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シリコンバレーに押し寄せた新たなテクノロジーの波イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(6)(2/2 ページ)

» 2016年09月09日 11時30分 公開
[石井正純(AZCA)EE Times Japan]
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シリコンバレーに押し寄せた新しいテクノロジーの波

 2003年の数年前、ちょうどインターネット・バブルが崩壊するころから、ナノテクノロジー(ナノテク)の波が押し寄せた。シリコンバレーでは、ベンチャーキャピタルが意識的に次のブームを作り出そうとする傾向もみられる。当時は、DFJ(Draper Fisher Jurvetson)などのベンチャーキャピタルが、「これからはナノテクが花になる」、ということでこの分野に多くの投資を始めた。

 しかしながら、この波は2005年を過ぎたころには落ち着いてきた。ナノテクは、どちらかというと“小波”だったのだろう。現在も、ナノテクが消えてしまったわけではない。だが、ナノテクは、その技術が特定の製品に応用された途端に「ナノテク」とは呼ばれなくなってしまうという側面がある。例えば、わざわざ「ナノテク技術を応用した○○という製品です」とはアピールしないだろう。このような、ナノテクという技術の性質故に、爆発的な規模での波にはならなかっただけだと考えられる。

 これはナノテク以外にもいえることだが、人は、ナノテクという技術そのものに資金を出すわけではなく、ソリューションに対してお金を出すのである。そのため、ナノテクを前面に出し、ナノテクを売りにビジネスを立ち上げようとしたベンチャー企業は確かにこの期間に多く誕生したが、それらのほとんどがナノテク・プラットフォームの会社あるいはナノテクを使った特定の製品分野を手掛けるメーカーへと変わっている。1996年にナノテク・プラットフォームの開発会社として創立され、2010年に日本のテイジンに買収されたNanogramや、2001年に創立され、今では量子ドットのHDディスプレイなど具体的なアプリケーションに特化しているNanosysなどはその良い例である。つまり、ナノテクという技術によってのみ大きく成長した企業はないのである。

 実は、これは、1980年代半ばに起きた第2次人工知能ブーム(第1次は1960年代後半から1970年代初頭)とよく似ている。当時も、人工知能(AI)を前面に押し出し、それを売りにしたベンチャー企業が数多く生まれた。だが、そのほとんどが売り上げ20億円程度で停滞し、事業内容を変えるなどしている。1980年に創立されたIntelliCorpがその一例だ。同社は、Knowledge Engineering Environment(KEE)というエキスパート・システムを発売し、1983年に株式初公開したが、現在ではSAPアプリケーション関連のソフトウェア会社として生き残っている。また、1982年に自然言語のソフトウェアの商業化を目指して創業されたが、その後セキュリティ・ソフトの会社に衣替えしたために今でも健在なSymantecなども良い例である。

環境エネルギー分野がブームに

 さて、2005年ごろからは、環境エネルギー分野(グリーンテックあるいはクリーンテックともいう)のテクノロジーが新しい波としてシリコンバレーに押し寄せた。ちょうど地球温暖化が大きな問題として取り上げられるようになったころだ。原油価格も高止まり、その状況が長引くだろうとの予想の下、環境問題をテクノロジーで解決すべく、太陽光発電、風力発電、燃料電池、バイオ燃料などの分野でさまざまな新しいテクノロジーが開発された。エネルギーは国家の戦略的分野でもあるので、現オバマ政権も、この分野には多額の補助金などを提供している。

 同じ技術でも、環境エネルギーの分野においては、これを製品化しようとすると膨大な資金が必要となり、ベンチャーキャピタルからの資金投入よりも、プライベート・エクイティあるいはプロジェクトファイナンス的な資金援助が適切ということが明らかになってきた。ただし、このような大型プロジェクトもリスクが高く、2005年に創業された太陽光発電の会社Solyndraは米国エネルギー省から5億米ドル以上の補助金を受けたが、結局2011年に倒産している*)

*)関連記事:太陽光パネルメーカーのSolyndraが破産申請、中国勢との競争激化が原因か

 筆者も2004年から2015年まで環境エネルギー分野でのベンチャーキャピタル投資に携わってきたが、2010年ころになると、この分野でのアーリーステージのイノベーションはあまり見られなくなってきた。環境エネルギー分野は今では立派な産業分野としてその存在価値が認められているが、「テクノロジーの波」という意味では、2005年から2012年ころがピークだったのだろう。

「ヘルスケア2.0」

 そして、環境エネルギーに続き、シリコンバレーに押し寄せているテクノロジーの波がライフサイエンスといえる。1980年代のライフサイエンスの波を「ヘルスケア1.0」と呼ぶならば、インターネット時代の今、起きているライフサイエンスの波は「ヘルスケア2.0」と呼ぶにふさわしい。ITとライフサイエンスの融合がデジタル・ヘルスといわれる新しい分野を生み出し、インターネット、ビッグデータ、AIの進展によりヘルスケアの分野で次々と新しいイノベーションが生まれているのである。

 さらに、1950年代から始まった半導体、エレクトロニクス、ハードウェア、ハードウェアを効率よく動かすためのソフトウェア、ソフトウェアも搭載したシステム、そしてシステム同士の通信、インターネットなどのテクノロジーは大きな、あるいは小さな波となってシリコンバレーに押し寄せたが、それらの技術は消え去ったわけでは決してない。これまでのテクノロジーをベースに新たなテクノロジーの展開が繰り広げられてきている、というのが正しい見方だろう。

 例えば、半導体・ICにおけるセンサー技術、ハードウェアにおけるロボティックス、機械学習などソフトウァにおける新たなAI、通信・インターネットにおけるIoT(モノのインターネット)やIIoT(産業用IoT)など、これまでの技術の蓄積の上に他分野の技術とも融合しながら新たな技術が生み出されている。これこそ、「新結合」という意味での真のイノベーションが体現されているともいえる。

インターネットの登場前後における、主要なテクノロジーの波(クリックで拡大)

 では、こうしたイノベーションが繰り返されるシリコンバレーのパワーは、どこから来るのだろうか。次回は、そのパワーの源を探ってみたい。

次回につづく

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Profile

石井正純(いしい まさずみ)

ハイテク分野での新規事業育成を目標とした、コンサルティング会社AZCA, Inc.(米国カリフォルニア州メンローパーク)社長。

米国ベンチャー企業の日本市場参入、日本企業の米国市場参入および米国ハイテクベンチャーとの戦略的提携による新規事業開拓など、東西両国の事業展開の掛け橋として活躍。

AZCA, Inc.を主宰する一方、ベンチャーキャピタリストとしても活動。現在はAZCA Venture PartnersのManaging Directorとして医療機器・ヘルスケア分野に特化したベンチャー投資を行っている。2005年より静岡大学大学院客員教授、2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年よりXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。

新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。


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