膨大なセンサー・アレイで情報収集、MotoGPバイクの「五感」に迫る

 再び、2輪ロードレースの最高峰である「MotoGP」に向けたオートバイを取り上げる。以前、筆者はMotoGPに参加する川崎重工業(カワサキ)のエンジニア・チームを取材した。同社の電子制御式燃料噴射装置(EFI)エンジニアであるDanilo Casonato氏に取材した内容を基に、MotoGP向けオートバイに電子技術がどのように組み込まれているのかを紹介したのである*1)

MotoGP向けオートバイは、最高のスピードとエンジンの大音量が魅力だ。そして何より、秘密めいた雰囲気を持つ。それぞれが特別仕様であるMotoGP向けオートバイの世界を知った筆者は、さらなる刺激を求めた。米カリフォルニア州モントレーにある「Mazda Laguna Seca Raceway」で開催されたMotoGPレースに、再び足を運んだ。

まず、MotoGP向けオートバイに組み込まれた電子技術の全体像を理解するために、カワサキのパドックを訪れた。今回は、カワサキのほかに、ヤマハ発動機とスズキのチームを取材した。このほか、主要なセンサー機器やデータ計測用システムを、この3つのチームに提供しているドイツ2D Systems社の共同設立者を訪問した。秘密めいた雰囲気を持つMotoGP向けオートバイクの内部に迫ってみよう。

マシンをいかに制御するか
取材全体を通した主要な疑問の1つは、オートバイの自律性に関するものだった。マシンの挙動をレース中にいかにリアルタイム制御するかという点である。

MotoGP向けオートバイの出力対重量比は、一般的なオートバイに比べると、とてつもなく大きい。このため各チームは、ライダーがオートバイを乗りこなしやすくするための補助手段として、高度なマシン制御技術を導入するようになった。エンジン出力の調整が必要かどうか、必要な場合は、「いつ、何を、どのように」調整するのかを、ライダーのみならずマシンに搭載した制御システムが判断する。レース中は、ピットでマシンに手を加えることが禁じられている。従って、エンジンの点火タイミングや、スロットルに応じた燃料供給量の制御は、ライダーの操作に協調して制御システムが実行しなければならないのである。しかし、マシンに搭載した各種センサーがリアルタイムに測定する情報に、制御システムがどの程度依存しているのかは明確になっていない。筆者はこの点に注目した。

例えば、サーキットのどの位置をマシンが走行しているかという位置情報は、制御システムに必要なのか。もしそうであるならば、どのようにして確実な位置情報を取得するのか。スロットルを電子制御する「ride by wire(ライド・バイ・ワイヤー)」システムとどのように協調しているのか。疑問点は多い。

数多くの疑問点を突き詰めていくと、あらゆる制御システムに関係したセンサー・アレイの存在にたどり着く。どのような物理量が計測対象なのか、それぞれのセンサーはどのような手法でデータを収集するのか、各チームでは収集したデータをどのように利用しているのかといった、いくつかの疑問がある。特に重要な疑問点は、データ収集と分析、およびこの収集・分析の結果に基づく判断の手法(アルゴリズム)がどのようになっているかということだ。膨大なデータの「海」で、性能を高める正しい方向をどのように探し出し、泳いでいくのだろうか。

データ収集・分析が不可欠
まず、カワサキのDanilo Casonato氏に話を聞いた(図1)。同氏は、2008年のMotoGPレースでEFIエンジニアを務めた。かつては、クルー・チーフを務めた人物で、現役の「モトクロス・ライダー」でもある。

図1 MotoGP向けオートバイに搭載された数多くの電子技術に注目
2輪ロードレースの最高峰であるMotoGPに向けたオートバイの内部に迫った。マシンの挙動をレース中にいかにリアルタイム制御するかという点を明らかにするため、マシンに搭載された各種センサーに注目した。

 同社が、2008年に最も力を注いだのは、新たな高性能エンジン制御装置(ECU)の開発である。長年にわたる開発パートナーであるイタリアMagneti Marelli社との連携を強化した。競争力の高い制御システムを確立するには、開発そのものにより深く携わることが戦略的に不可欠だと考えたからだ。ECUの開発のみならず、走行後のデータ分析に必要な各種データの取得や、ソフトウエアでの高度なデータ分析が以前にも増して求められるようになっている。走行中のマシンの状態をより正確に把握するためである。

