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Ptを用いない燃料電池用触媒、性能向上が進むエネルギー技術 燃料電池

水素を燃料として用いる固体高分子形燃料電池(PEFC)は、据え置き型の家庭用燃料電池「エネファーム」や、携帯型機器の充電器などに利用されている。PEFCのコストを下げ、大規模な普及を目指すには貴金属触媒の改良が必要だ。貴金属を使わない触媒の研究成果を紹介する。

» 2009年05月26日 11時00分 公開
[畑陽一郎,EE Times Japan]

 H2(水素)を燃料とする固体高分子形燃料電池(PEFC)は、低い温度で動作し、小型化しやすいため、携帯型機器や車載用電源として用途が広がっている。

 しかしながら、100℃以下の低温で動作させるために、燃料となる水素と酸化剤となるO2(酸素)の反応速度を高めるために、活性化エネルギを下げる何らかの触媒が不可欠である。現在は、燃料極側にPt(白金)とRu(ルテニウム)、空気極側にPtを用いている(図1)。

 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の試算によると、1台のPEFCに必要なPtの量は小型車(出力80kW)の場合が32g、中型車では60gだという。Ptの年間生産量は180tで、単純計算でも中型車300万台分をまかなえるにすぎない。さらに、Ptは貴金属であり、1gの価格は約4000円と高価である。

ALT 図1 固体高分子形燃料電池(PEFC)の反応 固体高分子膜はH+を通し、eを通過させないため、外部回路に起電力が発生する。開発の焦点となっているのは、空気極側のPtを置き換える触媒である。

 Ptは現在最も触媒性能が高いため、PEFC1台当たりに必要なPtの量を減らすための開発が主流となっている。例えば、少量でも触媒としての性能を維持するため、表面積を増やす工夫である。

 一方、Ptを使わない触媒の研究も進んできた。特にPt使用量が多い、空気極に向けた触媒開発が試みられている*1)。有望なのは、C(炭素)に金属材料を加えた触媒である。CはPtの固定(担持)や電流経路としてこれまでも使われていた。

*1)空気極側は強い酸化性の雰囲気下にあるため、貴金属であるとはいえ、徐々にPtが溶け出してしまう。燃料極側は還元性の雰囲気下にあるため、Ptは溶出しない。

 東京農工大学では、Ptと比べて、約15%の性能を示す空気極向けの触媒を開発した。「水素結合で緩やかに結び付くグラファイトの二次元構造の間に、Co(コバルト)とW(タングステン)を侵入させた。侵入したCoとWを高温下に置き、グラファイト分子の端面に移動させることで触媒作用を発揮する。WとN(窒素)を加えたことで失活しにくく、性能も高まった」(東京農工大学大学院共生科学技術研究院生物システム応用科学府で教授を務める永井正敏氏)。これまでのCo錯体触媒では性能が高いものの失活しやすかったという。開発した触媒ではCoとWの比率は1:1であり、Coの重量比は1.5%、Nの重量比は6%である。

 横浜国立大学大学院工学研究院で教授を務める太田健一郎氏は、Ta(タンタル)を用いた空気極向けの触媒を開発した。TaC0.58N0.42を部分酸化したタンタルオキシナイトライドを利用することで、触媒としての特性が高まるという。これにカーボンブラックを混合することで触媒とした。開放電圧が0.91V、最大出力電流が1000mA/cm2と高い他、出力密度が240mW/cm2に達するという。

 金属材料を一切含まない触媒の開発も進んでいる。樹脂材料にB(ホウ素)とNを含む物質を添加し、蒸し焼きにすることで製造する空気極向けの「カーボンアロイ触媒」である*2)。「もともとはCだけからなるナノシェル触媒を研究していたが、Nを含むフタロシアニン系材料を添加すると特性が改良されることを発見したため、BとNを加えた触媒を開発した」(群馬大学大学院工学研究科で教授を務める尾崎純一氏)。同教授は日清紡ホールディングスと共同で性能を高め、開放電圧0.98V、200mA/cm2出力時の電圧0.67V、出力密度525mW/cm2を達成した。溶出を起こさないため、燃料電池自体の寿命延長にも役立つという。

*2)触媒製造時に金属錯体を用いるが、製造後にHCl(塩酸)を用いて除去しており、検出限界である0.1%以上の金属は含んでいない。

 「ナノシェル触媒もカーボンアロイ触媒も、球面状に結合した炭素原子の層が、タマネギのように重なっている。表面が滑らかな場合は触媒としての活性に乏しく、表面の炭素面がパッチワーク状になった場合に活性が生じる。B、N、Cが並んだ部分が活性点になっている可能性がある」とした。ただし、触媒作用が生じる理由やCが酸化されない理由は今後の研究課題として残っているという。

【EE Times Japan 2009年5月号「Building Blocks」、p.18 掲載記事】

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