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Microsoft社が描く組み込みの世界マイクロソフト執行役常務ビジネス&マーケティング担当 佐分利 ユージン氏

組み込み分野に積極的な姿勢を見せる米Microsoft社は、ユーザーがどの機器からでも自分に必要な情報を受け取る仕組みを実現しようとしている。それには、あらゆる組み込み機器にネットワーク接続と利用しやすいユーザーインタフェースが必要だという。そうした組み込み機器の実現に向けたMicrosoft社の取り組みについて、マイクロソフトの執行役常務で、ビジネス&マーケティングを務める佐分利ユージン氏に聞いた。

» 2008年10月01日 11時00分 公開
[渡邊淳一,EE Times Japan]

EE Times Japan(EETJ) 組み込み分野に積極的に投資する理由は何か。

佐分利氏 携帯電話機やPOS端末など、組み込み機器への需要が今後ますます増えると考えているからだ。そして今後は、組み込み機器でも、ネットワーク接続機能や高度なユーザーインタフェース、それらを実装するための開発ツールへの要求が増していくに違いない。当社は組み込み機器に特化したOSや技術を積極的に提供していく。当社の組み込み分野への投資は、どの組み込みOSベンダーよりも多いと自負している。

 当社では、組み込みOSを3つに分けて考えて投資を進める。カーナビゲーション機器やPOS端末といった個別の機器に向けた専用OSと、個別の機器に向けてさらにアプリケーションソフトウエアも実装したOS、汎用的な組み込みOSの3種類だ。特に2つ目の、「Win-dows Mobile」のようなアプリケーションソフトウエアも含めて提供するOSに最も力を入れて、メーカーの機器開発に対するコスト削減や開発期間短縮に大きく貢献したい。

 他にも組み込み分野に投資する理由がある。当社が組み込み機器メーカーと協業することで、共に良い方向へ向かっていけるようにしたいからだ。今までは組み込み機器メーカーが負っていたOSに関するリスクを、これからは当社が負う。どういうことかというと、日本の組み込みOSは、Linuxに代表されるオープンソースソフトウエアを使用するメーカーの投資によって支えられている。今後は当社が組み込みOSに投資して、OSのユーザーである組み込み機器メーカーに新しい機能や新しいツールを提供する。

EETJ 特に注力する分野は何か。

佐分利氏 最近特に、簡易型ナビゲーション機器(PND:Portable Navigation Device)向けのOSに対する需要が多い。PNDは米国での普及率が高い。日本でもようやく安価な製品が出てきた。今後日本でも普及するだろう。現在市場に出ているPNDの多くにWindows CEが採用されている。他には、業務向けならばPOS端末やキオスク端末、エンドユーザー向けにはカーナビゲーション機器や携帯電話機(スマートフォン)、ゲーム機だ。これらの機器が普及すれば、当社が提唱する「S+S」を実現できるようになるだろう。

EETJ S+Sとは何か。

佐分利氏 「Software+Service」の略だ。ユーザーが利用する機器を問わず、任意の場所で必要なときに自分が必要なあらゆる情報を受け取れる、という意味が込められている(図1)。

ALT 図1 S+Sにおけるサービス指向型機器の例 主にコンシューマ向けには単一方向のサービス形態、エンタープライズ向けには双方向のサービス形態を想定。

 POS端末を例に挙げよう。昔のアナログなキャッシュレジスタは、オペレーターがガチャガチャとボタンを押すと計算しレシートを印字するだけだった。現在のPOS端末は消費者側に向けたディスプレイを備えており、そこにはたった今POS端末を通したばかりの購入商品から類推される広告をリアルタイムに表示する。これがS+Sの1例だ。また、カーナビゲーション機器なら、年間契約を結べば地図データがいつでも更新できるようなサービスを実現する仕組みだ。今では、最終消費者からも、このようなサービスの在り方を望む声が多い。

 そうしたS+Sの実現には、組み込み向けWindowsとソフトウエア開発ツールの存在が大きい。

 組み込み向けWindowsの訴求点の1つは、PC向けWindowsと同等の技術を組み込み機器に提供していることだ。従って、PCで利用可能なS+SやWeb2.0、SaaSなどの技術が組み込み機器でも利用できるようになる。

 当社の開発ツールであるVisual Studioも大きな役割を果たす。Visual Studioで、組み込みソフトウエアの開発生産性を高められる。

 世界がどんどんS+Sのモデルに移行していくときには、組み込み向けWindowsがS+Sを実現する基盤技術になるだろう。

EETJ いつからS+Sを提唱しているのか。

佐分利氏 1990年にBill Gatesが講演で語った「Infor-mation at your fingertips(情報を指先に)」がルーツかもしれない。ただし、その後に当社が掲げた「Any time, Any place, on Any device(いつでも、どこでも、どの機器からも)」の方がよりS+Sに近い。

 3つの言葉とも最終的に目指すところは同じだが、当初は機器に頼る考えが強かった。つまり、機器を使えばその機器が持つ機能を生かせるという考えだ。今は「その機器が持つ機能」が「必要な情報」へと置き換わった。ある人がどの機器を使用しても、その人に必要な情報を受け取れるようにすることがS+Sの考え方だ。

