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“デジタルエネルギー”の衝撃 ―― 電力と情報の融合がもたらすものとはNIWeek 2012現地リポート

性能の改善とコストの低下が非常に高いスピードで進む。それがデジタル化の特徴だ。情報通信や放送、音楽、動画像など、さまざまな領域に大きな変化もたらしたデジタル化が、今まさにエネルギーの世界に押し寄せている。それは電力網から再生可能エネルギー、電気自動車に至るまで、あらゆる電力システムに波及し、不可逆な変化を引き起こす。

» 2012年08月30日 10時00分 公開
[PR/EE Times]
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 デジタル技術は、我々の社会を大きく変えてきた。情報通信、放送、音楽、動画像、書籍、貨幣、商取引……。そして今、エネルギーの分野にもデジタル化の波が押し寄せている。エネルギーのデジタル化とは何か? その背景は?我々に何をもたらすのか? 先端的な開発の取り組みは? NIWeek 2012では、技術セッション「Energy Technology Summit」に登壇した専門家たちが、“デジタルエネルギー”をめぐる最新の状況について議論した。

Michael E. Webber氏 Energy Technology Summitの基調講演に登壇したMichael E. Webber氏 The University of Texas at AustinのAssistant Professor, Mechanical Engineeringであり、Associate Director, Center for International Energy & Environmental PolicyとCo-Director, Clean Energy Incubatorを兼務する。「The Webber Energy Group」と呼ぶ独自の研究グループを立ち上げ、エネルギーや環境に関する課題について、政策立案者とエンジニア/科学者という、従来大きく隔たっていた2つの極を橋渡しする取り組みを続けている。

 そもそも“デジタルエネルギー”とはいったい何だろうか。その定義は、現時点ではまだ一意に収束しておらず、企業や研究者などによってさまざまだ。もっとも、“エネルギー”の意味合いについては、電力の形態をとるエネルギーという認識で共通している。

 例えば、Energy Technology Summitの基調講演を務めたMichael E. Webber氏の定義はこうだ。「デジタルエネルギーとは、デジタル時代のエネルギーであり、情報を内部に取り込んだ電力を指す。現在の電力には、料金の情報や、どの機器がどのくらいの電力を消費しているかといった情報は埋め込まれていない。デジタルエネルギーの世界では、電力と情報が融合し、どこの誰が、何にどのくらいの電力を使用しているか、上位システム側で即座に把握できるようになる」(同氏)。旧来の電力網に情報通信技術を融合させる次世代電力網――いわゆる「スマートグリッド」は、デジタルエネルギーの世界を実現する手段の1つといえるだろう*1)

*1)昨年のNIWeek 2011でEnergy Technology Summitの基調講演に立った東京大学 大学院工学研究科 技術経営戦略学専攻 特任教授の阿部力也氏が掲げる「デジタルグリッド」も、情報のネットワークであるインターネットやLANのアーキテクチャを、電力網に持ち込むというコンセプトに基づいており、デジタルエネルギーの1つの実現手段と捉えることができる。

Google検索1回のエネルギーで自転車が14秒走る

 Webber氏は、エネルギー技術と情報技術(コンピューティング)の相関について、次のような興味深い観測を示した。すなわちこの2つは、ある側面では「離散」に向かっているが、別の側面では「融合」に進んでいるという。どういうことだろうか?

 離散とはこうだ。「電力の生成システムは、旧来のように負荷から遠隔にある大規模な発電所で作り出すという方式から、家庭の屋根に載せた太陽発電パネルに代表されるように、小規模かつ分散化されたシステムへと移行しつつある。一方でコンピューティングは、これまではデスクトップで使う小型の分散化されたシステムが主流だったが、クラウドコンピューティングに象徴されるような、遠隔の大規模システムへと移行し始めている」(同氏)。

 そして、この半面で進む融合とは、「エネルギー技術はより多くの情報を求めており、情報技術はより多くのエネルギーを必要としている」(同氏)という点だと話す。「データセンターが消費するエネルギーは、極めて速いペースで増加し続けている。インターネットでGoogle検索を1回実行したときに消費されるエネルギーの量は、1台の自転車を14.4秒走行させる量に相当する。1カ月分の検索なら、自転車を実に5936年間も走らせ続けられるほどの量だ」(同氏)。こうした情報技術産業が消費するエネルギー量が世界の全電力消費に占める割合が年々高まっていることから、同氏は「Googleはその増分に対して責任がある」との見解を示す。

