インタビュー
» 2009年08月24日 11時00分 UPDATE

日産自動車 電子・電動要素開発本部 副本部長兼電子システム開発部部長 安保敏巳氏:ソフト開発が左右するクルマの今後

クルマは既にエレクトロニクスなしではまったく立ち行かないところまで来ている。ほぼ全ての機能はECU(Electronic Control Unit)の管理下にあり、ECUはソフトウエアによって動作している。つまりクルマのほとんどの機能はソフトウエアによって制御されている。クルマに乗ることは、ロボットに乗っていることに実は近い。クルマの開発自体も、必要な大量のソフトウエアをいかに短期間で開発するかにかかっている。デジタル家電の開発では、「ソフト半分、ハード半分」と呼ばれている。これはクルマの開発でもまったく同じであり、エレクトロニクス技術者にとって、ソフトウエア開発は切っても切れないものになっている。

[畑陽一郎,EE Times Japan]

EE Times Japan(EETJ) クルマにとってエレクトロニクスはどの程度、重要なのか。

安保氏 現在のクルマの機能はほぼ全てエレクトロニクスに依存している。エレクトロニクスとクルマの関係を考えるとき、エンジン制御やカーナビがまず頭に浮かぶだろう。だが、ワイパーの動作、タイヤの空気圧監視など一見無関係な部分であってもエレクトロニクスがふんだんに使われている。

 例えばワイパー。ワイパーを動かすためにはモーターが必要という意味でのエレクトロニクスではない。現在では、ワイパー始動ボタンとはワイパー用駆動モーターのスイッチではない。ワイパーを管理するECUにコマンドを送るためのボタンだ。実際にワイパーを動かすようモーターを制御しているのはECUである。ウインカーも同じだ。スピードメーターに表示される時速は車速センサーからのデータがLAN経由で送られてきたものだ。ヘッドライトを手動で点灯する場合も、LAN経由でデータを送っている。これらのエレクトロニクス技術は、かさばる配線(ハーネス)を減らすという目的から導入が始まった。

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 クルマにおけるエレクトロニクスの役割は1970年代からゆっくりと比重が高まり、現在ではほぼクルマの全機能に浸透した。エレクトロニクス導入の流れは3段階に区別できるだろう。

 例えば、電気学会の自動車研究会がクルマの「電子・電動化・統合制御化の変遷と今後の動向」(2005年)という資料をまとめている。これによると、1970年代にはほとんどの部品が機械的な動作によるもので、電気で動く部品は、わずかに空調やラジオ、ヘッドライトなどに使われているに過ぎなかった。1980年代まではまず電気化という意味でエレクトロニクスが導入された。これが第1段階である。1980〜2000年で電子化、つまり制御が機械的なものからエレクトロニクスに置き換わっていった時期だ。特に1990〜1995年には急速に電子制御化が進み、エンジンやブレーキ、シートベルト、エアバッグなどにエレクトロニクス制御が導入されていった。現在は、エレクトロニクスが入り込んでいない領域は残っていないほどだ。

ソフトの進歩がクルマの進歩

EETJ エレクトロニクスに占めるソフトウエアの役割はどれほどなのか。

安保氏 さきほどの区分で言えば、第3段階となる1995年以降は統合制御の時代だ。複数のソフトウエアの連係動作により、クルマを制御する。具体的にはソフトウエアによって動作するECUが連携動作する。

EETJ 現在のプロセッサ性能はすでにカーエレクトロニクスには十分なのか。

安保氏 現在のクルマでは、もはやエレクトロニクスを適用すべき新しい部品はない。ECUの数も一定だ。では進化が停止したのかというとそうではない。機能の数、ECUの数は一定だが、ソフトウエアが進化している。ネットワークで各ECUがつながることで統合的な新しい機能が出現するという進化だ。

 そのため、プロセッサの性能は常にあればあるだけ全て使い切ってしまう。カーエレクトロニクス用のプロセッサであっても「ムーアの法則」がある程度成り立っており、2年で性能がほぼ2倍になっている。これがそのままソフトウエアの規模に反映されてきた。

 例えば当社(日産)では1979年の「セドリック」に初めてマイコンを搭載した。当時はエンジン制御に8ビットマイコン、ドライブコンピュータ(一種のナビゲーション制御)に4ビットマイコンを用いた。このときのソフトウエアの規模はアセンブリ言語のソース・コードで6Kバイト、C言語に換算すると2000行程度だった。約20年後の2000年には、「シーマ」に搭載したソフトウエアが220万行を突破した。20年で約1000倍、つまり2年ごとにほぼ2倍の割合で伸びてきた計算になる。この傾向は今後も変わらないだろう。

EETJ ソフトウエア開発者の割合はどの程度なのか。

安保氏 当社ではカーエレクトロニクスに関係する技術者のうち、すでに半数以上がハードウエアではなく、ソフトウエアの開発者だ。

EETJ ソフトウエア開発の負荷はどの程度高いのか。

安保氏 現在のクルマでは1000万行を超える大変な量のソフトウエアが動作しているが、これは独立して動作する約50個のECU用プログラムの合計だ。

 とはいえ、ECU配下のハードウエアの開発は部分ごとにまったく独立している。開発が遅いもの、早いものなどばらばらだ。従って全てのハードウエアとECUの開発が完了するまで待ってからソフトウエアの開発に取り掛かったのではまったく間に合わない。現在のクルマはソフトウエアなしでは動かないため、仮想開発がどうしても必要になる。