 S+Sの実現に当たって、図2のようなクラウドコンピューティング(どこかにある不特定のサーバ群からネットワーク越しに情報サービスを受け取る仕組み)の考え方を導入する。PCのネットワーク化が進むにつれ、実現できることが多岐にわたるようになり、誰もがさまざまな情報にたどり着けるようになった。

ALT 図2 S+Sとクラウドコンピューティング 自宅でも、あらゆる外出先でも、どの端末機器からでも自分の情報を相互に受け渡しできる。

EETJ 組み込み向けに数多くのOSをそろえているのはなぜか。

佐分利氏 まず、開発生産性を高めるためだ。汎用部品を利用できるようにして機器そのものの原価を下げ、開発者がソフトウエアを作り上げる人件費を低くし、そしてバックエンドでサーバと連携する際の難易度をできる限り下げる。当社の組み込みOSとVisual Studio、そして基盤技術となる.NET Frameworkを組み合わせれば、PC向けのソフトウエア開発者も組み込み機器向けのアプリケーションソフトウエアを開発できる。これが当社の組み込みOSと開発ツールを使う大きな利点だ。

 次に、消費電力と演算性能などに代表される、プロセッサアーキテクチャによって処理内容に得手不得手があるからだ。そのため、対象とする機器に応じてOSを作り分けている。

EETJ 組み込みソフトウエア開発者に向けたMicro-soft社の取り組みを教えてほしい。

佐分利氏 機器に応じてOSをカスタマイズできるようにしている点がまず挙げられる。機器によって必要となるOSの機能が異なることがある。だからといって独自にOSを開発することがどれだけ大変なのかを考えてほしい。

 当社の組み込みWindowsでは、「Compornent De-signer」や「Platform Builder」というツールを使用してOSに含める機能を選択できるようにしている。

EETJ S+Sを広めるに当たって重視していることは何か。

佐分利氏 情報を、PCだけではなく、さまざまな機器で受け取れるようにすることだ。それらの機器には、極端な例でいえば、他人から借りた初めて使う携帯型機器なども含む。当社が目指しているS+Sでは、そのような機器でも、自分が普段使っているPCや携帯型機器と同じように、自分が必要とする情報を受け取り、何らかの作業後の情報を必要な人に渡したり、自分だけの情報として保存したりできるようにする。そのために、すでに話したように組み込み機器にも、PCで利用可能なWeb2.0やSaaSなどの技術を積極的に取り込む必要がある。

 このような仕組みを広めるには、予想されるであろう問題への対策をあらかじめ用意しておくことが大切だ。例えばウイルスやマルウエアの問題がある。安全性を確保した機器とネットワーク環境を提供したい。また、情報漏えいの問題への対策も大切だ。指紋認証など対策に必要な可能な限りの要素技術はすでに提供している。さらにどちらも、ソフトウエア開発時から注意すべき問題で、当社としても問題解決方法を積極的に提供するなど啓もう活動も活発にする。

EETJ iPhoneのように、すでにS+Sの概念を実現している携帯型機器もあるように思えるが。

佐分利氏 確かに、ある利用範囲に限定すれば、そのような携帯型機器は存在する。だが当社の考えるS+Sは、利用場面を制限していない。従って、現時点では、1つの機器だけで、全ての人や全ての場面に最適な端末の提供は不可能だと思っている。用途に応じた複数の組み込み機器が必要だと考えている。そのために当社は、複数のOSを開発している。

EETJ 組み込みとの出会いについて聞かせてほしい。

佐分利氏 私がマイクロソフトに入社したときは、ちょうどWindows 95が騒がれているときだった。配属先の候補として、Windows 95関係の部署と営業部署、それから「今後はPC以外の機器でもOSが使われるようになるだろう」と考えている人がいた部署があり、私もPC以外の分野が今後伸びると思っていたので、その部署に配属してもらった。

 私が最初に担当したのが、ROM化可能なMS-DOSだった。組み込み機器向けに設計したWindows 95の派生OSもあった。そのころはメモリが高価な時代だったので、少ないメモリでも動作するように機能の一部を削る工夫をした。その後、1996年末に出荷したWindows CE 1.0も手掛けた。

 Microsoft社が組み込みに取り組んで、12〜13年がたつ。本格的に組み込みに取り組むようになった理由は、組み込み機器の原価削減を実現したかったことだ。その背景には、機器メーカーが独自のLSIを開発して、そのたびに自前でソフトウエアを開発しなければならず、しかも開発者も豊富にいるわけではない中、メーカー間の競争が激化したことがある。ハードウエアやソフトウエアの再利用指向が強まったことも重なり、ビジネスの変革が起こる予感がして、組み込みの事業を本格的にスタートさせた。


佐分利 ユージン(さぶり ゆーじん)氏

米オレゴン州出身。1993年に徳間書店米シアトル支社に入社後、同社東京本社マルチメディア本部を経て、1995年にマイクロソフトに入社。OEM営業本部エンベデッドシステム・アカウントマネージャ、モバイル&エンベデッド事業部モバイル部グループマネージャ、モバイル&エンベデッドデバイス本部担当シニアディレクターなどを経て、2006年10月に執行役常務ビジネス&マーケティング担当に就任する。

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