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» 2018年08月21日 09時00分 公開

エラー耐性演算に成功:室温汎用量子コンピュータ実現に前進、横国大が新手法

横浜国立大学の小坂英男教授が率いる研究グループは2018年8月13日、室温の完全無磁場環境において操作エラーや環境ノイズに耐性を持ち、多量子操作ができる万能な量子ゲート操作に成功したと発表した。

[松本貴志,EE Times Japan]

 横浜国立大学の小坂英男教授が率いる研究グループは2018年8月13日、室温の完全無磁場環境において操作エラーや環境ノイズに耐性を持ち、多量子操作ができる万能な量子ゲート操作に成功したと発表した。

 同大学によると、今回の成果は「世界で初めて」であり、室温で動作する汎用量子コンピュータや量子暗号通信などの実現へ貢献するとしている。

スピン量子ビットに偏光マイクロ波を印可し、量子ビットを操作

 汎用動作が可能な量子ゲート方式を採る量子コンピュータに期待が高まっているが、同方式の量子コンピュータでは操作エラーや環境ノイズに対するエラー耐性が課題として挙げられている。また、量子ビットの1候補として用いられる超伝導体はミリケルビン単位の極低温環境が必要であるため、室温で動作可能な量子コンピュータの実現を望む声も多い。

 そこで、エラー耐性を獲得するための量子ゲート操作手法や、量子ビットの候補となる量子系の探索などが活発に研究が続けられている。量子ビットの有力候補として、ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NV中心)に存在する電子スピンと窒素核スピンに注目が集まるが、このスピン量子ビットは操作の正確さや保存時間の長さ、高密度集積性に利点があるとされている。

 これまでの研究で、スピン量子ビットに対してマイクロ波やレーザーを用いた量子操作法が考案され、量子情報を10秒以上保存できることが実証された。しかし、これらの量子操作法には原理上避けることができない操作エラーが含まれており、量子ビットに対する操作精度の向上に限界があったという。

スピン量子ビットに偏光マイクロ波を印可し、量子操作に成功

 本研究では磁場を完全に排除し、エネルギー差のない上向きと下向きのスピンを量子ビットとして用いた。エネルギー差がないため量子操作は困難になるが、操作エラーや環境ノイズに対する耐性が得られるという。

サンプル表面の構造および偏光マイクロ波の概要(クリックで拡大) 出典:横浜国立大学

 同グループは、NV中心にあるエネルギー差のないスピン量子ビットに、2本の直交したワイヤーで構成されたアンテナから強度や位相を調整した偏光マイクロ波を印加して幾何学的に量子操作することを提案。この操作手法によって量子ゲート操作に成功した。同手法は「幾何学量子ビット」と名付けられ、課題であった操作エラーを排除することができ、精度限界を実質上なくしたとする。

ダイヤモンド中のNV中心と偏光マイクロ波による幾何学量子ビット制御の概略図(クリックで拡大) 出典:横浜国立大学

 NV中心の電子スピンと核スピンは、完全な無磁場下においてエネルギー差のない上向きと下向きのスピンの準位と、これらより低いエネルギーを持つ補助準位で構成されるV型の準位構造を取る。幾何学量子ビットの状態は偏光の状態と1対1で対応するため、偏光マイクロ波を印加すると、その偏光に対応する量子状態(明状態)と補助準位との間で遷移が生じる。

 この遷移を1往復させると、経路によって決まる位相(幾何学位相)が明状態に付与され、この性質を利用することで量子ビット空間で任意の回転軸かつ任意の角度で量子状態の回転操作ができることを示した。

 このような幾何位相を利用した量子操作を幾何学的量子操作(ホロノミック量子操作)と呼び、操作が間接的であるために通常の量子ビット空間を直接操作する動的量子操作よりも操作エラーに対して耐性があるとする。

ダイヤモンド中のNV中心と偏光マイクロ波による幾何学量子ビット制御の概略図(クリックで拡大) 出典:横浜国立大学
上段:マイクロ波偏光と幾何学量子ビット空間での回転の対応関係
下段:幾何学量子ビットのエネルギー準位

 ホロノミック量子操作は可視光を用いることも可能だとするが、本研究では電子スピンと核スピンのどちらも操作できるマイクロ波を用いてホロノミック量子操作を実装した。マイクロ波はスピンに対して直接作用を及ぼすため、全ての操作は基底状態内で完結する。室温でも安定なNV中心スピンの特性を最大限に生かすことができ、エネルギーの小さい電子スピン―核スピン間の相互作用を生かした量子もつれ操作も可能となった。

量子情報処理において必要な全ゲート操作を実現

 本手法を量子トモグラフィー法によって評価した結果、電子スピンと核スピンに対して高精度に量子ゲート操作できたことが分かった。さらに、電子スピン―核スピン間の量子もつれを操作する2量子ゲート操作を含め、量子情報処理において必要とされる全てのゲート操作が実現できることを確認した。また、操作精度の限界が実質上なくなることをシミュレーションによって証明した。

 同グループは今後、この技術をさらに高精度化し量子テレポーテーション転写や量子もつれ測定などの発展的な量子情報技術の実証、量子暗号通信や量子中継などの応用を進める予定だ。これにより、「超高感度なベクトル電磁場温度センシング、量子計測、量子シミュレーション、光―マイクロ波トランスデューサー、IoT(モノのインターネット)セキュリティデバイス」(同大学)などの開発が期待できるとする。

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