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» 2011年01月11日 16時45分 UPDATE

無線通信技術 GaNデバイス:高周波GaN次世代素子が存在感、旧来素子からの移行が本格化へ

高周波信号の大電力増幅に用いる素子(デバイス)として、GaN(窒化ガリウム)材料を使うトランジスタが存在感を増している。これまで電子管やGaAs(ガリウム・ヒ素) FET、Si(シリコン) LDMOSといったデバイスが使われていた応用分野で、GaNトランジスタへの移行が進む条件が整い始めているのだ。GaNデバイスの魅力とは。置き換えが進む条件とは。製品の開発状況は。背景や動向をまとめた。

[薩川格広,EE Times Japan]

 GaN(窒化ガリウム)材料を使う高周波信号増幅用の大電力トランジスタの普及が、さまざまな分野で着実に進んでいる。かつては、防衛分野をはじめとした限られた領域でしか利用されていなかったが、近年になって航空管制用レーダー装置や衛星通信基地局、気象レーダー装置、医療機器などの分野でも採用が進み始めた(図1)。さらに、携帯電話の基地局にも、すでに数多くの搭載事例がある。

 これらの分野では従来、マグネトロンやクライストロン、進行波管などの電子管や、GaAs(ガリウム・ヒ素)材料を使うFET、Si(シリコン)材料を使うLDMOS(Lateral Double-diffused MOS)トランジスタなどが使われていた。GaN高周波大電力トランジスタには、こうした旧来のデバイスに対してさまざまな優位性がある。ただし、価格の高さが大きな障壁となっていたため、採用に踏み切れる応用分野は限定的だった。

 現在では、以前に比べて価格が下がっていることに加え、周波数帯や出力電力が異なる品種の拡充が進んだことなどで、採用分野が広がっている。GaN高周波トランジスタを手掛ける国内のある半導体メーカーは、「2000年代の前半から出荷を始めた。それ以降、出荷数量は、決して指数関数的に拡大しているというわけではないが、着実に右肩上がりを続けている」と話す。別の国内半導体メーカーは、「GaNウエハーの消費がどんどん伸びており、供給が追いつかなくなりつつある。2011年には、それによってGaNトランジスタの出荷が律速されてしまうのではと危惧しているほどだ」と述べている。

図1 図1 GaNトランジスタの実用化事例 X帯(9GHz)の電波を利用する気象レーダー装置に組み込む高周波パワーアンプの最終段モジュールを、GaN HEMTを使って構成した。50W級のGaN HEMTを4個用いて、200W出力を確保している。「マイクロウェーブ展 2010」(2010年12月8日〜10日に開催)で東芝が展示した。使用したGaN HEMTの品名は「TGI8596-50」である。

物性起因の利点を数多く提供

 GaN高周波トランジスタは、コストを度外視してその特性だけに注目すれば、旧来のデバイスに比べてさまざまな面で優れている。いずれも、GaN材料の半導体物性に起因するものだ。

 GaNは、Siはもちろん、比較的高性能のデバイスで主に材料として使われるGaAsと比べてもバンドギャップが大きい。具体的には、Siが1.1eVでGaAsが1.4eVなのに対し、GaNは3.4eVである。このようにバンドギャップが大きいので、絶縁破壊電圧が高い。Siの0.3MV/cm、GaAsの0.4MV/cmに比べて、GaNは3MV/cmと桁違いだ。

 このためGaN材料で製造したトランジスタは、高い電圧で動作させることができ、信頼性も確保できる。従って、大電力動作に対応可能だ。無線通信の基地局向けデバイスで実際に製造可能な特性で比較すると、2009年の時点で動作電圧はGaN FETが48Vを達成しているのに対し、Si LDMOSは32Vにとどまっており、出力電力は1dB圧縮ポイント(P1dB)においてGaN FETが400W、Si LDMOSが300Wである*1)

