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解決の鍵は思わぬところに、室温でのTHz基本波発振を初めて実現プロセス技術 THz帯デバイス(2/2 ページ)

» 2010年09月08日 00時00分 公開
[前川慎光,EE Times Japan]
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負性抵抗特性をTHz帯で発現

 開発したTHz帯発生デバイスは、共鳴トンネルダイオードに、スロットアンテナを組み合わせたものである。スロットアンテナは、THz帯で共振する構造になっており、THz帯の電磁波を空間に放射させる役割を担う。

 重要な技術進展は、前述の通り、共鳴トンネルダイオードの特性改善である。共鳴トンネルダイオードとは、素子構造に量子井戸を形成した特殊なダイオードのこと。量子井戸構造を精密に設計することで、特定の電圧−電流領域に「負性抵抗領域」が生まれる。通常、抵抗は正の値なので、電圧を高めると電流も増える(I=V/R)。これに対して負性抵抗領域では、電圧を高めると電流が減る(電圧を下げると、電流が増える)。すなわち、増幅効果が生まれたことを意味する。スロットアンテナでの減衰よりも、共鳴トンネルダイオードの増幅度が大きいとき、スロットアンテナが発振し、THz帯の電磁波が空間に放射する。

 このような共鳴トンネルダイオードの特徴的な現象そのものは古くから知られており、活発に現象解明の研究開発が進んできた。今回、負性抵抗領域がTHz帯で発現する共鳴トンネルダイオードを開発したことが新しい。

新構造を発見

 負性抵抗領域をTHz帯で発現させるためにいくつかの改善を盛り込んだが、最も大きな貢献は、共鳴トンネルダイオードにおけるキャリア(電子)の走行時間を短縮したことである。

 共鳴トンネルダイオードのエミッタから注入した電子は、コレクタから抜けていく。このときの走行時間は、量子井戸での共鳴トンネル時間と、量子井戸を電子が通過した後にコレクタに到達する時間で決まる。負性抵抗領域をTHz帯で発現させるには走行時間を十分に短くしなければならないものの、なかなか短縮できなかった。「理論に基づいた予想では走行時間は十分に短くできているはずなのに、なぜか実際の結果は予想を大きく上回っていた。2年〜3年掛けて、原因を解明する作業に取り組んだ」(浅田氏)。

 原因は、電子が量子井戸を通過した後に、コレクタに到達するまでの領域にあった。この部分での走行時間は、一般には材料によって決まる。詳しく調べつくされているはずの現象だった。ところが、共鳴トンネルダイオードをTHz帯で動かそうとすると、想定外の現象が悪影響を及ぼしていたのである。「電子に強電界が加わり、バンド間散乱*3)が発生したようだ。この散乱によって、電子の移動度が低下し、走行時間が増加していた」(同氏)。

*3. ΓバレーからLバレーへの散乱である。Lバレーでの電子質量は、Γバレーのときより大きいため、電子移動度は低下する。

 強い電界が電子に加わらないようにさまざまなアイデアを考案し、3種類を実際に試作した。そのうち、エミッタ側のエネルギバンドを段階的に変化させる「グレーディッドエミッタ構造」を採用することで、共鳴トンネルダイオードの負性抵抗領域を、THz帯で発現させることに成功した。「この新構造によって、特性はそのままに、エミッタコレクタ間電圧を下げられた。その結果、電子に加わる電界が下がり、バンド間散乱の発生を抑制できたようだ」(同氏)と説明した。

 今後は、出力電力を高める取り組みを進める。共鳴トンネルダイオードとスロットアンテナの組み合わせを複数結合させてアレイ化したり、スロットアンテナの構造を改良するといった工夫で出力を高める方針である。

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