の2点について論じる。(1)クロストーク、変動無線干渉源、インパルス雑音、温度変化など、DSL回線の伝送性能を低下させる一般的な原因、(2)拡張サービスの「常時接続」を確保するために雑音の影響を最小化する手法、についてである。
性能低下に強いVDSL2
世界中のサービス・プロバイダが、DSLアクセス・インフラ上でトリプル・プレー・サービスを提供している。いくつかの主要サービス・プロバイダのビジネス戦略を見ると、あらゆるコンテンツに対応するユビキタス・サービスやオンデマンド・サービス、高度に統合された豊富なサービスをいつでもどこでも誰にでも提供することが含まれている。回線自体には手を加えなくても、高密度で高い信頼性を備えたVDSL2/ADSLx両対応カードを導入することで実現できるからだ。しかもこれらのカードは、コスト効率や電力効率が高い。
帯域幅を最大化し、エラー率を最小化し、堅牢性を強化し、運用効率を向上させるためには、すべての階層でDSLシステムの最適化を考慮する必要がある。サービスの信頼性と安定性を保証するように最適化されたDSLシステムを使えば、サービス・プロバイダは、革新的な製品を素早く導入し、1ユーザー当たりの平均売上高を増やしつつ、運用経費と資本経費を削減できる。
ユーザーは、サービス・プロバイダに対して、特に優れたQoSやネットワークへの常時接続性が保たれること、高い信頼性、すぐに利用可能なコンテンツを要求する。従って、ネットワーク事業者は、サービスの中断はもちろん、さまざまな帯域幅における信号の損失や雑音レベルを精査する回線の再測定(リトレーニング)*2)による切断をなんとしても避けなければならない。
トリプル・プレー・アプリケーションの担い手となるため、DSL技術自体も進化を続けている。VDSL2の標準である「ITU G.993.2」は2006年11月に承認された*3)。初期のDSLに比べ、VDSL2では、ネットワーク事業者のさまざまなニーズに対してより良く対処するために、いくつもの改善が施されている。
例えば、VDSL2はトリプル・プレー・サービスの安定性を向上させる目的で、インパルス雑音に対する耐性を高めるためにINP(Impulse Noise Protection)を取り入れた。INPはリード・ソロモン符号長と遅延値を設定する機能である。同時にバースト状に発生するインパルス雑音のバースト時間を監視し、最適な誤り訂正ができるINP値を設定するための機能であるINM(Impulse Noise Monitoring)も追加されている。
さらに動的にリンク速度を調整するSRA*4)やU0バンドのPSD(Power Spectral Density)形成も加わった。新しいサービス・ポリシーと初期化ポリシーにも対応している。
VDSL2標準では、SRAが対応できないほど突発的に雑音が増加した場合でも瞬時にリンク速度を大幅に下げられるSOS、経路の帯域幅を監視し、通信を継続したまま動的に帯域幅を再配分するDDR(Dynamic Rate Repartitioning)、クロストーク・チャネルの評価と軽減手法などの高度な技術も推奨されている。
VDSL2は、プロファイルの概念を採用することによって幅広い敷設環境に適応できる。各プロファイルには環境ごとの設定値、つまり特定の帯域幅(8M〜30MHz)や複数の電源とパワー・スペクトル密度、マスク制約の組み合わせが記述されている。各プロファイルは、特定の伝送距離(リーチ)やデータ転送速度(レート)ごとに最適化されている。このように、VDSL2は従来のVDSLの伝送距離を拡張して、ほかのすべてのDSLを上回る最大データ転送速度を実現している。
将来、隣接回線間のクロストークを除去して実効速度を上げる動的スペクトル管理(DSM:Dynamic Spectrum Management)などの高度な技術が採用されれば、ケーブル・バインダ内の信号線で発生するクロストーク自体が減るだろう。より高度なDSMでは、バインダを共有する全ユーザーを調整する手段が必要なため、このような手法が重要な意味を持つ。
DSMに関する真のボトルネックは非技術的な問題にある。すなわち、複数の会社によって複数の信号線が運用されるループ・アンバンドリングなどの形態である。これらの問題を解決しない限り、電話会社はDSMの能力をすべて引き出すことはできない。
性能低下を引き起こす3種類の原因
DSL通信における不正信号はガウス分布(正規分布)に基づくランダムな信号と見なされることが多い。例えば、ビット・ローディング・アルゴリズムは、通常、ガウス雑音を前提として設計されている。このようなアルゴリズムでは、ガウス分布に従わないほかの種類の干渉による影響を過小評価するため、エラー発生率を最小化できない。
チャネル評価手順も通常、定常的障害が存在する状況で最適な性能を得られるように設計されている。これらのアルゴリズムでも、やはり変動干渉や準定常干渉、経時変化干渉を正しく評価できない。これらのDSL測定手順の多くは、定常的障害またはガウス雑音が存在する状況でのループ性能と堅牢性の最適化にのみ適している。このため、加入者側のモデムではインパルス雑音など、ほかの障害を検出できない。
DSLの性能を低下させる主な原因は、次の3種類に分類できる。
(1)内部の雑音源
