視覚と聴覚の次は触覚、「Xbox 360」の無線ハンドルを分解

 テレビ・ゲームの開発メーカーは、ゲームを楽しむユーザーに向けて、よりリアルな操作感や体験を生み出そうと苦心している。これを実現するために、利用者の操作感を高め、「体感」を刺激する周辺機器(コントローラ)の開発が進む。

利用者がテレビ・ゲームから受け取る情報といえば、通常は映像と音である。テレビ・ゲームでは、これらの情報を受け取る視覚と聴覚を最大限活用している。視覚と聴覚に対していかにリアルな情報を与えるかというテレビ・ゲームの研究・開発は、これまでの技術革新によってほぼ完成していると言えるだろう。利用者の体感を高める次の一手は何か。米Microsoft社のゲーム機「Xbox 360」の開発者が目指したのは、自動車走行中のスピンや荒れた道での走行、激しい衝突といった感覚を模擬的に実現するコントローラだ。実際に、Xbox 360のコントローラである「ワイヤレス・レーシング・ハンドル(Wireless Racing Wheel)では、「フォース・フィードバック」技術で、このような感覚を実現した(図1)。路面や走行状況に応じて、ステアリング(ハンドル)に対する反動力や振動を、利用者に与える新たな仕組みだ。

図1 「体感」を高めるゲーム・コントローラ
ワイヤレス・レーシング・ハンドルのフロント・パネル部を分解した様子である。ドライブ・ゲームでの走行状況に応じて、ユーザーのハンドル操作に対して反動力や振動を与えるフォース・フィードバック機能を備える。プリント基板に実装されたマイコンは、フォース・フィードバックを実現するための複雑なモーター制御やモーターの電力管理を担当している。

機械的にしっかりとした作り

 このワイヤレス・レーシング・ハンドルを、さて使ってみようと箱から取り出したときに、ほかのテレビ・ゲームで使うコントローラとは違うことが分かるだろう。ハンドルはとてもうまく作られている。筆者が所有する1999年製の自動車よりも、本物のレーシング・カーに近い。筆者と筆者の同僚の意見では、このワイヤレス・レーシング・ハンドルを始めとしたXbox 360の周辺機器は、機械的にもしっかりと作られているという意見で一致している。Microsoft社がソフトウエアの開発会社であることを考慮すると、とても素晴らしい。

ワイヤレス・レーシング・ハンドルは2つの要素で構成されている。ハンドルを中央部に備えたダッシュ・ボードと、アクセルとブレーキの両ペダルを備えたペダル・ユニットである。ダッシュ・ボード部とペダル・ユニット部をケーブルで接続しているのを除き、データのやりとりには無線を使う。すなわち、ゲーム機本体と無線で接続する。ダッシュ・ボード部分は、プラスチック製の取り付け部品でテーブルに固定して使う。筆者がこのコントローラを使って遊んだ経験から言えば、ダッシュ・ボードをテーブルに固定するのは重要である。レーシング・ゲームの上級コースになるにつれて回転や蛇行といった操作の激しさが段々と増すからだ。

無線接続にはBluetoothを採用

 ダッシュ・ボード部分を分解してプラスチック部品を取り除くと、メインのプリント基板が表れた(図2)。プリント基板を見ると集積規模が大きい3つの半導体チップが、まず目に入った。3つのうち2つはMicrosoft社のマークが記されており、残る1つは米Atmel社のマイコン「AT91SAM7S32」である。

図2 Bluetooth通信には、米National Semiconductor社のチップ・セットを採用
ゲーム機本体とのデータのやりとりは、National Semiconductor社のBluetooth通信用IC「LMX4270CL」とマイコン「SC14470C」のチップ・セットで実現する。フォース・フィードバックのためのモーター制御は、米Atmel社の32ビット・マイコン「AT91SAM7S32」が主に担当する。

 興味深いのは、Microsoft社のマークが付けられた2つだ。1つは、「Microsoft X80199」、もう1つは、「Microsoft X81376」と記されている。当然のことながら、Microsoft社は半導体チップを製造していない。それでは、この2つの半導体チップの製造元はどこなのだろうか。製品分解や半導体部品の解析などを手掛けるカナダSemiconductor Insights社に、この2つの半導体チップの分析を依頼した。

同社の報告によれば、Microsoft X80199と記された半導体チップは、米National Semiconductor社の無線関連部品「LMX4270CL」であることが明らかになった。高周波(RF)回路やアナログ回路のほか、規模の大きなデジタル回路で構成されている。米連邦通信委員会(FCC:Federal Communications Commission)に提出された情報によると、2.4GHzの周波数帯を利用するとされており、短距離無線通信規格「Bluetooth」通信用ICであるという。LMX4270CLという品番は、National Semiconductor社のウェブサイトには見当たらない。ただし、これと類似した「LMX」という記号が付いたBluetooth関連部品を見付けた。

