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「ヒアリング」に臨み、心構えるべきこと(後編)エンジニアのための市場調査入門(5)

今回は前回に続き、市場調査の最初の工程である「ヒアリング」を取り上げます。エンジニアがなぜマーケティングやリサーチのスキルを磨く必要があるのか? 市場の動きを知るためにどのようなことに心掛けるべきか?をまとめました。

» 2012年03月16日 00時00分 公開
[田村一雄 ,矢野経済研究所]

「エンジニアのための市場調査入門」連載一覧

 前回と今回の2回に分け、市場調査の最初の工程である「ヒアリング」に焦点を当てます。前回は、市場調査を長年手掛けていたプロである筆者が、ヒアリングをするに当たりどのように準備し、どのような心構えで臨んでいるかを紹介しました。エンジニアの皆さんの日々の打合せや面談、顧客との商談に役立つさまざまな技を見つけることができたはずです。

 今回は、エンジニアがなぜマーケティングやリサーチのスキルを磨く必要があるのか、市場の動きを知るためにどのようなことに心掛けるべきかをまとめました。(EE Times Japan編集部

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エンジニアにもリサーチセンスは必要

 我々の取材先の担当部門は、そのテーマにもよるが経営者、企画、マーケティング、営業、開発、生産と多岐にわたる。複数の部門に訪問したり、一度の取材で複数の部門から参加してくれることも多い。取材の質問には答えないが、我々リサーチャーから話を聞きたいということで同席されるケースもよくある。一方、調査の委託やリポートの購入部門は、やはり企画や開発関連部門が大多数を占める。

 そうした中で一番リアルな情報を持っているのは営業・開発担当者である。当然といえば当然なのだが、優秀な営業マンは特に我々と同じような行動原理で動いているようだ。先に触れた我々のヒアリング項目をまとめたようなデータをPCと頭の中にたたき込んでいる。「競合会社のどの商品がいつ、どこに、いくらで、どのくらいの量納入された」といったことを把握することで、それに対抗して、「何を、いつ、どこに、いくらで、どのくらい販売するか」といった営業戦略を構築するためである。ここでエンジニアにもマーケティングやリサーチのセンスが問われてくることになる。昨今では顧客との商談時に研究開発担当などのエンジニアが同席するケースも多いと思う。また、特にエレクトロニクスやマテリアルのカテゴリーでは、エンジニアリングセールスや技術畑出身の営業担当といった人も少なくないように思われる。ソリューション提案のためには欠かせない営業手法であり人材活用だ。

 ライバル企業がある材料を1kg当たり100円で100トン納入したとする。これに対して90円で120トン納入するように求められた。エンジニアはコストダウンの手法(生産面など)や納期(生産能力と設備の空き具合など)はとっさに判断できるかもしれない。しかし、この商談を成立させるかどうかの意味、つまり利益をとるのか、設備の稼働を優先させるのか、今後もライバル企業より安い価格で納入していくのか、それでもその顧客と取引していくのか、などを同時に判断する必要があるわけだ。そうした判断にはライバル企業の実力や戦略を推察する力が求められる。そのためのマーケティング力でありリサーチ能力なのだ。

エンジニアが市場の動きを知るためにできることとは?

図 写真はイメージです

 それでは、エンジニア自らが市場の動きを知るためにできることは何であろうか。答えは単純で、(1)会議だけでなく社内情報のアンテナを磨いておくこと、(2)可能な限り顧客と接触すること、(3)新聞・雑誌などの基本情報はしっかり押さえておくことの3点に尽きるだろう。顧客と面談し、ヒアリングするときには、前回(第4回)まとめた内容が役に立つはずだ。

 特に社内情報と顧客との接触とは、要はコミュニケーションである。コミュニケーション論だけでも専門書があるだろうから、その詳細は専門家に任すが、私の経験論で言えば、飲食を共にすることである。昨今、企業業績の厳しさで接待交際費が削減されたり、接待を受けたり贈答品の授受が禁止されている企業もあるが、そこはそこ。ケータイの番号さえ交換できるまでになればなんとでもなる、はずだ。

