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» 2015年09月01日 00時00分 UPDATE

5G実現に向け本格始動、鍵握るMassive MIMO“開発の肝”を探る

5G(第5世代移動通信)の商用化に向け、要素技術の開発が着実に進んでいる。中でも、Massive MIMO(大規模MIMO)への注目度は高い。Samsung Electronicsは、3次元でビームを形成できる「FD(Full Dimension)-MIMO」を開発し、1年もたたないうちにプロトタイプを構築した。また、スウェーデンのルンド大学は、100本のアンテナを使う大規模なテストシステムの構築を進めている。既存の世代以上にスピードが求められる5Gの開発において、Samsungやルンド大学が使った“武器”はどのようなものなのか。

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ようやく始動した規格策定

 5G(第5世代移動通信)の商用化は2020年というのが業界の定説だ。だがこれまでは、技術開発は進んでいるものの、規格策定については目立った動きがないのが実情だった。それが2015年7月、ようやく具体的な話が持ち上がった。3GおよびLTE規格の策定を手掛ける3GPPが、5G向け規格策定を2015年冬にも開始するというのである。最終的に規格が策定されるのは、2018年ごろになる見通しだ。規格策定と実証実験、そしてデバイスの開発という流れを考えるとギリギリのスケジュールとなりそうだが、それでも具体的な日程が提示されたというのは、1つの大きな進展である。

必要なのはスピードだけではない

 5Gでは、一般に10Gビット/秒の通信速度、LTEの約1000倍の通信容量、1ms以下の遅延などが要件として挙げられている。米国テキサス州オースチンで開催されたナショナルインスツルメンツ(NI)のテクニカルカンファレンス「NIWeek 2015」(2015年8月3〜6日)の基調講演では、米国スタンフォード大学のAndrea Goldsmith教授が、5Gについて「指数関数的に増えていくデータ通信を支えていかなくてはいけない」と語っている。

 ただし、5Gの開発では高速通信だけが焦点となるわけではない。Goldsmith氏は、「信頼性やセキュリティ、エネルギー効率も、より追求する必要がある。それが、IoTやその他の用途で必要とされる次世代ネットワークの要件なのだ」と強調している。

 ここでGoldsmith氏は、面白い例を挙げた。遠隔で行う外科手術である。「皆さんがオースチン在住の医師で、遠く離れたアフリカにいる患者の手術を行うとする。その際、重要になるのは、手術用ロボットを制御するために、高解像度画像や、ロボットが患者の体にメスを入れている感覚を伝えるような触覚信号を、リアルタイムで送信できるようなネットワークの存在だ」(Goldsmith氏)。こうした用途に携帯ネットワークを適用できるのかはともかく、5Gをはじめとする次世代無線通信において信頼性の向上や1ms以下の遅延が要求されているのは当然だといえるだろう。

photo 「NIWeek 2015」の基調講演に登壇したスタンフォード大学のAndrea Goldsmith教授(右)。5Gには、スピードだけでなく信頼性やエネルギー効率も必要だと強調した

5Gで注目されている4つの技術的方向性

 規格策定については、ようやく具体的な話が上がったばかりだが、5G向けの研究開発については、おおよそ4つの技術が主要な柱として議論され実証実験が進められている。「ミリ波の利用」「Massive MIMO(大規模MIMO)」「GFDM(General Frequency Division Multiplexing)やNOMAなどPHYの強化」「ヘテロジニアスネットワークなど高密度ネットワーク」である。ミリ波通信は、広い帯域幅を使えることから、高速通信を実現する技術として何年も前から注目されてきた。Massive MIMOとPHYの強化は周波数の利用効率の向上に、スモールセルやヘットネットはネットワークの高密度化に、それぞれ貢献する。

photo 5Gにおける、4つの技術的方向性

 NIは、4つのいずれの技術についても、5G研究において主要な企業や研究機関を支援すべく、評価・テスト装置を提供し、実証実験においてプロトタイピング機材としての実績を数多くあげている。例えばミリ波通信(図版の「mmWave」)ではNokia NetworksやNTTドコモ、Massive MIMOではSamsung Electronics、ルンド大学などの実証実験に大きく貢献していることが分かる。世界における主要な5G研究における実証実験の大半をNIのプラットフォームを用いて進められていることが鮮明になった。