ECUやソフトウエアの開発が進んでも、オートバイは人間が操作するために、メカトロニクス(機械機構)や制御システムだけでは、不十分なことがあるという。ほかのチームのいくつかはすでに、スロットルの状態を電気的に伝達してエンジンを駆動させるride by wireシステムに完全移行している。それをよそに、カワサキは現在のところは、独自の「Half and half(ハーフ・アンド・ハーフ)」システムを採用している。このシステムは2種類のスロットルを備えており、1つは物理的なケーブルで制御する。すなわち、ライダーのスロットル操作を、ケーブルそのもので伝達する。もう1つは、制御システムが受け持つ。同氏によれば、マシンとライダーが一体感を持てる「感覚主義」を目指しているからだという。

オートバイの位置情報に基づいたリアルタイム制御に関しては、現在のMotoGP向けオートバイに導入しているかどうかについては明言を避けた。同氏が示唆したところによると、テスト・コースでは実現できているものの、サーキットでのレースには完全導入できていないようだ。このリアルタイム制御システムは、開発が最終段階に入っており、MotoGP向けオートバイへの正式採用が目前に迫っている模様である。

同氏は、サーキット上で信頼性の高い位置情報を得るにはGPS(Global Positioning System)が適していると説明した。位置情報は、「慣性航法システム(INS:inertial navigation system)」でも得られる。慣性航法とは、加速度と進行方向の情報を基に位置情報を得る手法である。ただし、この慣性航法では、雑音の大きさや位置信号の正確さといった点で問題が依然としてあるという。誤解がないように付け加えると、走行後のデータ分析作業に、GPSで取得した位置情報を活用する。走行中の制御に関しては、各種センサーで取得した情報を利用する。
 

タイヤの空転を動的制御
MotoGP向けオートバイのエンジン排気量が2006年に縮小され、エンジンのパワーはやや抑えられることになった。パワーを落としたマシンの性能を最大限生かす鍵は、エンジン駆動機構の円滑な制御である。

パワーが小さくなれば、駆動制御は比較的容易になる。Danilo Casonato氏は、加速度や、マシンの傾斜角である「バンク角」、前輪の回転速度や、マシンの移動速度などは、フロントのサスペンション・ストロークと同様に、エンジンを円滑に制御するための重要なパラメータだと説明した。

タイヤの空転は、うまく制御すれば高速運転の手段となる。しかし、やり過ぎるとライダーがマシンから危険な状態で振り落とされる「ハイサイド」を引き起こしかねない。そこで、前輪と後輪の回転速度、マシンの移動速度、エンジンの回転速度などを比較することで、空転の状況を判断してうまく制御する。この空転制御のための仕組みを「トラクション・コントロール・システム(TCS:Trac-tion Control System)」と呼ぶ。市販車を使ったレースからMotoGPレースに転向したレーサーたちは、タイヤ・グリップの違いに加えて、ride by wireやTCS、さらには各種センサーを活用した充実した制御システムがもたらす操作性の違いに衝撃を受ける。

50個の各種センサーを搭載
カワサキが開発した制御システムは、具体的にどのようなものなのか。もちろん、チームはその全ぼうを明らかにしない。しかし同氏は、合計50個程度の各種センサーが搭載されていること、そしてそのすべてが車載ネットワークの1種である「CAN(Controller Area Network)」を介して、ECUやデータ記録装置(データ・ロガー)と通信していることを明らかにした(図2)。各種センサーの内訳は、30個ものアナログ・センサーや4つの温度センサー、排気酸素濃度センサー、このほか数多くのデジタル・センサーなどである。これらのセンサーが収集したデータを扱うECUとデータ・ロガーは、大量のデータを処理しなければならない場合がある。

図2 ハンドル付近に搭載された複数の電子機器
カワサキのMotoGP向けオートバイ「ZX-RR」のハンドル付近には、数多くの電子機器が搭載されている。データを集録するデータ・ロガーや、エンジン制御ユニット、3軸加速度センサーや3軸角速度センサーをはじめとした各種センサーである。

 例えば、アクセル全開のままクラッチを切らずにシフトアップできるようにする「クイック・シフター」を作動させるときである。ひずみゲージを使うクイック・シフター装置は、kHzオーダーのサンプリングで、各種データを収集しているおかげで問題なく動作するのである。大量のデータをCANバスでやりとりできるようになると、収集したデータを外部のパソコンに迅速にダウンロードしたり、または新たな制御プログラムを素早くアップロードしたりするためのイーサネットを、オートバイに搭載する必要が生じる。

当然のことながら、すべての作業がレース中と同じような熱狂的なペースで進められる訳ではないが、練習走行の期間や予選後も作業は続く。エンジニアは、マシンそのものや制御システムをレース・シーズンに向けて改善しようと、日々収集した膨大なデータを詳細に分析し続けるのだ。

