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レーザー光を一瞬当てるだけで状態が変わる、光ディスクへの応用に期待メモリ/ストレージ技術

東京大学大学院の教授である大越慎一氏は、二酸化チタンから、光ディスクの記録層に使える新材料を発見した。二酸化チタンは顔料や触媒に使われるごくありふれた物質で、安価に入手できる。

» 2010年07月30日 00時00分 公開
[笹田仁,EE Times Japan]

 ハイビジョン放送の番組が増え、フルHDで撮影できるビデオカメラが普及している。そして、3D動画に対応したテレビ受像機が各社から登場し、「The 2010 FIFA World Cup」(2010年6月11日〜7月11日、南アフリカ共和国で開催)が3Dで放送されるなど、3D動画の番組は増えつつある。

 動画の高精細化や3D化が進むと、録画メディアの記録容量が問題になってくる。高画質の放送を長時間記録し、保存したいというニーズに応えるには、光ディスクの大容量化が必要だ。

 現在、家庭向けに普及している光ディスクであるBlu-ray Diskの記録容量は50Gバイト。この大容量化も進んでいる。2010年7月には、シャープがBlu-ray Diskの上位規格である「BDXL」に準拠したレコーダーと記録ディスクを発売した。BDXLディスクの記録容量は100Gバイトまで大きくなる。しかし、記録層の材料となるGeSbTe(ゲルマニウムアンチモンテルル)は希少金属を含んでおり、低価格化が難しい。

3価のTiに注目

 東京大学大学院理学系研究科化学専攻の教授である大越慎一氏は、TiO2(二酸化チタン)から、光ディスクの記録層に使える新材料を発見した。TiO2は顔料や触媒に使われるごくありふれた物質で、安価に入手できる。大越氏によると、GeSbTeに比べると、TiO2は1/100の価格で手に入るという。

 Ti(チタン)酸化物の中でもTiが3価のものは、温度によって物質の相(結晶の構造)が変わることがこれまでの研究で明らかになっていた。物質の相が変わると、例えば金属のような導体から、絶縁体へと物質の性質が変わる。

 大越氏は3価のTi酸化物の中でもTi3O5(五酸化三チタン)に注目した。Ti3O5は室温では半導体的性質を見せるβ相という状態で安定しているが、187℃まで熱するとα相に変わり、導電体のように禁止帯がなくなる。

 熱することで相が変わるなら、物質をナノ粒子化すれば、相転移に必要なエネルギなども変わるはずだと大越氏は考え、TiO2を材料に直径10nm程度のTi3O5の粒子を作った。TiO2はTiが4価なので、H2(水素)と反応させて、Ti3O5のナノ粒子を作った。すると、粒子は白色から黒色に変わり、室温でも導電体のように電気を通すようになっていることが分かった。

図1 図1 原料のTiO2(二酸化チタン)と、λ相のTi3O5(五酸化三チタン) 左からTiO2のナノ粒子、λ相のTi3O5、溶液に溶かしてプラスチック板の上にλ相のTi3O5の薄膜を作ったもの。手前が溶液に溶かしたTi3O5。

 さらに、この物質は波長が532nmの緑色レーザーを当てるだけで瞬時に茶色のβ相に変化することが分かった。その上、β層に変わったナノ粒子に波長410nmの青色レーザーを当てると、瞬時に元の状態に戻った。大越氏は黒色のTi3O5をλ相(図1)と呼ぶことにした。光で相が変化する金属酸化物は世界初の発見だ。

 λ相のTi3O5を構成する3つのTi原子はそれぞれ3.3価、3.3価、3.6価と、電荷が平均的に分布している。一方、β相のTi3O5は電荷が3.0価、3.8価、3.3価と偏っている。このように電荷が偏ると半導体的な性質を見せるという。

記録密度はBlu-rayの300倍

 λ相のTi3O5は、光を当てるだけでβ相に変化し、再び光を当てることでλ相に戻る。光ディスクの記録層の材料に十分応用可能な性質を持っている。さらに、粒子の直径が約10nmとごく小さい。大越氏によると、粒子1つで1ビットを表現すると仮定した場合、現時点ではBlu-ray Diskのおよそ300倍の記録密度を達成できる見込みが立っているという。

 さらに、λ相のTi3O5の材料はごく安価なTiO2であり、H2を少し流した水素還元炉でTiO2を焼成するだけでλ相ができてしまう。記録密度の面でも、材料のコストの面でも、既存のBlu-ray Diskを超える可能性を秘めているといえるだろう。

 性能の面でもBlu-ray Diskを上回っている。相を変化させるには、レーザー光を10ps(ピコ秒)程度当てれば良いという。既存の光ディスクはレーザー光で記録層を熱して、急冷させてアモルファス相を作るか、ゆっくり冷やして結晶層を作ることで、データを表現するので、記録にはどうしても時間がかかる。

 相が変わると表面の反射率も変わるので、レーザー光で記録を読み取ることも可能だという。大越氏はλ相のTi3O5を発見し、最初に光ディスクへの応用を思いついたというが、他にも矩形の板に塗って、メモリカードのようにして使うこともできるのではないかと考えている。

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