インタビュー
» 2008年12月04日 11時00分 UPDATE

アーム代表取締役社長 西嶋貴史氏:機器開発の鍵はソフトを書かないこと

電池駆動の携帯型機器に多く採用されているARMプロセッサ。処理性能の高さと消費電力の低さが特徴だ。年間33億個の出荷を数えるARMプロセッサだが、英ARM社自身はプロセッサを販売していない。自社工場を持たないファブレスとも異なるIPビジネスを展開する。同社の日本法人であるアームの代表取締役社長を務める西嶋貴史氏に、ARM社のビジネスの特徴と、今後の組み込み機器の方向性について聞いた。

[山口哲弘,EE Times Japan]

EE Times Japan(EETJ) 英ARM社は、他のプロセッサメーカーと何が違うのか。

西嶋氏 当社はプロセッサではなく、そのIPを売っているという点が、他のプロセッサメーカーと大きく異なる部分だ。このような当社のビジネスモデルは、半導体を取り巻く技術トレンドの中で必然的に生まれてきた。

 例えば1970年代の半導体メーカーは、半導体製造装置や製造工場、EDAツールを作り、半導体を設計して製造し、パッケージに封止してテストし、販売していた。その後半導体の集積化が進み、今では数億トランジスタにまで大規模化した。従来と同じやり方ではうまくいかなくなり、分業化が進んだ。そこで必然的に、IPを販売するビジネスが出てきた。

200811Interview_main.jpg

 SoC(System on Chip)の開発は今や、従来のボードコンピュータとほぼ同じスキームで進められている。ボードコンピュータを開発する場合、技術的用件や価格、生産予定数量、品質、そのボードに載せるソフトウエアの開発、保守期間などといった条件を総合的に判断して、半導体メーカーから各種チップを購入したり、ASICを自社開発したり、FPGAを採用したりして設計する。ボードに載せるプロセッサチップやメモリチップ、ネットワークインタフェースチップなどといった半導体チップが、SoCではIPになった。IPを自社内で開発するか、あるいは他社から買ってくるのかの判断は、ボードコンピュータで言えばASICを自社開発するか、他社から買ってくるのかの判断と同じだ。SoCとボードの違いは大きさだけで、その他の判断条件は同じである。その際重要なのは、業界標準を採用することである。

EETJ なぜ業界標準を採用することが重要なのか。

西嶋氏 ソフトウエアの再利用性が、今後ますます重要になってくるからだ。従来の組み込み機器は、一度開発したら3年程度作り続けて終わり、というビジネスだった。ソフトウエアも、その機器に載せることだけを考えて開発した。ところが最近では、ハードウエア以上にソフトウエアが複雑化してきており、従来のように機器に対して個別にソフトウエアを開発する手法では対処できなくなってきた。つまり、新たに機器を開発する際、それに載せるソフトウエアについては、将来10年以上にわたって使い続けられることを考慮して、採用する技術を選定する必要が出てきた。

作らない技術が重要

EETJ 組み込み機器のソフトウエアはどの程度複雑化しているのか。

西嶋氏 例えば、10年前と現在の組み込み機器を比べると、次のようになる。自動車の場合、ハードウエアの複雑度は9倍になったのに対して、ソフトウエアは128倍になった。ハードウエアの複雑度はトランジスタ数など、ソフトウエアの複雑度はソースコードの量などと考えればよいだろう。デジタル家電では、ハードウエアの43倍に対して、ソフトウエアは900倍。携帯電話機に至っては、ハードも450倍に複雑化しているのに対して、ソフトウエアは9500倍にもなっている。携帯電話機は、この10年間で、あっという間にインターネットにつながり、さまざまなサービスが提供されるようになった。これらを実現する要となるのはソフトウエアである。

 このようにソフトウエアが複雑化することで、ARMプロセッサが選ばれるようになったと考えている。最近は、場合によっては1000万ステップ以上のソフトウエアを載せるようになったので、新たに機器を開発する際、ソフトウエアをゼロから作るのは現実的でない。機器メーカーではソフトウエアの再利用性を重要視しており、プロセッサアーキテクチャの選定に慎重になっている。コンピュータがメーカー独自仕様からオープン仕様になったときと同様な動きが組み込み機器に起こっている。