内部的に発生する障害の例として、常に存在する熱雑音や量子化雑音、回路部品の非線形性と歪み、エコー漏れ、トランス・ハイブリッド・ロス、帯域制限フィルタ(ISI)による漏れ、クロック雑音によって生じる位相雑音、クロック・ジッターなどが挙げられる。設計とアルゴリズムの両面において、設計が良くないことや精度と性能限界が低いことが、DSLの性能に悪影響を及ぼす。
(2)外部の準定常雑音
これは一般にクロストークとして知られる。T1やDSLなどの、VDSLに隣接した信号線からのクロストークであるエイリアン・クロストークや、基地局付近で発生する遠端クロストーク(FEXT)、加入者側で発生する近端クロストーク(NEXT)などの自己雑音源から発生した干渉が含まれる。隣接DSL回線の連続送信によって発生するクロストーク干渉は基本的に定常であるが、加入者側の宅内配線の変更や温度変化が原因でクロストーク・プロファイルが次第に変化することもある。多くの場合、クロストークがDSLシステムの性能低下の主な原因となっている。
(3)外部の非定常雑音
DSLシステムの性能に影響する非定常雑音は、さまざまな原因によって発生する。性能低下の主な原因はさらに以下のように5つに分かれる。
(a)回線上で発生した電圧スパイクからのインパルス雑音
一般的な原因としては、落雷やトランス・サージ、家電や電灯のスイッチの切り替えなどがある。REIN(Repetitive Impulse Noise)も、電源の動作周波数(50Hzまたは60Hz)に従って繰り返される回線上の電圧スパイクや雑音増加によって発生する変動雑音である。インパルス雑音は、巡回冗長検査(CRC)エラーを引き起こし、DSL回線の再測定とサービス中断を招く可能性がある。
(b)無線周波数干渉(RFI)
スペクトルの比較的狭い部分に制約される傾向があり、インパルス雑音信号と同様の原因や、信号に混信したハム無線妨害によって発生する。RFIの正弦波に似た干渉が拡散すると、膨大な数のトーン上でデータ転送速度が低下する可能性がある。
RFIは、通常、ディスクリート・マルチトーン(DMT)変調を適用したDSLシステム内の狭い範囲のシンボル、すなわち情報を搬送波に乗せる場合の変調信号の単位ごとにしか影響しないが、持続期間がインパルス雑音よりも長いため、多くのDMTシンボルが影響を受ける。インターリービング*5)が増加し、リード・ソロモン符号に対してより多くのパリティが必要になるため、低遅延が求められる用途(遅延によって音質が低下するVoIPなど)に悪影響がある。
(c)POTS(Plain Old Telephone Service)信号
POTSとは、電話サービスにおける旧来の音声通話サービスを指す。POTS信号はオン/オフのフック遷移やダイヤル・パルス、リンギング、リング・トリップによって発生する。
(d)銅線での瞬断
銅線での瞬断が起こると、DSL信号にごく短時間の不規則な中断が生じる。CRC処理を減らすため、再送信の際にはフィルタリングと信号処理を組み合わせて用いる。
(e)隣接DSLサービスの開始と停止
この現象は同一のケーブル・バインダに収容されたケーブルに接続されたモデムのスイッチが切り替わったとき、定常雑音レベルで突発的かつ大きな変化をもたらす可能性がある。クロストークのレベルと有効な雑音マージンの量によっては、サービスの中断や回線の再測定につながる可能性がある。
以上の雑音のうち主なものを図1にまとめた。
図1 VDSL回線に及ぶ主な雑音
信号線上の遠端クロストーク、近端クロストーク、無線周波数干渉(RFI)、インパルス雑音などのさまざまなループ障害の影響を表す典型的な展開シナリオ。FTTC(Fiber To The Curb)やFTTN(Fiber To The Node)の宅内引き込み線からも雑音を受ける。
【注釈】
*1)VDSLは銅線による電話線を用いる通信技術。2004年に標準化された。比較的短い伝送距離を想定してお り、ADSLなどのほかのDSL方式よりも高速である。集合住宅などの主配線盤で、光ファイバによるブロードバンド回線を各加入者の既設の電話線に分配す る用途などがある。VDSLは12MHzまでの周波数帯域を使用し、最大伝送速度は200Mビット/秒。VDSL2はトリプル・プレー・サービスなどに向 け250Mビット/秒に高速化し、より長距離でも使えるよう改善された。30MHzまでの周波数帯域を使用する。伝送距離が長くなると速度が低下し、例え ば0.5kmでは100Mビット/秒となる。
*2)測定時には、回線の品質に応じて直交周波数分割多重方式の一種である離散マルチトーン変調のサブキャリアごとにビット数の割り当てを変更する。後述するSRAやRRAにおいてもビット数の割り当て変更によって雑音に適応する。
*3)ITU-T Recommendation G.993.2「Very high speed digital subscriber line transceivers 2」2006年11月公開。
*4)SRA機能が備わっていない従来のDSLでは雑音が増加した場合SN比を高めるため伝送速度を下げると、その後雑音が減少しても伝送速度を回復できなかった。
*5)バースト雑音が加わると、特定の周波数帯域の信号すべてがエラーとなり、CRCでは修正できなくなる。インターリービングによって、送信データをブロックごとに分割し、並べ替えて送信することで、バースト・エラーが分散し、CRCによる修正が可能となる。
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