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» 2017年08月10日 11時30分 UPDATE

イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(17):厚き量産の壁、リソースの不足で花が開かなかった技術 (1/3)

さまざまな技術がしのぎを削ってきたディスプレイ業界。初期は酷評されたLCD(液晶ディスプレイ)は、世界中の何千人というエンジニアが開発に関わり、不良をつぶしていったことで大きく花開いた。だがその陰で、十分なリソースをかけられず、量産化の壁を乗り越えられなかった技術も存在する。

[石井正純(AZCA),EE Times Japan]

「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」バックナンバー

日本企業が苦戦するディスプレイ分野

 市場調査会社のIHS Markit Technologyによれば、「2017年は中小型ディスプレイ市場の転換点」であるという(関連記事:「有機EL vs TFT液晶 〜 2017年は中小型ディスプレイ市場の転換点」)。

 過去、ディスプレイ市場では多くのテクノロジーが競い合ってきた。市場を席巻して、そのまま普及拡大に進んだものもあれば、話題にはなったものの商品化がうまくいかずに消えていったものもある。

 有機ELディスプレイを取り上げると、かつては日本が研究開発をけん引していたものの、韓国や台湾の猛追を受け、今では携帯電話機用などの有機ELディスプレイのシェアはSamsung Electronics1強の状態になっている(関連記事:「予測不能の有機EL時代の到来 〜 2017年最大の注目点」)。また、テレビなど大型の有機ELはLG Displayが市場を独占している。

 日本はというと、かつてはディスプレイ大国を誇っていたが、今では影が薄い。日立、東芝、ソニーが2012年に液晶事業を統合し、ジャパンディスプレイ(JDI)として液晶パネル事業を進めてきたが、現在業績は低迷し、苦戦を強いられている。2017年8月9日には構造改革策を発表し、約3700人を削減すると発表した(関連記事:「JDIが構造改革策発表、約3700人を削減へ」)。また、2015年にソニーとパナソニックが有機EL事業を統合し、JOLEDとして有機ELパネル事業を進めているが、前述のように韓国勢の後塵を拝している。産業革新機構がJDIに35.6%、JOLEDに75%出資して支援しているが、今後の行方は不透明だ。

JOLEDが2017年5月に公開した、21.6型 4K有機ELディスプレイ。EE Times Japanが撮影(関連記事:「JOLED、印刷法で21.6型有機ELを製品化、次は大型へ」)

 有機ELディスプレイについては多くのメディアで取り上げられているので、ここでは違うディスプレイについて話してみたい。無機ELディスプレイである。

「技術の素質」がよかった無機ELディスプレイ

 「“技術の芽吹き”には相当の時間と覚悟が必要だ」で、カナダの燃料電池メーカーBallard Power Systems(以下、Ballard)を紹介したが、筆者が代表を務めるAZCAとBallardのプロジェクトが1998年に終了したその直後、Westaim Advanced Display Technologies(以下、WADT)というメーカーからコンタクトがあった。

 Ballardと同じカナダの企業で、無機ELのFPD(フラットパネルディスプレイ)を開発している。BallardからAZCAとのプロジェクトの話を聞いたようで、無機EL FPDを日本に展開したいとの相談を受けたのだ。

 カナダ・カルガリーにThe Westaim Corporationがある。この企業は、ポテンシャルのある技術を持った企業に投資したり、社内でポテンシャルのある技術をインキュベートして事業を育てたりしている。同社は、1991年から中国人のサイエンティストXingwei Wu博士の元で無機ELディスプレイのプロジェクトを、カルガリーから300kmほど北へ行ったエドモントンにある小さなラボで進めていたが、無機ELで5型のマルチカラーディスプレイのプロトタイプが出来上がったことにより、TVを開発できる可能性を見いだした。そこで、1996年にWADTという名前でスピンアウトしたのである。しばらくして、トロントにある古い液晶パネル生産工場を約70億円で購入し、WADTの本社をそこに移した。

 Wu氏が開発していたのは、厚膜誘電体無機EL(TDEL:Thick-film Dielectric ElectroLuminescent)をベースにしたディスプレイだ。ここでいう厚膜とは、20μm以上くらいの厚さを持つ、高い比誘電率を持つ誘電体層である。

 ディスプレイにはさまざまな種類のテクノロジーがあるが、無機ELディスプレイの特長は、構造がシンプルで、素材的に安定しているという点である。一方で初期のLCDは、応答が遅い、視野角が狭い、色もきれいではない、などと評価は散々だった。筆者も、LCDを酷評する声をそこかしこで聞いたことを覚えている。欠点だらけだった初期のLCDに比べると、無機EL FPDというのは、「技術の素質」としては、はるかに上に見えた。

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