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「無線LAN普及の父でもあった」、Steve Jobs氏の隠れた功績ビジネスニュース オピニオン

コミュニケーションのあり方を大きく変えたSteve Jobs氏。彼はまた、当時は誰も見向きもしなかった無線LANに目を付け、その普及に多大なる貢献をした人物でもある。

» 2011年10月17日 13時11分 公開
[Cees Links,GreenPeak]

 Steve Jobs氏が2011年10月5日に亡くなって以来、多くの人々が彼の構想やリーダーシップを賞賛している。Jobs氏は、PCやパーソナルメディアの利用の仕方やコミュニケーションのあり方を大きく変えた。そして誰もが、彼の生み出した「iBook」や「iPhone」、「iPod」、「iPad」などの製品を知っている。

 一方で、Jobs氏が無線LAN(Wi-Fi)の普及に多大な貢献をしたことは、意外にもあまり知られてはいない。

 彼がいなければ、私たちは今もまだノートPCにイーサネットのプラグを差し込んでいたかもしれない。彼の意欲と構想が、無線インターネットを形作った。では、それはどのようにして生まれたのだろうか。

 話は、1996年にJobs氏がAppleに復帰し、デスクトップPC市場だけでなく、ノートPC市場にも参入すると決断したところから始まる。この決定を受け、1999年にiBookが誕生することとなる。

 だが、Steve Jobs氏のSteve Jobs氏たるゆえんは、競合他社品との差異化を図るべく、常に独自性を探求する点である。私は、彼を補佐する人物の1人から連絡を受け、Appleの本社がある米カリフォルニア州クパチーノ(Cupertino)に赴き、無線LANについて説明するよう依頼された。

 当時、私はLucent Technologiesで無線LAN部門のジェネラルマネジャーを務めていた。私たちはオランダを拠点として、無線LANカード「WaveLAN」の開発と販売を行っており、販売台数は多くはないものの、まずまずの成功を収めていた。WaveLANは、小売店のPOSシステムや病院、学校などニッチな市場を対象とする製品で、当時としては非常に珍しい、セパレートタイプのアドオンカードだった。

 当然ながら、私たちは同製品の普及に尽力し、ノートPCへの搭載を目指してDellや東芝などと交渉を続けていた。だが、コストが高すぎることや用途が限定されていることなどの理由から、交渉は難航した。当時はまだ今のように“モバイル機器で世界とつながる”という発想はなく、私たちは「イーサネットポートが搭載されているのに、なぜ無線接続が必要なのか」という疑問を何度も投げかけられた。

 LucentのWaveLAN開発チームは、1991年に初めて同製品を投入して以来、WaveLANを搭載すれば無線接続がいとも簡単に実現できるという点を売り込み、PCメーカーとの提携に向けて努力を重ねていた。だが、興味を示すメーカーはなく、WaveLANがヒットする見込みはまるでなかった。「いつでもどこでもネット接続」の実現は、夢のまた夢だったのである。

 しかし、Appleからの1本の電話で状況が一変する。

 依頼を受けてからわずか2週間の準備期間を経た1998年4月20日、Jobs氏に無線LANのプレゼンテーションを行った。当時の彼は、今ほどの名声は得ていなかった。

 私は万全の準備をしてプレゼンテーションに臨んだが、それでも売り込みは難しいだろうと考えていた。だが、状況はこの予想に反するものだったのである。1枚目のスライドを映し出した時、Jobs氏は彼がどういった製品を望んでいるかを説明し始めた。そして、「次のスライドに移ってください」と言った後、彼は価格などの具体的な要件について話し始めた。「無線機能にかけるコストは99米ドルにしたい」。彼はそう言い残して、席を立った。

 私は、その時部屋にいたLucentとAppleのメンバー全員の、ぼうぜんとした様子を忘れることができない。

 当時、WaveLANカードの製造コストは約130米ドルだった。ようするにJobs氏は、Appleが十分な販売利益を確保するために、WaveLANカードのコストを数十米ドル下げてほしいという課題を私たちに突きつけたのである。

 その衝撃的な会議が、AppleとLucentの提携の始まりだった。この提携は成功を収め、無線LANを内蔵したiBookと、無線LAN基地局として機能する「AirPort Base Station」の発売に至った。再設計と部品の統合に加え、コストを下げるために部品メーカーと交渉することが、カギとなる課題だった。驚くことに、Appleは約6カ月でこの目標を達成した。明確な構想と大量受注の確約、そして購買力があったからこそ、成し遂げられたのだろう。

 Steve Jobs氏の構想に加え、iBookを発売した時期もAppleに味方した。1999年という年は、インターネットの普及が加速し、“自宅で複数のPCをインターネットに接続したい”という要望が高まったころなのである。

 Appleが新しい無線LAN技術を投入してからの数週間で、私たちは、IBMやSony、Compaq、Hewlett-Packard(HP)、Dellなどから「無線LANカードを内蔵したい」という申し出を受けた。

 今日、無線LANが世界中のノートPCや多くのデバイスに標準装備されているのは、Jobs氏の功績によるものだ。

 Steve Jobs氏がいなくても、無線LANは遅かれ早かれ登場しただろう。だが、無線LANを市場に投入する方法やその時期を決定したのはJobs氏であり、Appleが一瞬にして成功を手にすることができたのは、彼の決断によるものであることは間違いない。

【翻訳:滝本麻貴、編集:EE Times Japan】

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