 情報技術産業も手をこまぬいているわけではない。同氏は、Hewlett Packardの研究部門であるHP Labsの取り組みを紹介した。牧場から廃棄物として出る肥料を使ってデータセンターに電力を供給するという、エネルギー循環システムだ。

牧場から出る肥料でデータセンターを動かす 牧場から出る肥料でデータセンターを動かす 牛が排泄する肥料を使って、バイオガスを作り出し、それを用いて発電する。その電力をデータセンターと牧場に供給する仕組みだ。発電機とデータセンターから出る排熱は、バイオガスの生成に活用する。こうして、閉じたエネルギーの循環システムを構築する。出典:Hewlett Packard(クリックで画像を拡大)

 このように、比較的小規模で閉じたエネルギーの循環システムを構築するなど、従来よりも低コストで電力を調達できる仕組みを整えていかなければ、エネルギー調達が足かせとなり、情報技術産業は今後の発展が望めなくなってしまう。

 一方でエネルギー産業も、スマートグリッド化を進めるには、情報技術に大きく頼る必要がある。Webber氏はテキサス州オースティン地域の電力事業者であるAustin Energyの例を挙げた。「旧来の課金方法は毎月2回の検針に基づいていたが、5000万米ドル規模の予算をかけて約3000台のスマートメータを導入するとともに、それらが15分ごとに検針するデータに基づいて課金するソフトウェアに対し、さらに5000万米ドルもの予算を投入している」(同氏)。この巨額のソフトウェア投資からは、Austin Energyが取り扱うデータの規模が極めて大きいことがうかがい知れる。デジタルエネルギーは、さまざまな意味合いにおいて、電力と情報の融合がもたらすものだと理解できよう。

デジタルエネルギーの3つの要件とは?

 “デジタル”の重要な側面を異なる切り口で紹介したのは、ナショナルインスツルメンツ(NI)のClean Energy Technology担当Principal Product Managerで、今回の技術セッションのホスト役を務めたBrian MacCleery氏である。同氏は、デジタル化の価値は一般に、「指数関数的なスピードで改善を進められるようになり、コストが時間とともに急速に低下していくこと」にあると指摘し、エネルギーの分野でもそれが当てはまると主張した。「デジタル技術を基盤とするインターネットが発達し、Web検索やソーシャメディアといったサービスが登場したことで、我々が情報を見つけ出したりニュースを受け取ったりするスピードは飛躍的に高まった。それがデジタル化のインパクトである。電力の分野でも今まさに、そのデジタル化が進行しているところだ」(同氏)。

 このようにMacCleery氏は述べ、デジタルエネルギーの具体的な要件として以下の3つを挙げた。

 第1の要件は、電力をデジタル的に変換や制御したり、伝送したり、さらには貯蔵したりできることである。これには、電圧と電流の大きさを把握し、そのデータに高速のデジタル信号処理を施して有意の情報を抽出できるような、高機能のセンサが必要だ。加えて、上位システムから電力を操れるように、デジタル制御に対応したスイッチング方式の電源回路も求められるとした。

 第2に、デジタルエネルギーを扱うシステムは、ネットワーク接続機能を備えることが不可欠だという。さらに、システムをいったん敷設した後でも、フィールドで再構成し直せる機能も必要だと述べた。ネットワーク経由で上位システムに情報を送信して改善に役立てたり、上位システムからアップデートを受信してハードウェアやソフトウェアを更新したりすることができ、デジタル技術ならではのスピードで改善を進められるというわけだ。同氏は、このような再構成を可能にするには、FPGAの活用が特に有効だと指摘している。

 第3は、このようなシステムを実機で組み上げる前の段階で、高速かつ高精度のコンピュータシミュレーションを実行できることである。電力システムの制御を担うデジタル回路および組み込みソフトウェアと、アナログ回路やパワー素子、モータなどの磁気部品といった制御対象の間の相互作用まで含めてシミュレーション可能であれば望ましい。それにより、改善のスピードをさらに高められるからだ。

