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有機ELディスプレイ、「日本に勝機は必ず訪れる」LED/発光デバイス 有機EL(2/3 ページ)

» 2012年08月22日 10時00分 公開
[村尾麻悠子,EE Times Japan]

【1】大型有機ELディスプレイを量産することの難しさ

 大型有機ELディスプレイを低コストで量産するのは非常に難しい*3)。DisplaySearchが2012年8月に発表したリポートによると、55インチのアクティブマトリクス式有機ELディスプレイ(AMOLED)の製造コストは、55インチの液晶ディスプレイに比べて8〜10倍になるという。さらに、同社でFPD(Flat Panel Display)製造部門のシニアアナリストを務めるJae-Hak Choi氏は、「大型AMOLEDの製造コストを低減できるめどは立っていない」と述べる。

*3)ソニーは2011年8月に、業務用有機ELモニター「PVM-2541」(25インチ)、「PVM-1741」(17インチ)を発売しているが、メーカー希望小売価格はそれぞれ約62万円、約42万円である。

 スマートフォンなどに搭載する小型有機ELディスプレイに比べて、大型有機ELディスプレイの製造はどんな点が難しいのか。

 有機ELは、非常に簡単に述べると、有機物が発光する層(発光層)を2枚の電極で挟み込んだ構造を取っている。

photo 図1 有機ELの構造

 発光層に使われる有機物は、分子量が数百の低分子材料と、数千〜数十万の高分子材料に分けられる。一般的に、低分子材料を使って有機ELディスプレイを製造する場合は蒸着法が、高分子材料を使う場合は塗布法が用いられる。

蒸着法

 蒸着法(シャドーマスク方式)では、シャドーマスクと呼ばれる薄い金属板を使ってRGB(赤/緑/青)を塗り分けていく。真空にした蒸着設備の中で、シャドーマスクを基板の前に置き、それを少しずつずらして、RGBそれぞれの有機材料を蒸発させ、吹き付けるやり方だ。この方法は、小型/中型ディスプレイではうまくいくのだが、大型ディスプレイに適用するとなると、いくつもの問題が出てくる。まず、巨大な真空蒸着設備が必要になることだ。さらに、この方式では材料のほとんどがマスクに付着してしまうので、非常に高価な有機材料が無駄になってしまう。さらに、蒸発させるので膜厚のコントロールが難しく、なかなか均一に成膜することができない。大型化すると、シャドーマスクがたわむという課題もある。そうなると、量産ラインに移行したとしても歩留まりがかなり低くなるというのは想像に難くない。

photophotophoto 図2 蒸着法(シャドーマスク方式)のイメージ図(クリックして拡大)

塗布法

photo 図3 塗布法(インクジェット方式)のイメージ図

 塗布法は、文字通り、RGBの有機材料を基板に塗布することで成膜する方法である。塗布法で最も効率よく成膜できるのがインクジェット方式で、これは、狙った場所にRGBのインクを滴下していくやり方だ。蒸着法と最も異なるのは、真空設備が不要なことと、材料の無駄を大幅に減らすことができる点である。パイオニアによると、「一般的に、製造方法を蒸着法から塗布法に切り替えると、材料の利用効率が5〜10倍に上がる」という。そのため、コストを低下させることが可能だ。だが、この方法も、蒸着法と同様に大型のディスプレイになると、均一に成膜することが難しい。均一に成膜できないと、スジや色ムラの要因となってしまう。

 ただし、改善も進んでいる。

 例えば、セイコーエプソンは2009年に、インクジェット方式を使って均一に成膜する方法を開発した(関連記事)。この方式を用いて、14インチ型で解像度が60ppiの有機ELディスプレイを試作したところ、発光強度のばらつきを約1/10まで削減できたという。

 有機EL照明パネルを手掛けるパナソニックは、2015年度に発光部が300×300mm、2018年度には、その4倍の面積となる600×600mmの有機EL照明パネルを開発する方針を打ち出している。同社は塗布法を用いて有機EL照明パネルを製造しており、照明パネルの大型化がうまくいけば、その製造技術を有機ELディスプレイにも応用できる可能性は高くなる。

【2】低分子材料か、高分子材料か

 有機材料に低分子材料と高分子材料があるのは前述した通りだが、九州大学 未来化学創造センター 光機能材料部門の安達千波矢教授によれば、現在の流れは、ほぼ低分子材料だという。

安達千波矢氏

九州大学 未来化学創造センター 光機能材料部門の主幹教授。安達教授が率いる研究室は、レアメタル(希少金属)を使わない発光材料などを開発している。ジャパンディスプレイと次世代有機ELパネルの共同開発にも取り組んでいる。



 高分子材料は分子量が大きいため、分子量のコントロールが難しい。安達教授は、「例えば分子量が10万の材料を作ろうとすると、10万5000になったり9万5000になったりする。これは、毎回同じ性質を持つ材料が作れないということだ*4)」と説明する。また、分子の末端部分に意図しない成分(化学的にいうと官能基)がどうしても残ってしまい、これが材料劣化の原因になる。また、高分子材料は低分子材料よりも寿命が短いので、これも問題だ。

*4)一般的に、有機材料を合成すると、目的物質以外の副生成物ができやすく、それを分離するのが難しい。

 一方で、高分子材料の最大のメリットというのは、溶媒に溶かして溶液にできるという点だ。溶液にできるということは、すなわち、基板に塗布することができるということである。ただし、安達教授によれば、最近は低分子を数個つなぎ合わせた(オリゴマーと呼ぶ)材料が開発されており、これは溶媒に溶けるということが分かってきたという。つまり、高分子材料でなくても塗布法で製造できる可能性が生まれているのだ。低分子材料は、高分子材料に比べて安定性があって性質の再現性もよく、劣化もしにくい。その低分子材料を塗布法に使えれば、材料だけでなく、大型ディスプレイの製造における課題も解決できる可能性が高くなる。

 液晶ディスプレイに比べて有機ELディスプレイが劣るのは寿命だった。寿命が短くなる原因は有機ELの発光材料にある。このため、発光材料の長寿命化が優先課題だ。最も寿命が短いと言われている青色は「現在は3万時間くらいに達していると言われている」(九州大学の安達教授)という。ただし、安達教授は、「水や酸素にはまだ弱く、それらで劣化しない材料を作ることは必要不可欠」だと説明する。

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