 韓国の某超大手企業グループの1社が新事業に参入するに当たり、日本での情報収集に努めた。そこで行われた1つの戦術がキーマン(またはキーマンにつながりそうな人)との飲食であった。情報収集に当たったのは技術者である。私も何件か会食のセッティングのお手伝いをした。実はこうしたトラディショナルな戦術は今でも効果がある。この戦術が通用しないケースもあるが、効果が得られる可能性は一気に高まる。今後、韓国、台湾、中国などアジア地域での情報収集においては、相手先との飲食、といった情報収集戦術を見直してもよいのではないだろうか。

ディスクロージャーの時代、取材拒否企業は一考を

図 写真はイメージです

 余談になるが最後に、取材を一切拒否する企業についてコメントしておきたい。調査リポートをご購入いただいていなくて我々に情報交換を求めてくるような企業の中には、取材は一切拒否という企業もある。それだけならまだしも、どういうルートで入手したのか、購入していないのに我々のリポートのコピーを持っていたりもする。

 「レアメタルは産業のビタミン」などと例えられるが、その伝で言えば「一般情報は体内の血液」に例えられるだろう。そして「(我々が有するような)特殊情報は産業のホルモン」と言うことができるかもしれない。ホルモンとは「体内の特定の組織または器官で生産され、直接体液中に分泌されて運ばれ、特定の組織や器官の活動をきわめて微量で調節する生理的物質の総称」(出所:三省堂 辞林21)ということだ。

 そういう意味では、健全なホルモン(=情報)はしかるべき組織を活性化させるから多くの関係者がそれを必要とするわけで、取材拒否企業のようにクローズドな体質は不健全と言うこともできる。これまで社会的な問題を起こした企業は、やはりクローズドな体質の企業が多かった。取材拒否企業は社会的問題を引き起こしがちである、とまで言うつもりはないし、昨今では秘密保持契約(NDA)により取引先企業の情報なども厳しく制限されている。民間の調査会社に情報を提供する義務も義理もない、などとする向きもいることはいる。

 しかし、業界の活性化、ひいては産業の活性化のためにも許される範囲での情報交換の時間はとってもらいたいものだ。2012年1月20日の日経産業新聞の「コダック 米破産法適用を申請 変れなかった100年企業」というタイトルの記事でこんなフレーズが書かれていた。「技術や知的財産を守るだけで生き延びられる時代は過ぎ去りつつある」。さらに日経ビジネスの2011年10月10日号に掲載された「ニッポンの稼げる技術100」という特集記事で、三菱ケミカルホールディングスの小林喜光社長は「新技術ができたらブラックボックス化したり、特許を固めるなどして長く儲ければいいといった考えは、私から言わせれば理想論にすぎません」と言っている。私が言いたいこととニュアンスは異なるが、思い当たる企業にはこの辺り一考を願いたい。

 付け加えると、我々のリポートの購入者は関連業界の企業のほか、銀行、証券会社、ファンド、大学などもある。企業が公開しているWebサイトや財務諸表などの情報からは欲しい情報が得られなかったり、さらなる情報を欲しているというのはあなたのライバル企業だけではないのである。


Profile

田村一雄(たむら かずお)

矢野経済研究所CMEO事業部の事業部長。1989年に矢野経済研究所に入社。新素材の用途開発の市場調査に広く携わる。その後、汎用樹脂からエンジニアリングプラスチック、それらの中間材料・加工製品(コンパウンド、容器包装材料、高機能フィルムなど)のマーケティング資料を多数発行した。現在は、デバイス領域まで調査領域を広げ、エレクトロニクス分野の川上から川下領域を統括している。知的クラスターへのコンサルティング実績も有する。2012年1月より産業横断的な新商品開発をミッションとする事業企画推進部統括兼務。



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