 現在の組み込み機器向けソフトウエア開発では、過去に自社開発した資産や他人が開発した資産をいかに利用するかが鍵を握っている。一般に「プラットフォーム」と呼ばれているものは、その1例だ。当社では、そのような「作らない技術」を提供することに力を入れている。つまり、新規開発する機器に載せるソフトウエアを、どのようにして新たに作るかと考えるのではなく、いかにして新たに作らなくて済ませるかのための技術だ。

 多くの半導体メーカーが同じARMコアを採用したプロセッサやマイコンを販売しているので、それを利用する機器メーカーは、特定の1社に依存せず、複数の半導体メーカーから同じコアを採用したプロセッサやマイコンを購入できる利点がある。例えば、購入元の半導体メーカーが突然販売を中止したとしても、同じARMコアを採用したプロセッサを別の半導体メーカーから購入できる。

 半導体向けのIPビジネスは、2007年に全世界でわずか1400億円程度の市場だ。半導体市場は25兆円といわれているので、IPビジネスはそのわずか1%にも満たない。それにもかかわらず、これほどIPが重要になってきた背景には、こうしたソフトウエアの重要性があると考えている。

EETJ 機器メーカーにはメリットがあることは分かった。では、半導体メーカーには、ARMコアを採用するに当たってどのようなメリットがあるのか。価格だけの競争になってしまわないか。

西嶋氏 半導体メーカーは、ARMコアに各社独自の付加価値を付けてチップを作っている。半導体メーカーにとってARMコアは、チップに集積するトランジスタのうちのほんのわずかにすぎない。例えば米NVIDIA社のグラフィックスチップや米Qualcomm社の通信チップには、いずれもARMコアが使われている。だが、それらに集積されている2億トランジスタのうち、ARMコアはたったの200万トランジスタだ。

 それに対して機器メーカーが機器に載せるソフトウエアのうち、多くを占めるのはプロセッサに依存した部分、すなわちOSやアプリケーションソフトウエアであり、グラフィックスコアや通信方式といった低レベルなハードウエアに依存した部分はわずかである。つまり、ソフトウエア面から見ると、半導体メーカー独自のアーキテクチャが占める部分はわずかである。半導体独自の機能が占める部分が多くても、機器メーカーにとってはデメリットにはならない。

2010年に45億個が目標

EETJ 国内での携帯電話機の出荷台数が大きく下落したが、ARMコアの出荷台数にはどの程度影響が出ているか。

西嶋氏 それほど影響は出ていない。全世界では、ARMコア出荷数全体の2/3を携帯電話機が占めるが、日本市場では1/3にすぎない。ゲーム機やデジタルカメラ、プリンタなどにも多く採用されている。日本市場では、携帯電話機の出荷台数減少による影響は、マイコンの伸びでばん回している。全世界で見ると携帯電話機の出荷台数は伸びている。携帯電話機の出荷台数よりも、最近の世界経済が減速している影響の方が心配だ。

EETJ マイコンは、例えばどのような機器に採用されているのか。

西嶋氏 自動車だ。例えば、電子制御ブレーキシステムの65%、エアバッグシステムの40%にARMコアが採用されている。さらに高級車では、スピードメーターなどを並べた従来の計器盤(インパネ)の代わりに液晶パネルを採用した車種がある。この制御にもARMコアが利用されている。

EETJ 今後の目標は何か。

西嶋氏 2010年に全世界で45億個という目標を持っている。2003年に立てた計画で、当時は無謀と言われた。当時はまだ年間数億個だったので、10倍以上の目標を立てたことになるからだ。最近の世界経済が不安定になっているので予断を許さないが、今ではこの目標は達成できない数字ではないところまできた。2008年第2四半期は9億個で、2008年第2四半期までの12カ月は33億個だった。このうち日本での出荷数は15〜16%で、年間5億個弱である。現在当社がライセンスしている企業は200社以上で、設計ツールやサポート、開発ツールやOS、トレーニングなどのパートナー企業を含めると500社に上る。メモリ専業メーカーなど以外では、当社のライセンスを受けていない半導体メーカーを探すのが難しいほどだ。


西嶋 貴史(にしじま たかふみ)氏

200811Interview_Pro.jpg

1975年、富士通に入社。パナファコム(現PFU)にて制御用ミニコンOSの開発に従事。1997年、米シリコンバレーに子会社Cell Computing社を設立し、組み込み市場の開拓を経験する。帰国後、PFUのソリューション本部を経て、2004年よりアプリックスのシニア・バイスプレジデントとして、セールス・マーケティングチームを率いる。2005年5月から現職。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSフィード

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from UBM Electronics, a division of United Business Media LLC.