 ミリ波通信では、複数の周波数帯において研究が進んでいる。Ericssonが15GHz帯、Nokia Networksが73GHz帯、Samsung Electronicsが28GHz帯といった具合だ。NIWeek 2015の基調講演では、Nokia Networksがデモを行い、10Gビット/秒の高速通信を披露した。実験室内ではなく、イベント会場で10Gbpsの通信速度を達成したのは「初めて」(Nokia Networks)だという。

photophoto 左=ステージ上に送信機と受信機を置いてデモを行ったところ、10Gビット/秒を記録した。送信機と受信機には、NIの次世代通信システム試作用のソフトウェア無線プラットフォームが使われている。送信機と受信機の距離は約6mである。Nokia Networksによれば、100〜200mの距離でも通信が可能だという / 右=デモで使用した送信機

ミリ波ともスモールセルとも好相性、Massive MIMO

 要素技術の候補の中で、特に強い期待を寄せられているのがMassive MIMOだ。MIMOは、ビームを絞り込んで電波の到達距離を延ばすので、電波が減衰しやすいミリ波帯において有効な技術とされている。現行の携帯ネットワークであるLTEでは2×2や4×4のMIMOが既に使われており、LTEの高速版であるLTE-Advancedでは8×8 MIMOの構成になっている。5Gでは、これが64×64あるいは128×128 MIMOになるといわれており、LTE/LTE-Advancedとは、文字通り桁違いのアンテナ数となる。ただ、高周波においてはアンテナを小型化できるので、この点からみてもMassive MIMOはミリ波通信と相性がよいことが分かる。

 さらに、NTTドコモは、マクロセル上にスモールセルを配置するコンセプト「ファントムセル」と発表しており、そのスモールセル内でMassive MIMOを使う計画を立てている。ミリ波ともスモールセルとも相性がよいMassive MIMOへの期待値が高い理由もうなずけるだろう。

NIからしか入手できない、“オープンな”物理層ソースコード

 NIは、SamsungやスウェーデンLund University(ルンド大学)などにソフトウェア無線プラットフォームを提供することで、Massive MIMOを含む、MIMO技術の開発を後押ししてきた。同プラットフォームは、変調/復調アルゴリズムなど物理層アルゴリズムを実装するためのハードウェア「NI USRPTM(Universal Software Radio Peripheral) RIO」と、開発ソフトウェア「LabVIEW Communications System Design Suite(以下、LabVIEW Communications)」で構成される。

 まずはSamsungの事例を紹介しよう。Samsungは、垂直・平面の両方向にビームを形成できるFD(Full Dimension)-MIMOの開発に取り組んでいる。3次元でビームフォーミングを行えることから、特定のユーザーに向けてビームを絞り込みやすくなり、干渉を抑えて高速通信が可能になるという。さらに、FD-MIMOに使うアンテナを増やせば、より多くのユーザーが高速通信できるようになる。

photo Samsung ElectronicsのFD-MIMOの概念図

 Samsungは、同技術の評価・検証にNIのソフトウェア無線プラットフォームを用いている。具体的には、USRP RIOをユーザー端末に見立て、Samsungが開発した基地局プロトタイプから、FD-MIMOを使って信号を送信するのである。

 NIWeek 2015の基調講演では、3.5GHz帯の20MHz幅において、アンテナから4台のユーザー端末(USRP RIO)に電波を同時に送信するというデモを行った。FD-MIMOを使わない場合、干渉が発生してスループットは4台ともほぼゼロの状態だった。FD-MIMOを活用すると、スループットは4台とも20M〜30Mビット/秒に即座に上昇した。このデモでは、USRP RIOとして発売されたばかりの「USRP-2953R」が使われている。FPGAとしてXilinxの「Kintex-7」を搭載し、中心周波数は1.2〜6GHz、帯域幅は120MHz/チャンネルである。Samsungは「USRP-2953Rは120MHz幅まで対応できるので、今後はさらに帯域幅を広げて実験を続けていきたい」と話している。

photophoto Samsung ElectronicsがNIWeek 2015の基調講演で披露した、FD-MIMOのデモ。左=Samsungが開発した基地局プロトタイプで、32個のアンテナアレイが搭載されている / 右=NIのソフトウェア無線プラットフォーム「USRP RIO」をユーザー端末に見立てている

 このシステムでポイントとなるのが、LabVIEW Communicationsだ。NIのシステム開発ソフトウェアである「LabVIEW」とソフトウェア無線(SDR)を統合した専用の開発環境で、通信システムのプロトタイプを短期間で効率よく作成することができる。