もう一方のMicrosoft X81376と記載された半導体チップは、同じくNational Semiconductor社のアナログ・デジタル混載マイコン「SC14470C」である。プリント基板には、前述のAtmel社のマイコンと合わせて2つのマイコンが実装されており、これはそのうちの1つである。Atmel社のマイコンとともに、ハンドル操作に関する処理などを担っている。

Xbox 360のほかのコントローラにも、今回紹介したNational Semiconductor社の2つの半導体チップが使われていた。RF回路やアナログ回路、ロジック回路を集積したBluetooth通信用ICと、マイコンのチップ・セットである。これら2つで、無線トランシーバ機能とベースバンド処理機能を実現する。このチップ・セットは、Xbox 360の周辺機器でBluetooth通信機能を備える品種、すべてに採用されたようだ。Bluetooth業界において市場シェアがそれほど高くなかった同社にとって、大きなデザイン・ウィンだ。同社のBluetooth通信用ICとマイコンのチップ・セットと、通信機能の実現に必要不可欠なソフトウエアの提供という「フル・ソリューション」がこの功績を実現したのだろう。マイコン側は、一般的なボタン操作による制御信号を処理しつつ、ほかのマイコンが処理した情報を取り入れる役割を担当している。

プリント基板に実装された2つのマイコンのうちの1つであるAtmel社のマイコンは、同社の「SAM7」シリーズに属する。このシリーズは、「ARM7TDMI Thumb」と呼ぶ、32ビットのプロセッサ・コアを採用している。フラッシュ・メモリーの記憶容量は32Kバイト、SRAMの記憶容量は8Kバイトである。このマイコンが主に担当しているのは、フォース・フィードバックを実現するのに必要な複雑なモーター制御である。また、ハンドル部分の電力管理も担当しているようだ。ワイヤレス・レーシング・ハンドルでは、電池を動力源に使いながらも、消費電力が比較的大きいモーターの制御が必要である。従って、ほかの一般的な無線採用のゲーム・コントローラよりも電力管理の重要度が高い。

Atmel社のマイコンは、筆者にあることを思い出させた。米Microchip Technology社がAtmel社のマイコン事業を買収するという議論についてである。かつて32ビット・マイコン市場が生まれたとき、Microchip Technology社はMIPSプロセッサに、Atmel社は「Cortex-M3」アーキテクチャで知られるARMプロセッサに将来を賭けた。筆者は、仮に買収が成立した場合、この2つの異なるプロセッサが1つの企業で共存することができるのだろうかと疑問に思っている*1)

触覚の次は何か

 ワイヤレス・レーシング・ハンドルを構成する2つの要素のうち、もう一方のペダル・ユニットを分解してみると、とてもシンプルな設計だった(図3)。2つのペダルがそれぞれ、回転軸にバネで固定されている。各バネには、1つずつ変位センサー(potentiometer)が接続されている。接続されているケーブル数は合計4本で、電力供給用の2本とペダル操作に応じた信号出力用の2本である。2つの信号出力はそれぞれ、アクセル・ペダルとブレーキ・ペダルの踏み具合に相当している。

ペダル・ユニットの部分には、トランジスタなどの半導体部品は実装されていなかった。ペダル・ユニット部から得られたアナログ信号やモーター制御信号を増幅したり、制御したりするのは、ダッシュ・ボード部のプリント基板に実装された、米Analog Devices社の2つのオペアンプIC「AD8692/AD8694」や、米ON Semiconduc-tor社のアナログ・スイッチIC「MC14016B」が担当している。プリント基板に実装された半導体チップとしてはこのほか、米Monolithic Power Systems社の降圧型DC-DCコンバータIC「MP1591」がある。このICは、電池が出力した高電圧を、マイコンに供給可能な低電圧にまで下げる役割を担う。2.5Vにまで降圧させることができる品種である。

以上に説明した半導体チップと機械的な設計は、本当にユニークな操作感を生み出している。ドライブ・ゲームには、視覚と聴覚、そして触覚が取り込まれた。次の技術革新は、嗅覚(きゅうかく)の利用だろうか。

*1)米Microchip Technology社は2009年2月、米Atmel社に対する買収提案を撤回すると発表した。

図3 ペダル・ユニットはシンプル
アクセル・ペダルとブレーキ・ペダルを備え付けたペダル・ユニットの構造は単純である。両ペダルの踏み具合を回転軸に固定した変位センサーで検出して、その信号をプリント基板に実装したアナログ部品で増幅して使う。

【著者プロフィール】
Steve Bitton氏は、米TechInsights社が運営するウェブサイト「TechOnline」で技術分析を手掛けている。カナダQueen's Universityの電気工学の学士号を取得した。

【EE Times Japan 2009年5月号「Tear Down」、pp.45~47 掲載記事】

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