 高電圧動作のメリットはこれだけではない。一般にトランジスタは、高電圧動作の方が効率を理論限界に近づけやすい。さらに、高電圧で動作するということは、トランジスタの入出力のインピーダンスが高いことを意味する。そのため、線形性(リニアリティ)を確保しやすい。結果として、増幅器として動作させたときの歪みを低く抑えられるので、動作帯域幅を広げやすいというメリットもある。

 バンドギャップが前述の通り大きいことから、300℃程度の高温動作に対応できる点もGaN材料の特長だ。冷却用のファンや放熱用のフィンが不要になる可能性があり、機器の小型化や低コスト化に寄与できる。

 さらにGaN材料は、飽和電子速度が高いという物性も備えている。GaNウエハーを供給する住友電気工業によれば、具体的にはSiが1.0×107cm/秒、GaAsが1.3×107cm/秒にとどまるのに対し、GaNは2.7×107cm/秒に達する。加えてGaNは、AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)などの異種材料とヘテロ接合を形成してHEMT(High Electron Mobility Transistor:高電子移動度トランジスタ)構造を実現できる。こうした理由から、高速(高周波数)動作に対応しやすいという特長もある。

*1)出典:International Technology Roadmap for Semiconductors, 2010 Update, RF and A/MS Technologies for Wireless Communications, Table RFAMS6 Base Station Devices Technology Requirements

普及阻む障壁が崩れ始める

 このような数多くの優れた特性を備えながらも、GaNデバイスが旧来のデバイスを一気に駆逐するという現象は起きていない。もちろんその理由の1つには、数百W級の高周波大電力トランジスタの用途が製品サイクルの短い民生分野ではなく、製品サイクルが長いインフラ分野や産業分野にほぼ限られるという点もあるだろう。しかし最大の理由は、価格だった。

 現在では、民生分野のみならず、インフラ分野や産業分野でもコスト低減の圧力が非常に強い。たとえ機器の性能を高められるとしても、部品コストの増加は受け入れにくいというのが実情だ。GaNデバイスは、旧来の各種デバイスに比べて価格が高い。国際半導体技術ロードマップ(ITRS:International Technology Roadmap for Semiconductor)委員会がまとめた2010年版ロードマップでは、無線通信の基地局向けデバイスで実際に製造可能な数字として、2009年時点での単位出力電力当たりのコストをGaN FETで1.1米ドル/W、Si LDMOSで0.22米ドル/Wと記載している。実に5倍の差があるわけだ。

 それでも、以前に比べればGaNデバイスの価格は確実に下がっており、コスト面で採用のハードルは低くなっている。GaNデバイスを手掛ける前述の国内メーカーの1社によれば、「3年〜4年前の価格に比べると、購入数量などの条件によって異なるが、7割〜5割くらいまで下がっているという感覚だ」と話す。

 また別の1社は、Si LDMOSとの価格差について次のように指摘する。つまり、「GaNデバイスはもちろん、Si LDMOSも価格が年々下がっている。その結果、両者の価格差の絶対額が機器全体のコストに対して小さくなってきた。GaNデバイスを採用したときに得られるメリットと価格差によって生じる追加コストをはかりに掛けたときに、価格差を受け入れてメリットを取るという判断を下しやすくなっている」という。さらに、詳しくは後述するが、GaNデバイスを「Si LDMOSと同じ価格で供給できる」と主張する海外メーカーも現れている。

携帯基地局向けは第2世代に進化

 こうした状況から、今後はさまざまな分野で旧来の各種デバイスをGaNデバイスに置き換える動きが加速しそうだ。GaNデバイスを手掛ける各社はこれを商機と見て、2010年12月に開催された高周波技術関連の展示会「マイクロウェーブ展 2010」(2010年12月8日〜10日、パシフィコ横浜で開催)で最新の開発成果を一斉に披露した。