 LabVIEW Communicationsでは、IEEE 802.11acあるいはLTEに対応する「Application Framework」というアドオンを用意しており、これらは、現時点で唯一商用化されている“オープン”なソースコードとなっている。このアドオンを使うことで、IEEE 802.11acやLTEの物理層をFPGAなどに実装して信号の挙動を検証することが可能になる。Samsungの例でいえば、IEEE 802.11acやLTEに準拠した信号を送受信して、FD-MIMOの評価を行うことができるようになったのだ。

 さらに、Application Frameworkは“オープン”、つまり改変できるソースコードなので、LTEの物理層に一部変更を加え、LTEを発展させた形にして信号を送受信することも可能になる。無線LANやLTEに対応するプロトコルスタックをIP(Intellectual Property)として提供しているメーカーは他にもあるが、これらは“中身”を変えることはできない。

 Application Frameworkがリリースされたのは2014年12月である。Samsungは、8月のNIWeek 2015でFD-MIMOのデモを公開しているので、1年もかからずに実証実験ができたことになる。これほどの短期間でプロトタイプを構築できたのは、Application FrameworkによってLTEの物理層を“オープンなソースコード”として入手できたことが大きい。

 NIWeek 2015では、5G関連の動向や技術を紹介する「5Gサミット」が開催されたが、そこでセミナーを行ったSamsung Research Americaによれば、FD-MIMOの規格は、2016年末までには3GPPのRelease 13で完了するのではないかという。実用化が始まるのは、2017年以降とみられている。

photo FD-MIMOの規格策定完了および実用化のスケジュール。Samsung Research Americaが、5G関連サミットで発表した

 韓国では、2018年に開催される平昌(ピョンチャン)オリンピックで5Gのトライアルを行うとされている。ただ、5Gの規格策定完了は恐らく2018年には間に合わないため、一部の仕様については韓国が独自に解釈して補うとみられている。このように、既存の規格を一部改変した独自の規格を試す際に、Application Frameworkは大いに役立つはずだ。

アンテナ数100を超える、大規模なテストシステムも

 NIは2014年2月以降、ルンド大学とともに100本の送受信アンテナを超えるMassive MIMOのテストシステムの開発を進めている。NIによれば、これは「世界最大」規模のMIMOシステムだという。この実験システムでは、計測・制御用ハードウェア「PXI」と50台ものUSRP RIOを使い、送受信テストを行っている。

photo NIWeek 2015で展示されたMassive MIMOのテスト向けシステム

 ルンド大学がUSRP RIOを使って構築しているテストシステムは「LuMaMi」という。同大学は5Gサミットで、LuMaMiの構成や実験結果の一部を発表した。

 LuMaMiは、PXIとUSRP RIO、FPGAを搭載したモジュール「FlexRIO」、クロック分配モジュールなどで構成されている。物理層はLTEに似たものを使用し、変調方式はOFDM、周波数帯は3.7GHzで帯域幅は20MHz。1チャンネル当たりの出力は16dBmとなっている。LuMaMiは、アンテナが100本を超える大規模なテストシステムだが、PXIとUSRP RIOをいくつ組み合わせるかによって、2本から128本までのシステムを柔軟に構成できるのが強みだ。このルンド大学の大規模MIMOシステムを皮切りに、世界中の研究機関や大学において、同様にNIのプラットフォームを活用し大規模MIMOシステムの構築と実験を競って進め出している。

photophoto 左=「LuMaMi」の構成 / 右=実証実験の結果(受信機のコンスタレーション)。基地局のプロトタイプと4台のユーザー端末を用いて行っている。基地局とユーザー端末間の距離は2m。ユーザー端末は2m間隔で配置した

 2020年に商用化を目指している5Gでは、「とにかく時間がない」といわれている。どのような仕様になっても柔軟かつ素早く対応できるテストシステムの構築は欠かせない。1年もかからずにFD-MIMOの実証実験までこぎつけたSamsungや、100本のアンテナを使うMassive MIMOの実験を行っているルンド大学の事例から分かるように、NIのソフトウェア無線プラットフォームは、スピード勝負といわれる5Gの開発者にとって大きな武器となるとともに、シミュレーションだけで留まっている研究者や企業よりも、実証実験によっていち早く成果を出した研究者や企業にこれからはさらに投資が加速すると言っても過言ではないだろう。


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提供:日本ナショナルインスツルメンツ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2015年9月30日

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