 

制御システムを完全電子化
MotoGPに参戦するチームごとに、採用する電子技術は異なる。このことは、カワサキに続き、ヤマハに取材したときに浮き彫りになった。同社のチームで、データ・エンジニアを務めるAndrew Griffith氏に話を聞いた。

同氏は、英Swansea Universityでモーター・スポーツ工学に関連した学部と大学院を卒業後、現在の職に就いた。同氏の説明によると、ホンダやイタリアDucati Motor Holding社のように独自開発したECUを採用するチームがある一方で、ヤマハはカワサキと同様に他社製の制御システムを採用している。エンジン制御部分はMagneti Marelli社、データ計測システムとデータ・ロガーは2D Systems社の製品である。

同氏が所属するチームが採用した制御システムでは、「throttle by wire(スロットル・バイ・ワイヤー)」に完全に移行した(図3)。カワサキのシステムと類似点はあるものの、これが大きく異なる点である。スロットルからエンジンにつながるケーブルそのものは、従来と同じ感覚をライダーが維持できるように残した。ライダーの操作でスロットルを直接動作させるのではなく、ステッピング・モーターでスロットル本体をリアルタイム制御するのである。

図3 ヤマハのMotoGP向けオートバイ
スロットルを電子制御する「throttle by wire(スロットル・バイ・ワイヤー)」に完全移行した。ただし、スロットルからエンジンにつながるケーブルそのものは、従来と同じ感覚をライダーが維持できるように残してある。エンジン制御ユニットはイタリアMagneti Marelli社、データ計測システムとデータ・ロガーはドイツ2D Systems社の機種を採用した。

 ヤマハのマシンもカワサキのシステムと同様に、加速度センサーやジャイロ(角速度)センサーをはじめとした、さまざまなタイプのセンサーを搭載した。マシンの挙動を検出し、記録するためである。収集するデータに位置情報をタグ付けするためのGPSがある。ただし、GPSを活用する場面については、カワサキのDanilo Casonato氏と同じ見解を示した。すなわち、GPSの位置情報を走行中のマシン制御に使うには信頼性が低いという点である。今は走行後の分析作業で使うデータに対して、タグ付けするために使う。

ライダーの安心感を重視
ヤマハがレースに向けて力を注いでいる部分は、タイヤの空転を制御するTCSと、ウィリーの制御システムである。いずれの制御システムも、予選走行ではスイッチが切られているという。

ヤマハのAndrew Griffith氏は、「TCSには数多くのセンサーが使われている。TCSを正常に稼働させるには、前輪と後輪の速度差こそが、必要不可欠なパラメータである」と述べた。続けて、「この速度差は、最大出力を算出するためというよりも、許容可能な空転状態に制御しておくためのものである」(同氏)という。このように説明するのは、ときにはライダーの緊張が緩んでしまい、マシン操作をミスしてしまう可能性があるからだ。同氏が所属するチームでは、「ライダー自身がマシンを制御していると感じる必要がある」と強く認識しているようだった。具体的には、ライダーの操作内容が各種データに基づく最適な制御設定と合致しない場合には、制御システムの最適値よりもライダーの操作内容を優先させる。ライダーに安心感や信頼感を与えるためである。

同社も競合チームと同様に、さらなる改善を続けなければならない。「2009年に新たな方式を取り入れる」(同氏)としながらも、それ以上は明らかにしなかった。位置情報を活用したリアルタイムの自立制御システムの開発動向について同氏に尋ねてみたところ、意味深げな笑顔と、チームが採り得る方向性の1つであるという答えだけが返ってきた。この無言の回答は、位置情報を活用した自立制御システムがすでに同社のオートバイに採用されているのでなければ、間違いなく採用を検討していることを十分に示すものだった。

位置情報の算出は難しい

 最後にスズキのピットを訪ねた。クルー・チーフであるTom O'Kane氏が迎えてくれた。同チームのテクニカル・ディレクターである佐原伸一氏のもとで、クルー・チーフになった。ライダーとしては、Chris Vermeulen氏が所属する。

O'Kane氏の説明によれば、カワサキやヤマハといった競合チームと同様に、スズキのオートバイも数多くのセンサーを装備している。具体的には、GPSや3軸加速度センサー、3軸角速度センサー(ジャイロ・センサー)をはじめとした30個を超えるセンサーを、3つのCANバスに接続している。これらのセンサーで収集したデータはすべて、マシンの動きを走行中にリアルタイム制御するためや、走行後の詳細なデータ分析に使う。スズキが採用したデータ計測用システムやデータ・ロギング・システムは、2D Systems社が開発したものである。

