IEEE 802.11nが無線LANの主役へ、従来版置き換えと用途拡大の動き

アセロス・コミュニケーションズが2008年11月に発表したIEEE802.11n対応のチップ群「Align」の1品種「AR9285」の参照設計である。

アセロス・コミュニケーションズの代表取締役社長である大澤智喜氏。

Ralink Technology社の無線チップ・セット「RT2880/RT2850」を搭載したデモ用ボードである。CEATEC JAPAN 2008で展示した。

Ralink Technology社のPresidentを務めるRick Jeng氏。

Ralink Technology社は、メディア・サーバーから宅内にある複数のAV機器に向けて、HD映像を無線伝送するといった用途を想定する。

Quantenna Communications社の「QHSチップセット・ファミリ」の参照設計。

W&W Communications社のVice President of MarketingであるKishan Jainandunsing氏。

「Kauai」と呼ぶ参照設計(リファレンス・ボード)を用意した。Ralink Technology社の無線チップ・セット「RT2880/RT2850」と、W&W Communications社のコーデックIC「WW602」を組み合わせたものである。

2008年10月に開催された「東京ゲームショウ 2008」では、IEEE 802.11nに対応した無線チップと、同社のコーデックICを使ったデモを披露した。

 

 「IEEE 802.11n」が無線LAN規格の主役に躍り出ようとしている。IEEE 802.11nの1世代前の規格に相当する「IEEE 802.11g」の置き換えを促す取り組みと、高品位(HD)映像の伝送などへの用途拡大を狙った動きが活発化していることが背景にある。

例えば、アセロス・コミュニケーションズは、IEEE 802.11nへの移行を促すことを目的に「チップ・コストをIEEE 802.11g採用品に限りなく近付けた」(同社の代表取締役社長である大澤智喜氏)とする、IEEE 802.11n対応無線チップ製品群「Align(アライン)」を2008年11月に発表した。チップ・コストが安価であるのに加えて、PHY層での最大データ伝送速度は、IEEE 802.11g採用品の3倍に相当する150Mビット/秒と高い。

信号の入力/出力系統がそれぞれ1つである「シングル・ストリーム構成」を採ることで価格を低減した*1)。シングル・ストリーム構成を採れば、低雑音アンプ(LNA)やパワー・アンプ(PA)といった各種高周波回路の回路規模を、既存の一般的なチップに比べて減らせるため、チップ・コストを削減できる。一般に、IEEE 802.11n対応品は、送信側と受信側にそれぞれ2つのアンテナを使うMIMO構成(「2×2 MIMO」と表記する)を採るものがほとんどだ。

同社は、低価格なパソコンを中心に、大きな市場があると考えている。「ネットブックやUMPCといった低価格で小型のパソコンでは、高性能化したからといって販売価格を上げるのが難しい。しかし、今回の製品群を採用すれば、販売価格を上げることなく通信性能を高められる」(同氏)という理由からだ。なお、「現在はIEEE 802.11g規格からIEEE 802.11n規格への移行期であるものの、市場全体としては依然としてIEEE 802.11n規格以外を採用した品種が主流である。例えば、IEEE 802.11n規格を採用したルーターの販売台数は、全体の30%程度にとどまる(2008年9月における米国での値)」(同氏)という。

新市場を開拓
一方、台湾Ralink Technology社は、IEEE 802.11n対応無線チップで新たに狙う用途として、HD映像の無線伝送を掲げた。「ノート・パソコンとアクセス・ポイントの間でのデータのやりとりはもちろんのこと、これに加わる新市場として映像伝送の分野に注目している」(同社のPresidentを務めるRick Jeng氏)。前出のアセロス・コミュニケーションズの大澤氏も、「現時点では明確な市場があるわけではないものの、HD映像の無線伝送に関連した市場は、将来、重要な市場になると考えている」と述べた。

現在、Ralink Technology社は、映像伝送分野に向けて、ベースバンド/MAC層処理チップ「RT2880」を市場に投入している。RFトランシーバIC「RF2850」と組み合わせて使う。2009年第1四半期には、ベースバンド/MAC層処理回路とRFトランシーバ回路を1チップに集積した次世代品のサンプル出荷を始める。次世代品では、映像の安定伝送に向けて、いくつかの工夫を盛り込む予定だ。例えば、アンテナの指向性を動的に変える「ビーム・フォーミング」に対応するほか、電波の伝わり方(伝搬状況)の変化に合わせて動的にデータ伝送速度を変える「Rate adaptation」機能を強化する。3×3 MIMOにも対応する予定である。

メッシュ・ネットを動的構成
IEEE 802.11n 方式でHD映像を無線伝送する際に求められるのが、安定したデータ伝送と、映像の圧縮/伸長処理に伴う遅延時間や画質劣化を抑えるという点である(圧縮/伸長処理に関しては、次ページの別掲記事「HD伝送の鍵を握る圧縮/伸長IC」を参照)。これについての取り組みも進んでいる。

