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» 2016年11月25日 09時30分 UPDATE

イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(9):シリコンバレー〜イノベーションを生む気質(2) (1/2)

シリコンバレーの気質は大きく2つに分けられる。「オープン性」と「失敗に対する寛容さ」だ。今回は、後者の「失敗に対する寛容さ」についてお話したい。西部開拓時代に培われたフロンティア精神は、失敗に対する寛容さも生み出したのではないだろうか。

[石井正純(AZCA),EE Times Japan]

失敗に対する寛容さ

 前回は、シリコンバレーの“2つの気質”のうちの1つ、「オープン性」を紹介した。

 今回は2つ目の気質である「失敗に対する寛容さ」について、お話したい。シリコンバレーは、失敗に対して非常に寛容だ。失敗は、確かに失敗であるが、それを「Opportunity to learn」、つまり学ぶためのよき機会だと捉える傾向が強い。一度失敗すると「失敗の烙印」を押されてしまうことが多い日本とは、正反対の位置付けだともいえる。シリコンバレーでは、「早いうちに、安いうちに失敗しておけ」という意味の「Fail fast, fail cheap」という言葉がよく聞かれる*)

*)現在もそうなのかは分からないが、数年前の時点で、Facebookの本社の壁には「Fail Harder(派手に失敗しろ)」というスローガンが掲げられていた。

寛容さが生まれた背景は、西部開拓時代にさかのぼる

 さて、どのようにして、この「失敗に対して寛容」というシリコンバレーのカルチャーが生まれたのかを解き明かしてみたい。

 アメリカの「西部開拓精神」という言葉は、簡単に見過ごされる使い古された言葉かもしれないが、実は大変深い意味があり、やはり今でも生きているのだと思う。

 フランスの外交官で歴史家だったアレキシス・ド・トクビル(Alexis de Tocqueville)は1835年に著した「Democracy in America」や1856年に著した「The Old Regime and the Revolution」の中で、ヨーロッパからアメリカに移民していった人々が自由・平等や新しい価値観を目指して生活している様子を詳しく分析した。

 さらに、アメリカの歴史家フレデリック・ターナー(Frederick J. Turner)は1893年に「The Significance of the Frontier in American History」という論文で、「アメリカのフロンティアが、旧来のヨーロッパの古い考え方や慣習、またジェントリー(イギリスの地主貴族層)が管理していた土地からも解放され、自由というものを勝ち取り、そしてアメリカの民主主義はそうしたフロンティアたちによって確立された」と言っている。

 アメリカに移住した人々は、土地も“取りたい放題”だった西へ、西へと移動し、その過程でさまざまなチャレンジに直面した。同時に、新しい環境に適応して彼らの新しい生き方を生み出してきた。

 これがアメリカンカルチャーのコアになった。リスクを取ることをためらわないタイプの人々が、進んで西部に移っていき、そうやって西部を開拓することで新たな人生を切り開くことも可能になった。そして、そのようなリスクを取る人々を大いに受け入れるという「寛容さ」が文化の根底に根付いていったのだと思う。

 現在も、中西部以東(シカゴ以東)の人々と西部、特にカリフォルニア、そしてシリコンバレーの人々の持っている価値観は結構違っている。本連載の第7回「シリコンバレーがボストンを圧倒した理由」で説明したように、ボストン地域とシリコンバレーのカルチャーはかなり違うのだ。

シリコンバレー(西)とボストン地域(東)のカルチャーの比較

寛容さを生んだ原点、「8人の裏切り者」

 では、そのような「西部開拓精神」、現代風に言い換えれば「起業家精神」の発揮を可能にし、「失敗に寛容」というシリコンバレーにおけるハイテクの「環境」はどこから生まれたのだろうか。

 それを議論するには、1956年にウィリアム・ショックレー(William B. Shockley, Jr.)がシリコンバレーで半導体の商業化のために創業した「ショックレー半導体研究所」(Shockley Semiconductor Laboratory)がヒントになりそうだ。

 ショックレー半導体研究所の創立から1年ほどで、8人のサイエンティストが独立し、新たに半導体の商業化に挑戦した。その際、失敗するかもしれない彼らのベンチャーに出資したのがフェアチャイルドカメラ(Fairchild Camera and Instrument)である。シリコンバレーで寛容さが生まれた原点は、まさにここにあると筆者は考えている。

 本連載の第4回でも触れた通り、この出資によりフェアチャイルド・セミコンダクター(Fairchild Semiconductor、現在はON Semiconductorに買収されている)が誕生し、フェアチャイルドからはその後、インテル、LSIロジック、その他多くの半導体会社が生まれている。注目したいのは、8人のうちの1人、Gene Kleinerが、ベンチャーキャピタルの会社クライナー・パーキンス・コーフィールド・バイヤーズ(KPCB)を1972年に設立し、起業家に資金を提供するようになったことだ。つまり、ベンチャーの成功者が、今度は、失敗するかもしれないというリスクを背負ったベンチャーに投資する側へと回ったのである。

 こうした歴史が積み重なり、起業家がそれなりのリスクを伴っても「起業家精神」を発揮でき、起業家の失敗に対して寛容になれる土壌が少しずつ整っていったのだと考えられる。

フェアチャイルド・セミコンダクターを創立した「8人の裏切り者」
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