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力任せの人工知能 〜 パソコンの中に作る、私だけの「ワンダーランド」Over the AI ―― AIの向こう側に(12)(4/9 ページ)

» 2017年06月30日 08時00分 公開
[江端智一EE Times Japan]

「シミュレーション」は、世界を理解する方法の1つである

 「シミュレーション」とは、このような仮想の実験環境を提供する方法でもありますが、それと同時に、世界を理解する方法の1つでもあります。

 私は、世界を理解する方法には、少なくとも、以下の3つがあると考えております。

 シミュレーションとは、ぶっちゃけて言えば、「膨大な量の計算を力ずくで行うこと」です。仮説も論理も、何もかもが分からない状況にあって、それでも、何かを見つけ出して、理解しなければならない時の最後の方法として切る、「ワイルドカード」といってもよいでしょう。

 さて、これらの世界を理解する3つの方法には、それぞれ、次のようなメリットとデメリットがあります。

 この3つ中で、私たちの世界で、もっとも使われているのが「仮説」です。新聞、雑誌、ニュース、その他、各種のネット世界での現象の理解のアプローチは「私は、こう思う。なぜなら……」という主観から始まり、それを多くの人が受けいれてくれる(であろう)理屈を持ち込んで、自分の意見の客観化を試みるものです。

 そして、多くの場合、この方法はうまく機能しません。

 というのは、この「仮説」は、「お前は間違っている。なぜなら……」という主観から始まり、それを多くの人が受けいれてくれる(であろう)理屈を持ち込んで、自分の意見の客観化を試みて、反論することができるからです。

 世の中の大半の意志決定メカニズムは、このような「検証なき仮説」の応酬の中で行われています。そして、これらの仮説の応酬の落とし所のワーストケースが「暴力(戦争を含む)」で、ベターケースでも「多数決」です。「話し合いによる穏便な解決」に至ることは極めてレアケースです。

 これに対して、「論理」は最強です。数百、数千の観測結果から、1つの例外もなく同じ結果になるものに対して、統一的な解釈(主に数式)を割り当てるものであり、このようにして完成した「論理」には、反論の余地がありません。

 例えば「私の町は、町内会全会一致で『天動説』を支持すると決議した*)」と宣言したら、私の町は「カルトな町」として世間に名をはせることになるでしょう。

*)そう考えると、2009年までの約400年間、ガリレオの破門を解かなかったバチカンという権力は、ものすごいものなのだなぁ、と思い知らされます。

 しかし、「論理」を考案し、一般化(定式化)まで持ち込むことのできる人間は、非常に少数のエリートだけです。その論証は難しく、量産することができない上に、その「論理」を、現実の世界にピッタリ適用させることも困難です。なぜなら、世界は、例外で溢れかえっているからです。

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