感覚と計測の綱引き
O'kane氏は、位置情報を基にしてどのようにマシンを自律的に制御するかという、最も聞きたかった質問に率直に回答してくれた。サーキットの詳細な情報とマシンの位置情報があれば、高性能な自律制御システムを理論的には実現できる。さらに、「トランスポンダー」を活用して得た無線信号に、時間と距離に関する補間処理を施せば、サーキット上でのマシンの位置を計算できるかもしれないとまで言及した。トランスポンダーとは、無線信号を受信して自動的に信号を返す装置で、サーキット・コースの周囲に設置されている。

ただし、マシンの正確な位置情報を得るのはそう簡単ではなさそうだ。「3軸角速度センサーと3軸加速度センサーを組み合わせた合計6軸センサーを利用すれば、マシンの移動状況は分かる。しかし、慣性航法を利用した位置情報の算出には使えない」(同氏)という。これは、センサーで測定したデータにドリフト成分や雑音成分が含まれるからだ。スズキが採用した制御システムやデータ測定システムに関する話題は、ほどなく「オフレコ」の領域に入ってしまった。しかし少なくとも、かなり科学的になってきたと言える。

TCSに関する、スズキの考えは、これまで登場してきた各社と同じだった。「エンジン排気量が990ccだった以前のマシンと比べて、800ccになった新たなマシンは、パワーが小さくて、エンジン制御の調整が容易である」(同氏)という。エンジンを制御するECUは、パワーの山と谷をなるべく平滑化する。それでも、ライダーが望めば、後輪を多少空転させられるようにエンジンを制御する。ライダーに最大限の安心感をもたらすように、エンジンのパワー変動を打ち消しつつ予測可能な線形応答を実現する。

同氏によれば、制御内容を決定するための差異情報を収集したデータが示さないため、結局はライダーの感覚や操作に頼ることがあるという。レースでの勝利に向けてさまざまな電子技術が投入されるにも関わらずだ。これは、ヤマハのGriffith氏も指摘していた点である。

スズキは、カワサキと同様に、「half and half」方式の「ride by wire」システムを採用している。これは、従来と同様のスロットル操作の感覚を残しつつ、ライダーとマシンに強い一体感を持たせるためだという。「感覚」と「計測」の間では、綱引きが常に繰り返されている。MotoGPチームと、市販車をカスタマイズしたオートバイを使う「スーパーバイク」のチームは別々に活動しているものの、裏ではさまざまな情報を共有している。これも、ライダーとマシンに強い一体感を持たせることに向けた取り組みだ。

最大の課題はライダー
最後の取材先は、2D Systems社の共同創設者Dirk Debus氏である。同社は、MotoGP向けオートバイに搭載するセンサー機器やデータ計測用システム、データ・ロガーなどの主要ベンダーだ。

Debus氏は、センサー機器のほとんどを独自に開発した。その経験を基に、加速度が30Gを超える振動がある中から、目的の1~1.5Gの信号を抽出してモニターする難しさを語った。さらに同氏は熟考した後に、「オープン・システム」を採用することの必要性と、「電子部品の極端なモノカルチャー化」を避けることの重要性を語った。これは同社の主張でもある。同社のデータ計測用システムやデータ・ロガーは、Magneti Marelli社やホンダなど、あらゆるメーカーのECUに対応しなければならない。従って、インターフェース設計の柔軟性が多くのチームに採用される秘訣なのだという。

同社のような比較的規模が小さい企業が、規模の大きい企業の集まるMotoGPの市場で、これほどまでに大きな存在感を持っていることは意外だった。「なぜ、巨人の国でうまく成功できたのか」という筆者の質問に同氏は、「知識と経験と情熱があったからだ」と即答した。

取材を通して大変興味深かったのは、「最大の課題は何か」という筆者の質問に対して、同氏が即座に「ライダーたちだ」と答えたことだ。エンジニアたちはライダーの予測不可能な要請に四苦八苦することがあるのだろう。

 


【注釈】
*1)本誌2007年10月号pp.77~82の「過酷な環境に挑む電子技術、MotoGPバイクの心臓部に迫る」を参照。

【著者プロフィール】
David Carey氏は、電子機器の解体/分解レポートを提供する市場調査会社の米Portelligent社でプレジデントを務めている。同社のホームページ・アドレスは http://www.teardown.com

【EE Times Japan 2009年1月号「Tear Down」、pp.45~49掲載記事】

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