EETJ ソフトウエアの開発負荷を下げる工夫はあるのか。

安保氏 まず、製品仕様をきちんとモデル化して検証後に開発するモデルベース開発(MBD)を一部で取り入れている。ツールとしては米The MathWorks社の「MATLAB」やスウェーデンTelelogic社の「Telelogic Statemate」などが有用だ。どちらもビジュアル開発が可能だが、ビジュアル開発自体が重要なのではなく、事前にシミュレーションできるところが重要だ。

 既存のソフトウエアを組み合わせることで開発負荷を下げる取り組みもある。例えば、ドイツの自動車メーカーを中心とする標準化団体AUTOSARは自動車用ソフトウエアの標準化を進めており、2009年にも対応ソフトウエアが登場する。AUTOSARの標準が策定されると例えばトヨタが開発したソフトウエアを日産が購入する、あるいはその逆という仕組みにつながる。再利用することでソフトウエア開発コストが下げられる。

EETJ ECUに採用する車載プロセッサが共通でないとソフトウエアの再利用は難しいのではないか。

安保氏 現在、車載向けプロセッサの有力メーカーは国内ではNECエレクトロニクスまたはルネサス テクノロジ、海外では米Freescale Semiconductor社、ドイツInfineon Technologies社、スイスSTMicroelectronics社などだ。例えば当社ではエンジン制御用ECUにルネサス テクノロジのプロセッサを利用している。既存のソフトウエア資産もあり、プロセッサを1種類にまとめることは難しい。

 そこでプロセッサの抽象化が有用だ。各プロセッサ上で直接プログラムを動作させれば性能面では有利になる。それに対してプロセッサごとの違いを隠蔽する抽象化レイヤーを設けると、当然処理性能は落ちる。だが、ソフトウエアの開発効率は上がる。従って、抽象化はどうしても必要だ。AUTOSARでもプロセッサの抽象化を取り入れている。

ガソリンからモーターへ

EETJ 2010年に投入する電気自動車の狙いはなにか。

安保氏 社会のインフラの点では短期的にはガソリンカーが有利であり、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンの改良は今後も続ける。だが、2012年に始まる欧州のCO2排出規制など、エンジンの改良だけでは達成が難しい規制もある。方向としてはモーターを使わざるを得ない。ハイブリッドカーや電気自動車に進むだろう。当社でも「日産GT2012」(2008年から5年間の経営計画)の中で、「ゼロエミッションの領域で世界のトップに立つ」ことを宣言している。

EETJ 電気自動車の最大の問題点は電池のコストではないのか。量産効果で乗り切れるのか。

安保氏 確かに電池コストは高い。一般向けの乗用車にはとても搭載できない。現在はコストを意識した量産が見えているフェーズではないようだ。

 だが、コストについては今後1/10に下がる感触を持っている。理由はこうだ。ABS(Antilock Brake System)やエアバッグなど安全性を特に重視しなければならないものは当初高価である。初期の製品はどうしてもオーバースペックになるからだ。しかし、設計や製造がこなれてくると、どちらも10年後にコストが1/10に下がった。

 リチウムイオン二次電池も以前PC用の製品で発火事故などが起こった経緯があり、安全性には特に気を配っている。当社でもNECやNECトーキンと共同で合弁企業オートモーティブエナジーサプライを設立し、正極にMn(マンガン)を使って安全性を高めたリチウムイオン二次電池を開発中である。ABSやエアバッグと同じようなコスト低減が起こると見ている。

EETJ 電池の問題が解決すれば電気自動車は普及するのか。

安保氏 モーターカーの場合、電池の他にインバータが必要だ。2008年上半期の段階ではモーターとインバータを合わせたコストの方が、ガソリンエンジンよりわずかに高いという段階だろう。今後は逆転していくと考えている。

 もう1つの問題はモーター自体の特性だ。モーターの特性はガソリンエンジンとかなり違う。高速回転時にトルクが落ちてしまう。日本国内で法規制を完全に守って運転するならモーターでも問題ない。「街乗り」専用なら問題がない。しかし時速120kmを超えると急に弱くなる。

EETJ モーターを使ったクルマにはこれまでのエンジン開発の強みが生かせないのではないか。

安保氏 現在のガソリンエンジンはほぼ全て自動車メーカーが開発、製造している。モーターならエレクトロニクス業界からの新規参入があるかもしれない。だが、クルマのモーターは一般の産業用モーターとは違う。非常に小型化する必要があり、瞬発力も必要だ。さらにモーターに車体を被せればクルマができあがるわけではない。例えば安全性1つ取っても、ノウハウの固まりだからだ。


安保敏巳(あぼ としみ)氏

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1976年3月、東京大学工学部計数工学科卒業。同年4月、日産自動車入社。同社中央研究所にてエンジンの電子制御などを担当。1982年米University of California、IrvineにてMSEE(電気工学修士)を取得。1990年、電子技術本部にてECUの設計、制御システム開発、ソフトウエア信頼性、電子プラットフォームなどを担当。2004年、電子先行開発部長。2005年より現職。

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