半導体業界を代表する経験則と言えば、「ムーアの法則」である。ムーアの法則が半導体チップの革新をけん引し、半導体システムの急速な進化を後押ししたことは間違いない。ARMが得意とする携帯電話機の分野でも、半導体チップの相次ぐ革新によってシステムが急速に進化し、携帯型コンピュータであるスマートフォンを生み出した。
ただし、システムの構成要素には一部、「ムーアの法則」に従わないものがある。その代表は「バッテリー(電池)」だろう。例えば1998年の携帯電話機と2015年のスマートフォンを比べると、半導体とバッテリーの進化の違いがよく分かる。1998年の携帯電話機が搭載していたシステムメモリ(RAM)は64Kバイト、ストレージ(フラッシュメモリ)は1Mバイト、バッテリー容量は900mAhである。これが17年後の2015年になると、スマートフォンが搭載しているRAMは3Gバイトで1998年の携帯電話機の約4万9000倍、フラッシュメモリは128Gバイトで同様に約13万1000倍と、ものすごくく大きな記憶容量に増加している。これに対してバッテリー容量は2550mAhで、1998年の3倍にすら達していない。半導体とバッテリーの間には、進化速度にとてつもない違いがあることが分かる。
このしわ寄せを受けてきたのが、システム設計である。具体的には、消費電力と消費エネルギーの増加を極力少なくすることだ。
半導体の動作やデータ伝送などが、どのくらいのエネルギーを消費するかを明確にしてみよう。ここでは非常に小さな、100pJ(ピコジュール)のエネルギーで、どのくらいのことが可能かを例示する。ちなみに0.1W(ワット)の電力を1ns(10−9秒、10億分の1秒)間だけ消費すると、100pJのエネルギーになる。あるいは、1Vで10nAの低電圧微小電流を10ミリ秒だけ流したエネルギーと等しい。
具体的に見ていこう。半導体メモリにとって100pJとは、フラッシュメモリに1ビットのデータを書き込むために必要なエネルギーである。フラッシュメモリよりも消費電力の少ないDRAMとSRAMになると、300ビット前後のデータを書き込める。無線通信は電力効率があまり良くない。消費電力が低いとされるBluetooth Low Energy(BLE)でも、1ビットのデータを送れない。わずか0.02ビットにとどまる。
ご愛嬌なのは電気自動車(EV)だろう。シリコン(Si)原子のわずか0.05%に相当する距離しか、進めないのだ。
(次回に続く)
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