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» 2018年10月19日 11時30分 公開

世界を「数字」で回してみよう(52) 働き方改革(11):介護サービス市場を正しく理解するための“悪魔の計算” (7/8)

[江端智一,EE Times Japan]

介護に「幸せ」な道はない

 「介護」というのは、「業務」として実施するのと、「(助けあう)家族」として行うのでは、天と地ほどの差がある ―― と思っています。

 「自分の親の介護」では心理的負担が大きいです。例えば、自分の父親や母親の汚物を見ながらおむつを取り替える、という作業一つをとっても、介護される親、介護する子ども、双方の心を抉(えぐ)っていくものだと思うのです(これが「赤の他人の介護」であれば、心理的負担は、かなり軽減される気がします)。

 親の訳の分からない言動、妄言、身内だけに向う不満や不平に耐えながら行う介護の労力は、仮に、それと同じパワーを仕事に向けられたら、確実な昇給と昇進を約束されると確信できるほどに、高い処理能力と高効率が要求されます。

 身内の介護は ―― どんなに苦労しても ―― 誰からも褒められないし、出世もしないし、収入も上がらない(そして、GDPにも貢献しない)。

 加えて、身内の介護には、「逃げる」という選択肢が最初から閉ざされています。逃げたら親が死にます ―― これは「身内を人質に取られている」ようなものです(変な言い方ですが)。

 それでも、いつかは、そういう日々にも慣れる人もいるかもしれませんが、そこにあるのは、その家族が作ってきた、かつての家庭の形(あるいは思い出)を跡形なく破壊された残骸です(もちろん、そう考えない人もいると思いますが)。

 これは、「地獄」と呼べる類(たぐい)のものではないかと、私には思えるのです。


 ちょっと調べてみたのですが、Amazonで「介護」と名のつく書籍は、1万冊以上(具体的な数字は出ませんでした)が、「楽しい介護」は2冊、「ラクな介護」は9冊しかヒットしませんでした。

 Googleでは、「介護」で2億9千万件中、「楽しい介護」は16,100 件(0.0056%)、「ラクな介護」は、36,000 件(0.01%)で、ほぼAmazonの検索結果と同じ比率であることが分かります。

 「がんばらない介護生活」「ウツにならない介護」とか、そんな題目の本ばかりです。はっきり言えば「介護」自体に「幸せ要素」は最初から1mmも入っていないのです(ただし、私が展開したように、介護サービスを生産する「装置」としての役割はありますが)。

 ――「介護」に幸せな道はない。

 私たちは、この事実の認定から始めなければなりません。

  • 「家族愛」だのなんだのと、個々の家庭の事情も知らずに、キレイごとだけを歌って帰っていくだけのシンガソングライター
  • 私の親の糞尿(ふんにょう)の片付け一つ手伝うこともなく「孝行の精神」だのと偉そうに説教して、報酬の入った封筒を握って去っていくだけの僧侶

 「一体、お前たちに何が分かる」と、私はいいたいのです。

 しかし、それでも、私たちは、どんなに苦しくても悲しくても辛くても、

―― 介護問題の最終的解決

などというものを求めてはならないのです。―― 私の"悪魔の計算"のことです(これは、上記の「介護」のところを「ユダヤ人」と置き換えれば、すぐに分かることです)。

 この問題は、リボリューション(改革)でなく、エボリューション(展開)で、ミリ単位で地道にやっていくしかないのです ―― これまで、私たちの先人たちが、法律や制度、そして、技術で、少しずつ、状況を変えてきたように、です。

 そして、「働き方改革」は、私たち国民全員に「介護サービス市場の一端を担え」と要求しています。

 これが最善の施策なのかどうかは分かりません。しかし、私たちは、未来に向けた壮大な社会実験の被験者になることを期待されているのです。

 ここは、生まれてきた時代が悪かったと思って、諦めるしかないでしょう。

 まあ、「地獄」であっても、「国家によって戦場に投入される」時代に生まれてきたことに比べれば、はるかにマシですから。

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