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FPGAベンダーはもうおおかみ少年ではないザイリンクス 代表取締役社長 サム・ローガン氏

FPGA大手ベンダーは、数年ごとに半導体プロセスの微細化を進めることで、集積規模と性能を向上させ、コストを引き下げてきた。新世代の28nmプロセス適用品のサンプル出荷が始まった今、この世代がもたらす「非線形」な進化について聞いた。

» 2011年05月24日 08時00分 公開
[薩川格広,EE Times Japan]

 FPGAは、半導体プロセス技術の微細化を追い風にその適用範囲を広げてきた。微細化の世代が進むと、性能の向上に加えて、1枚のチップに集積できるロジックの規模が拡大し、ロジック規模当たりのコストは下がる。それ以前には性能や規模、コストが制約となって参入が難しかった市場にも入り込めるようになる。そして現在、FPGAはASICやASSPに数世代の差をつけ、既に28nm世代品のサンプル出荷が一部で始まっている。28nm世代品がもたらすインパクトとは。Xilinxの日本法人で代表取締役社長を務めるサム・ローガン氏に聞いた。

EE Times Japan(EETJ) 28nm世代のプロセスで製造する次期FPGA「Xilinx 7」の一部品種でサンプル出荷が始まりました。さらに、同世代のプロセスを使い、ARMコアをハードIPの形で集積した「エクステンシブル プロセッシング プラットフォーム」と呼ぶ製品群「Zynq」についても、既に早期顧客に開発用エミュレーションボードを提供しています。これらの新世代品が市場にもたらすインパクトをどう見ていますか。

ローガン氏 これまでFPGAベンダーの主張には「おおかみ少年」が潜んでいました。いわく、ASICの市場もDSPの市場も取るぞ。そう言い立ててきましたが、必ずしも達成されていたわけではありませんでした。しかし今、28nm世代が現実になり、既に顧客に対してサンプル出荷や見積書の提出を始めています。

 28nm品は、ロジック容量が拡大する一方、値段については「そこそこ」に抑えられています。果たして何が起きるでしょうか。これまで機器メーカーがASICやASSPを採用してきたのは、それらのコストと機能、そして性能のバランスが適切だと判断していたからです。FPGAの28nm品が登場すると、最適だと判断できるバランスは大きく変わるでしょう。実際に、これまではASICやDSPを利用しており、FPGAは考えていなかったという機器メーカーでも、28nm品を契機にFPGAの検討が進んでいる状況です。

 ただ、そうした動きを後押ししているのは、FPGAチップ自体の進化だけではありません。少し詳しく説明しましょう。

 例えば、ワイヤレス通信のインフラ機器では、既にFPGAが使われています。ただしそれは、主にラインカードの入出力部でした。MAC(Media Access Controller)層については、DSPを使いソフトウェア処理で実行している場合もあります。そうした機器でも今後さらに、コストを低減しつつ性能を高めていく必要がある。すると、従来は同じボードの上でFPGAとDSPがそれぞれ分担していた機能を、全てFPGAに集約できないかと考えます。FPGAに「隣のチップ」を吸収してしまおうというわけです。

 能力的には十分に可能です。FPGAは、ハードウェアでデジタル信号処理を行いますから、ソフトウェア処理のDSPに比べるとはるかに高い性能が得られます。この特長自体は、28nm品に限ったものではなく、旧世代品でも同じです。しかしこれまで、FPGAにDSPの機能を取り込むには、別の障壁が立ちはだかっていました。すなわち日本では、ソフトウェアをプログラミングできるエンジニアの方が、FPGAのハードウェアを設計できるエンジニアよりも圧倒的に多いのです。従って、FPGAで隣のチップを吸収できるようにするには、圧倒的多数のエンジニアがFPGAを利用できるような環境を整える必要がある。これはもう哲学的な話です。

 そこでXilinxは最近、米国のAutoESL Design Technologiesを買収しました。同社は、C/C++/SystemCの各言語でユーザーが記述したアルゴリズムを元に、ハードウェア記述言語の回路データを自動的に生成する高位合成ツール「AutoPilot」を手掛けるEDAベンダーです。ソフトウェアプログラマが慣れ親しんだ環境でFPGAを設計できるようにする。それが狙いです。

 これまでFPGAベンダーが「こんな世界が実現できる」と言い立ててきたお話が、このように今どんどん現実になっています。もうわれわれは、おおかみ少年ではありません。

消費者向け機器にも真正面から切り込む

EETJ FPGAのアプリケーションという観点では、28nm世代品でどのような広がりを期待していますか。引き続き有線/無線通信のインフラ機器が主軸になるのでしょうか。

ローガン氏 通信インフラ機器が当社の屋台骨となるアプリケーション領域であることは、これまでと変わりません。100Gビット/秒や400Gビット/秒と広帯域化が進む有線通信にも、そしてLTEからLTE-Advancedへと進化を続ける無線通信にも、いずれも全力で取り組んでいきます。

 ただ、FPGAのアプリケーションは、既にこれらの領域を超えて大きく広がっています。特に日本ではその傾向が顕著です。有線/無線通信に加えて、車載も放送機器も医療機器もある。北米では通信以外は航空宇宙/軍事アプリケーションに限られていますし、欧州も通信の他は車載がほとんどですから、そうした地域とは対照的です。