 住友電気工業は、携帯電話などの無線通信基地局に向けたGaN HEMT製品群「EGNシリーズ」の第2世代品を展示した*2)図2)。第2世代品自体は2009年の同展示会にも出品していたが、今回はその従来品に比べて対応周波数帯が高く、出力電力も大きな新品種を追加した。例えば、2.1GHz帯に対応する100W、150W、200W、300Wの品種や、2.6GHz帯で70W、100W、150W、200Wの品種である。さらにこれらの新品種には、GaN HEMTチップと共に入出力インピーダンス整合回路もパッケージ内に搭載した。いわゆる内部整合型である。従来品は整合回路を内蔵していなかった。

図2 図2 基地局向けGaN HEMTの第2世代品 住友電気工業の製品である。ドハティ型のアンプ回路を構成した際に高い性能が得られるようにデバイス特性を最適化した。2.1GHz帯で最大300W品、2.6GHz帯で最大200W品を用意している。

 第2世代品そのものの特長は、ドハティ型パワーアンプ回路を構成した際に、特に高い電力効率が得られるようにデバイス特性を最適化したことだ。第1世代品はAB級アンプに用いることを想定していたという。ドハティ型アンプは、AB級にバイアスするメインアンプとC級にバイアスするピークアンプを並列に接続する回路構成を採る。住友電気工業によれば、この回路構成でトランジスタに最も強く求められるのは良好な飽和効率特性であり、それに向けてデバイス構造を最適化したという。この結果、2.6GHz帯のドハティアンプを第1世代品で構成した場合に40%台だったドレイン効率が、第2世代品では50%台まで向上した。

 「携帯電話網には、数多くの基地局が設置されるため、個々の消費電力をわずかに削減しただけでも、全体で見れば大きな削減効果が得られる。そのためキャリア事業者は、基地局の消費電力の大半を占めるパワーアンプの低消費電力化を重要視しており、それがGaNデバイス採用の大きな動機になっている」(住友電気工業の説明員)。

*2)住友電気工業は、富士通との折半出資会社として2004年4月にユーディナデバイスを設立し、化合物半導体デバイス事業を手掛けてきた。その後、2009年4月にユーディナデバイスを100%子会社化。同年8月に吸収分割を実施し、ユーディナデバイスから営業/企画/研究の業務を継承するとともに、ユーディナデバイスの社名を住友電工デバイス・イノベーションに変更した。

48VのGaNが「Si LDMOSと同価格」

 携帯電話の基地局向けでは、韓国の高周波ICメーカーであるRFHICも、GaNデバイスやそのデバイスを使って構成したパワーアンプモジュールを出品した。

 RFHICは、GaN製品の価格の低さを特に訴求する。同社の創設者でCTOを務めるSamuel Cho氏は、「当社は、48V動作のGaNデバイスを、(動作電圧が比較的低い)Si LDMOSと同じ価格で供給できる」と主張する。同氏によれば、同社のGaN製品の総コストにウエハーが占める割合は20%にすぎないという。GaNデバイスを作り込んだウエハーを業界大手のCreeをはじめとする6社の半導体ファウンドリから購入し、RFHICはパッケージング以降の後工程を担当する。

 今回出品したパワーアンプモジュールは、基地局の高周波送受信部を独立ユニット化したいわゆるリモートラジオヘッド(RRH)に向けたものだ(図3)。「RRHは、重量を12kg以下に抑えるというのが業界の共通目標になっている。そのため、高効率で小型化でき、ヒートシンクも不要なGaN製品が適している」(Cho氏)。

 型名は「RTP27008-10」。2.6GHz〜2.7GHzで動作し、飽和出力電力は約50Wである。ドハティ型のパワーアンプ回路のほか、歪み補償(Digital Pre-Distortion:DPD)処理に向けてフィードバック信号を抽出する際に使うカプラーや、最終出力部のアイソレータ、バイアス回路なども内蔵した。CTOのCho氏は、「モジュール品ながら、値段はCreeや住友電気工業が販売する単体GaNデバイスと変わらない」と豪語する。

