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» 2018年07月04日 11時30分 公開

Over the AI ―― AIの向こう側に(23) 最終回:中堅研究員はAIの向こう側に何を見つけたのか (4/10)

[江端智一,EE Times Japan]

「そういうAIは、どこにあるんですか」に対する答えが出ました

 こんにちは、江端智一です。今回は、2年近くにわたり続けてきた、この連載「Over the AI ―― AIの向こう側に」の最終回です。

 当初、1年連載の予定だったのですが、これが2年間も続いた理由は、「EE Times Japan編集部が、私を止めなかったから」―― というのもあるのですが、私が、本連載の第1回に打ち上げたテーゼ、

「これでもう、コンピュータは人間と同じような知能を持ったもの同然だ」

と言い続ける人たちに対する、私の素朴な疑問


――で、そういうAIは、今、一体どこにあるんですか?


に対する、私の捜索作業が「完了した」からです。

 2年間、23回の連載で、「そういうAIはどこにもなかった」と、ここに断言します。結局、「ナンシー」はどこにもいなかったのです。

本連載を通して活躍してくれた、理想のAI技術「ナンシー」

 今回の連載で、最新AI技術の“ものすごさ”を実感できたのは、事実です。

 個人的には、

  • 全てを数学(確率)だけで、音声を認識して、さらに応答もすることができるという技術(連載第14回,同16回
  • 報酬を与えるだけで、宇宙空間ですら小さいと判定される広大な解空間の中から、最適解を求める技術(連載第20回
  • 人間心理の裏の裏をかき、何手先までも読み取り勝ちに拘る技術(連載第8回

などが挙げられます。

 そして、高校数学が教えているのもの(確率、統計)が、最強のAI技術であり、または、全てのAI技術基本プラットフォームであったなど、目からウロコの発見もありました。

 ただ、ここまで分かっても、なお、

(A)「人工知能」という名前にふさわしい「人間の代わりになる程度の知能を有するモノ」は、どこの誰も開示しておらず

(B)そのモノが将来に発生する可能性について、筋の通った説明をしている人間もおらず*1)

(C)そして、この23回の連載での検討を通じて、そのようなモノが将来出現する可能性は絶無であると断言できる*2)

という結論に至りました。

*1)シンギュラリティ論は、それを語る人間が、その人の死後あたりの年代に設定されている、あるいは、厚顔甚だしくも、過去に自分の言ったことに責任を持たない(あるいは他の要因に責任転嫁する)人間によってなされているケースがほとんどです(関連記事:「弱いままの人工知能 〜 “強いAI”を生み出すには「死の恐怖」が必要だ」)。

*2)少なくとも、現在のコンピュータアーキテクチャを前提とする限り、無理と判断しました。私は、クローン技術を援用した方が、よっぽどてっとり早いと思っています(次回の番外編にて、論じます)。

 「Over the AI ―― AIの向こう側に」には、何があるのか ――。

 AIの向こう側にあるものは、AIのこっち側にあるものと、ほぼ同じもので、今よりも優れたソフトウェア、ハードウェア技術です。しかし、少なくとも、それは「ナンシー」ではありません

 これまでも、「ナンシー」とまでは呼べないものの、「ナンシー」に近いものはありました。それは、人工知能のナンシーよりも、はるかに強力で破壊的なものであったハズです。

 例を上げてみますと「自動炊飯器」「自動食器洗浄器」「HDDレコーダー」「スマートフォン(スマホ)」そして、ここ30年くらいの間での、最強最悪の破壊者は「PC」でした。

 PCが、どのように既存の社会構造を破壊し尽くしてきたのかについては、「外交する人工知能 〜 理想的な国境を、超空間の中に作る)に詳細に記載しています。

 私は、『これまでPCがやってきた世界の破壊に比べれば、「AIに仕事を奪われる」ことの恐怖なんぞ、はっきり言ってゴミです』と述べており、私のこの信念は、今も1ミリの揺らぎがありません。

 ですが、この私のメッセージは、こういう風にも読むこともできます。

 マニュアルを1行も読まない、パソコンやスマートフォン(スマホ)に触ろうとしないで、年齢や環境に責任を転換して「私は、{パソコン|スマホ|メール}が使えない人間なのだ」と、開き直っている人。このような人は、「AIうんぬんとは関係なく、未来の社会で生きていく上で、敗北が確定している」ということです。

 多くの人は、「AI技術は、IT技術が使えない人(デジタルデバイド)を助ける」と考えているかもしれませんが、これはウソです。

 むしろ逆に、「AI技術は、IT技術を使えない人を簡単に見捨てる」が正しい。

 なぜ、そう言えるのか? なぜなら、「AI技術を開発者している側から言えば、パソコンやスマホを使えない人のためのインタフェースを開発するコストは膨大」であり、加えて、放っておいても、デジタルデバイドの人口は減っていくからです。

 私の試算では35年後には、デジタル機器を使えない人はいなくなります(寿命を全うするからです)*)

*)関連記事:「官能の人工知能 〜深層学習を最も分かりやすく説明するパラダイム

 35年後に消滅する市場のために、AI技術の中でも最も難しく、コストのかかる「ヒューマンインタフェース開発」に投資することは、AI技術を開発するサイドから見れば、非合理な選択です。

 逆に言えば、今、必死に、パソコンやスマホの新しいアプリやサービスにしがみついてさえおけば、「AIに仕事を奪われる」ことの恐怖は忘れて良いのです。新しいAI技術は、そういう新しいアプリやサービスと一緒に登場してくるからです*)

*)SFや映画などでは、『国家に秘匿されたAI技術』というものも見られますが、基本的にAI技術は、世界に公開されて改良され続けられ、多くの人のデータがないと発展できないものですので、そういうAI技術については、おびえる必要はないでしょう。

 これが、「Over the AI ―― AIの向こう側に」の最終結論となります。

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