 当社は、28nmで初めて製品化したエクステンシブル プロセッシング プラットフォームのZynqが、こうした日本の特性にとてもよくマッチすると考えています。Zynqは、これまでボードの中心部に居座っていたASICをFPGAに吸収するために生まれた、新しい概念のチップです。ARMコアを集積し、高性能かつ低価格・低消費電力を実現しており、車載から消費者向け機器まで幅広いアプリケーションに対応できます。

 車載ではもともとARMプロセッサが多く使われていますから、移行しやすいでしょう。消費者向け機器では、例えばテレビでは事情が異なり、MIPSアーキテクチャが主流です。ただ、日本のテレビメーカーは、既に多くの機種に当社のFPGAを採用しています。ある1社だけでも、当社から年間2000万個以上のFPGAを供給しているほどです。プロセッサの近くにFPGAを置くというボード構成が一般的です。そうしたボードの性能を高めたりコストを低減したりするには、プロセッサをFPGAに吸収するという手法が有効になるでしょう。

 ボード設計者の立場では、慣れ親しんだプロセッサはなるべく変更したくないものです。そのプロセッサ向けに開発したソフトウェア資産もありますから。それでも、Zynqで得られるメリットの大きさを考えれば、MIPSからARMにプロセッサのアーキテクチャを切り替えてでも、移行が進む可能性はあるとみています。

 この他にも消費者向け機器では、携帯電話機はARMコアが広く普及していますので、Zynqで狙えるかもしれません。

EETJ Zynqについてもう少し教えてください。ボード上にプロセッサチップとFPGAを別々に搭載する場合との違いは何でしょうか。

ローガン氏 一般に、部品の点数は少ない方がシステムとしては信頼性を高く、不良率を低くできます。Zynqを使えば2チップが1チップに減りますから、このメリットが得られます。

 性能面でも差があります。2チップ構成の場合は、両者をつなぐ入出力端子の数はパッケージの制約などから数十本もしくは数百本というオーダーにとどまっていました。これに対しZynqでは、1枚のチップ上のインターコネクトでプロセッサとFPGAを接続しており、その数は数千本に上ります。両者がやりとりする信号の遅延を短くでき、システムとしての性能が高まるというわけです。

 さらに、入出力部の駆動能力はパッケージ外部に配線を引き回す場合に比べて低くて済むので、消費電力も抑えられます。しかもARMコアにはデュアルコア構成の「Cortex-A9 MPCore」を採用していますから、マルチタスク動作を活用し、高い処理性能を低消費電力で得ることが可能です。先ほど携帯電話機にZynqが載る可能性があると述べましたが、このように高性能と低消費電力を両立できるZynqは、それにとどまらず消費者向け携帯型機器一般に最適だといえるでしょう。

 価格についても、量産数量の大きい消費者向け携帯型機器に使えるレベルです。100万台、200万台といった大きな規模で市場に供給するこれらの機器では、価格の高い部品は使えません。25米ドル以下の部品でなければ採用されないという、しきい値が存在しています。例えば、私がプロセッサベンダーのAMDに在籍していた当時、製品の平均価格は75〜76米ドルでしたが、メモリベンダーのSpansionに勤務していたときの平均価格は1.76米ドルでした。「FPGAは高い」というイメージを抱いている方が多いと思いますが、Zynqは100万個購入時の単価を15米ドルに設定しています。

 当社は、量産数量の大きな消費者向け機器の市場に真正面から切り込んでいくという戦略を立てており、そのために、競合他社が提供していないZynqのようなソリューションを掲げています。

EETJ Zynqの特性が物理的にいくら優れていようとも、DSPの置き換えという事例で指摘されていたように、消費者向け機器への採用でも哲学的な障壁があるのではないでしょうか。

ローガン氏 2つの対応をとっています。1つはツールです。FPGAの統合開発環境である「ISE(Integrated Software Environment)」に、そうした障壁を取り除くさまざまなポイントツールを組み合わせて提供します。さらに、将来的にはそれらのポイントツールをISEという単一の環境に統合していく考えです。

 もう1つは、プロセッサのスペシャリストを社内に置くことです。プロセッサはFPGAとはまた別の「動物」です。それを熟知した専門エンジニアが日本法人でも数人、活動しています。機器メーカーの開発チームと向き合い、その機器を実現する際にZynqのFPGA部を使ってハードウェアで処理すべきこと、ARMコアを用いてソフトウェアで処理すべきことを最適に切り分けられるよう、助言します。

 たとえ素晴らしい飛行機があっても、良いパイロットがいなければ飛びません。そのパイロットの役割を担うのが、当社のスペシャリストです。


サム・ローガン(Sam Rogan)氏

米サンフランシスコ州立大学で日本語学士を取得。16年にわたってAMDに勤務し、アジア太平洋地域営業担当ディレクターや、韓国法人とタイ法人それぞれの社長を務めた。その後、Spansion Japanに移籍し、営業・マーケティング担当副社長として民生機器、スマートカード、および産業事業部の営業に責任を持つ立場に就く。2007年にXilinxの日本法人であるザイリンクスに営業担当副社長として入社。2008年5月に代表取締役社長に就任した。流ちょうな日本語を話す。趣味はウエイトトレーニング。ベンチプレスは160kgを持ち上げる。44歳。

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