図3 図3 リモートラジオヘッド向けモジュール RFHICのGaNパワーアンプモジュールである。外形寸法は100mm×50mm×20mm。電力付加効率(PAE)は、歪み補償(DPD)のかけ方によって異なるが、W-CDMAでFA(Frequency Assignment)が4、ピーク対平均電力比(PAPR)が7.5dBのときに、40%前後が得られるという。「マイクロウェーブ展 2010」で高周波デバイスの専門商社エム・アールエフのブース内で展示した。

 このほか携帯電話基地局向けでは、三菱電機もGaN HEMTを展示していた。2010年7月に発表したもので、同年8月にサンプル出荷を始めている。0.5GHz〜6GHzの間で、外付けの整合回路によって動作周波数帯を設定できる。4.4mm×14.0mmと小型パッケージ封止ながらも、最大40W出力(3dB圧縮ポイントにおいて)の品種を用意したことが特長だ(図4)。他に20W品と10W品も供給する。電力付加効率(PAE)は40W品で46%である。

図4 図4 小型パッケージの高出力品 三菱電機のGaN HEMTである。パッケージ寸法は4.4mm×14.0mm。出力電力が最も大きい品種は40W(46dBm)である。

電子管の置き換えが現実的に

 マイクロウェーブ展 2010では、航空管制用レーダー装置や衛星通信基地局に使われている電子管の置き換えを狙ったGaNデバイスも数多く展示されていた。出品したのは、東芝や住友電気工業、三菱電機などである。大出力電力で低価格だが寿命が短い電子管を、寿命に優れる半導体デバイスで置き換える取り組みの中で、GaAsデバイスで課題になっていた出力電力の制約をGaNデバイスで取り除けると期待されている。

 この分野は従来、電子管の独壇場だった。マイクロ波帯で数百Wと極めて大きい出力電力が得られる増幅器が必要になるからだ。電子管であれば、この出力電力の要求に応えられる上、価格も低い。GaAs品をはじめとする旧来の大電力トランジスタでは、これほどの出力電力を確保することは難しかった。しかし電子管にも課題がある。非固体デバイスであり、動作寿命が短いことだ。数年ごとに交換しなければならないので、保守の手間や費用がかかる。それに対し、固体デバイスである大電力トランジスタならば、動作寿命は半永久的である。

 それでも以前は、トランジスタへの置き換えは進まなかった。GaAs材料を使う旧来の大電力トランジスタの飽和出力電力は、周波数帯によっても異なるが、数十W程度が限界だった。数百Wの増幅器を構築するには、このトランジスタを数多く組み合わせる必要がある。このため、コストなどの観点で、固体デバイスを採用するメリットが小さかった。

 GaN品であればデバイス単体の出力電力が大きいので、GaAs品に比べて所要のデバイス数を大幅に減らせる。固体化のメリットが得やすい。GaNデバイスの価格が低下するとともに、数年前に比べて出力電力の大きい品種の製品化が進んだことで、以前に比べて置き換えに踏み切りやすくなっている。

 東芝は今回、C帯(4GHz〜8GHz)とX帯(8GHz〜12GHz)、Ku帯(12GHz〜18GHz)で使える高出力品の開発状況を示した(図5)。X帯では100W出力品の「TGI0910-100」をパネル展示した。従来は50W出力の「TGI0910-50」が最も出力が大きかった。C帯では、120W出力の「TGI5964-120L」を開発中だ。「損失を考慮しても単体で100Wの出力が得られ、4個のデバイスで出力を合成すれば400Wを確保できる」(同社の説明員)。Ku帯においても、すでに50W品を製品化済みで、今後さらに出力が大きい品種の開発に取り組むという。

図5 図5 対応周波数帯や出力電力のバリエーションが広がる 東芝が「マイクロウェーブ展 2010」で見せた展示パネルである。横軸に周波数、縦軸に出力電力をとって、既存の品種(緑色)と開発中の品種(赤色)を示した。出力が20Wと比較的低い品種は、最終段の高出力品を駆動するプリアンプとして使える。

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