米Quantenna Communications社は、「宅内のどこでも、どのような状況でも安定した映像伝送が可能である」(同社)と主張する無線LANチップ「QHSチップセット・ファミリ」を2008年11月に発表した。受信感度が著しく下がり、データを安定して受け取れない領域(「デッド・スポット」と呼ぶ)を無くすための機能を複数組み込んだとする。具体的には、送信アンテナ側のビーム・フォーミング機能や、複数の無線端末間でメッシュ・ネットワークを動的に構成する「ベクトル・メッシュ・ネットワーキング」機能、4×4 MIMO(または2系統の2×2 MIMO)処理機能などである。

LNAやPAを集積したRFトランシーバ・チップやベースバンド/MAC層処理プロセッサ、アプリケーション・プロセッサなど複数のチップを、実装面積が5.1cm×6.3cmという小型のモジュールに格納した。利用する周波数帯域が異なる複数の品種があり、最大データ伝送速度は1Gビット/秒である(2.4GHz帯と5GHz帯を組み合わせて使う品種のとき)。2008年第4四半期中にサンプル出荷を開始する。

なお、現在のところ無線LAN規格の業界団体である「Wi-Fi Alliance」では、映像伝送に関する認証プログラムを規定していない。しかし、「『Video Over Wi-Fi』と呼ぶグループで、認証プログラムの内容についての議論を進めているところだ」(Ralink Technology社のRick Jeng氏)という。
 

HD伝送の鍵を握る圧縮/伸長IC
無線LAN規格の最新版「IEEE 802.11n」が、高品位(HD)映像の無線伝送の用途で広く使われるかどうかは、圧縮/伸長(コーデック)チップが鍵を握る――。

米W&W Communications社は、HD映像の無線伝送に向けて、遅延時間(処理時間)が2ms以下と短く、高い映像品質を維持できると主張する、コーデック・チップの量産を2008年12月中に開始する予定である。圧縮/伸長には、「H.264/ MPEG-4 AVC」方式を採用する。

IEEE 802.11n方式の最大データ伝送速度は600Mビット/秒(4×4 MIMOのとき)。この値では、HD映像の非圧縮伝送には不十分なため、圧縮する必要がある。「今回製品化したコーデック・チップでは、圧縮処理(または伸長処理)に起因する遅延時間や画質の劣化という、これまで指摘されてきた技術課題を解決した」(同社のVice President of MarketingであるKishan Jainandunsing氏)。

同氏は、WirelessHDやWHDIといった非圧縮でHD映像を無線伝送する方式に比べて、圧縮して伝送する方式にはいくかの利点があると主張する。例えば、圧縮率を動的に変えることで映像品質を高く保ちながら安定してデータを伝送できることや、今後さらに映像が高画質になったときに、比較的容易に対応できることを挙げた。「干渉や障害物の影響などで、電波の伝わり方(電波伝搬)の状況が悪化した場合でも圧縮率を高めて、実際に送るデータ容量を小さくすれば、コマ落ちなどは発生しない。一方、非圧縮で送るには、高いデータ伝送速度を常に確保しなければならない。これは現実には難しいのではないか」(同氏)。将来への対応については、「例えば、4K2K(4096 x 2160画素)を送るのに必要なデータ伝送速度は10Gビット/秒を超える。これを非圧縮で送れるだろうか」(同氏)と疑問を呈した。圧縮する方式ならば、対応可能とする。なお、圧縮処理に伴う画質の劣化については、「実用上、人間には感知できない範囲での劣化(perceptual lossless)である」(同氏)と説明した。

今回、低遅延を実現した手法を同社は「SLL(Super Low Latency)」技術と呼ぶ。圧縮/伸長処理をする際の手順(アーキテクチャ)に独自性があるという。「圧縮効率は若干悪くなるものの、処理速度は高い」(同氏)。「Kauai」と呼ぶ参照設計(リファレンス・ボード)を用意した。
 

[注釈]
*1)現時点では、IEEE 802.11n準拠だとは説明していない。その理由は、Wi-Fi Allianceの規定にある。すなわち、IEEE 802.11n準拠をうたうには1×2 MIMOまたは2×2 MIMOといったように複数のストリームを持つことが条件となる。ただし、「シングル・ストリームでもIEEE 802.11n準拠として認めるように議論を始めている。2009年には何らかの発表があるだろう」(アセロス・コミュニケーションズの大澤氏)という。

*2)例えば、台湾Ralink Technology社もシングル・ストリームの無線LANチップ「RT3090」を2008年8月に発表した。
 

 


 

PR

@IT Sepcial