連載
» 2017年10月30日 11時30分 公開

Over the AI ―― AIの向こう側に(16):モノマネする人工知能 〜 自動翻訳を支える影の立役者 (5/10)

[江端智一,EE Times Japan]

「翻訳」が招いてしまった惨事

(第2の理由)

 翻訳は、常にトラブルと一体であるからです ―― というか、2カ国以上の異なる言語を、別の言語に変換する行為そのものに、無理があるのです。

 例えば、日本史上、最悪の結果となった「翻訳が導いた惨事」に、以下のようなものがあります。

(参考文献:「歴史を変えた誤訳」 鳥飼玖美子著 新潮文庫)

 さらに、翻訳の内容そのものに問題がなかったにもかかわらず、外交問題に発展してしまった事例も並べてみました。

(参考文献:同上)

 私たち日本人が「(#1)善処します/前向きに検討します」を使う時には、多くの場合「ごめんね。多分できないと思う」という意味を含めることが多いですが、このニュアンスをくみ取って翻訳するのは至難の技でしょう(ちなみに、Google翻訳も"I will do my best."と訳しました)。

 「(#2)ハリネズミ」については、私たちに日本人は「ハリネズミのジレンマ」の話などでよく知っています。しかし、米国には「ハリネズミ」が生息しておらず、翻訳者が「賢いネズミ」と訳してしまい、さらに「ずる賢いネズミ」と曲解されて、外交問題に発展してしまったそうです*)

*)「わが国の防衛については、『ずる賢いネズミ』の姿勢で貫きます」と言われれば、そりゃ、米国民も怒るでしょう。

 「(#3)不沈空母」については、首相の発言を「忖度(そんたく)」した通訳者が"unsinkable aircraft carrier"と訳してしまったのが原因だったという話があります。

 「(#4)運命共同体」については、『主権の異なる2つの国家が、その運命を共同する』の意味が、米国民には「?(理解不能)*)」だったという話です。

*)「異なる国が運命を共にする? そんな話、ありえなくね?」という感じです。

 「(#5)公平」は、日本の市場の閉鎖性に対する米国産業界の不満に対する外交問題の時に登場しました。「公平(Fair)」に関する両国間の考え方の違いが、もろに衝突した典型例です。

 総じて、「翻訳」や「翻訳に関わる人々」の仕事の内容に問題はなく、また、それぞれの国民の考え方の違いを責めることもできず、そして、1人の人間が2つの国に同時に居住し、それらの国の歴史や文化、宗教、その他を理解することができない以上、「翻訳」は、運命的に「トラブルメーカー」になり得る危険性を常にはらんでいるのです

シュタインズゲートの、あの名せりふを翻訳させてみた

(第3の理由)

 冒頭でご紹介した、スマホのアプリ「Microsoft 翻訳」で、Steins;Gate 第23話「境界面上のシュタインズゲート」の、あの名せりふ「最初のお前を騙せ(だませ)。世界を騙せ」の部分の日英と英日の翻訳を試みた結果が、こちらです。

 この惨憺たる結果について、私は「『Microsoft 翻訳』に罪はない」と弁護させて頂きたいと思います。むしろ、もし、このせりふを翻訳できたら、私はビックリしていたはずです。

 これを翻訳するためには、「Microsoft 翻訳」は、最低でもSteins;Gateを第1話から視聴する必要があったでしょう*)

*)もちろん、視聴したところで、現在の自動翻訳技術では、それを翻訳結果に反映させることはできません。

 人間とスマホアプリの決定的に違うところは、人間の翻訳者は、それでも正しい翻訳を目指して、常に最善の努力を試みますが、その一方、スマホは翻訳や通訳の途中で『それ、どういう意味ですか?』と、発言者に聞き返しません。

 現在の自動翻訳技術には、まだ「誤訳内容に関する『違和感』」を"感じる"機能がないからです。

 以上の理由より、私は、『AIによって翻訳/通訳の仕事がなくなる』という未来は、考えなくて良いと思っています。

 そもそも翻訳とは、翻訳以外の膨大な情報(しかも、暗黙知に相当する類の情報)の事前のインプットが必要となり、(特に通訳においては)状況や空気に応じたリアルタイムな対応が必要とされます。少なくとも、これらの技術課題は、現在の第3次AIブームの間で解決できるほど簡単なものではない、と、私は考えています。

Copyright© 2017 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSフィード

All material on this site Copyright © 2005 - 2017 ITmedia Inc. All rights reserved.
This site contains articles under license from UBM Electronics, a division of United Business Media LLC.