パワエレ開発のV字モデルを作り上げる

 NIのMacCleery氏は、これら3つの要件を満たすデジタルエネルギーの世界では、かつて他の領域でデジタル技術がもたらしたのと同様の変革が起こるとみる。「化石燃料よりも安価な再生可能エネルギーを作り出せるようになるだろう。単に“比較的安い”というだけでなく、何年か先には“極めて安価”と呼べるような水準になるかもしれない」(同氏)。地球上に今なお十数億人と残された、電気を利用できない発展途上国の人々の暮らしが、デジタルエネルギーによって現代化されていくという希望があると述べた。

 それでは、デジタルエネルギーの基盤を担うパワーエレクトロニクスの領域において、デジタル化の進展は設計エンジニアに何をもたらすのだろうか? 「究極の形は、エネルギーの問題をソフトウェアの問題として扱えるような世界だ」と同氏は語る。極論すると、電力を効率よく変換、制御、伝送、貯蔵するためのアルゴリズムを見つけ出せば、それで設計が完成するという世界である。

 もちろん、その夢のような世界がすぐに実現されるわけではない。しかしNIでは、次のようなビジョンを掲げて歩みを進めているという。すなわち、パワーエレクトロニクスにおける「V字モデル」を作り上げるというビジョンである。

 V字モデルは、特に自動車業界で広く浸透している開発プロセスだ。V字の左側にモデリング/設計→試作という工程をとり、次の実装工程を折り返し点として、V字の右側にHIL(Hardware-in-the-Loop)テスト→システムテストという工程を置く。同氏によると、NIは現在、パワーエレクトロニクスの開発でV字の各工程それぞれに使える環境作りに取り組んでいる。しかも、同社のグラフィカル開発環境「NI LabVIEW」に同社の計測/制御用ハードウェアを組み合わせたプラットフォームを、全ての工程に一貫して適用できるような環境だ。

 では、その取り組みを具体的に見ていこう。まずモデリング/設計の工程では、新たな協調シミュレーションツールの提供を開始した。同社のSPICE回路シミュレータ「NI Multisim」と、LabVIEW上のFPGA開発環境を連携させられるツールだ。これで、Multisimでスイッチング方式の電力変換回路をモデリングし、FPGAに実装するその制御ロジックをLabVIEWでモデリングして、両者を組み合わせた挙動をコンピュータ上で検証できる。

NIがビジョンを掲げるパワーエレクトロニクスのV字モデル NIがビジョンを掲げるパワーエレクトロニクスのV字モデル モデリング/設計工程(図中、V時の左上にある「Design」の工程)からスタートし、試作(Prototype)に進み、実装(Deploy)で折り返し、HILテスト(HIL Testing)を経てシステムテスト(Test Cells)に至る、V字型の開発プロセスである。出典:ナショナルインスツルメンツ(クリックで画像を拡大)

 続く試作の工程に向けては、The MathWorksが供給する電力システムシミュレータ「SimPowerSystems」のモデルを、NIの計測/制御用ハードウェア「NI CompactRIO」の内蔵プロセッサ上で動作させられるようにした。例えば、単一チャネルのPID制御アルゴリズムであれば、40kHz程度のループ速度で実行できるという。

 そして実装の工程への対応では、最終製品に組み込んでそのまま量産化できるような独自の汎用インバータ制御モジュール「General Purpose Inverter Controller(GPIC)」を投入する。同社が従来から量産品への組み込み向けに供給してきたボード型の計測/制御用コントローラ「NI シングルボードRIO」に接続して使うメザニンカードで、スイッチング方式のAC-DCコンバータやDC-ACインバータの制御に適した入出力を備えた品種だ。FPGAを搭載しており、V字モデルの上流工程でLabVIEWを使って開発した制御ロジックをそのFPGAに実装できる。FPGAの開発で一般に求められるハードウェア記述言語(HDL)の知識は不要だ。従って、FPGAに不慣れなパワーエレクトロニクスの設計エンジニアでも使いこなせるという。

組み込み向けの汎用インバータ制御モジュール「GPIC」 組み込み向けの汎用インバータ制御モジュール「GPIC」 寸法は、このように組み合わせた状態で縦横が約120×180mm、高さが約40mm。出典:ナショナルインスツルメンツ(クリックで画像を拡大)

 次はV字モデルの折り返し点を過ぎ、HILテストの工程に入る。ここでは、NIが提供する計測/制御ハードウェアの中でも、特にハイエンドのFPGAを内蔵したモデル「NI FlexRIO」を活用する。そのハイエンドFPGA上でハードウェア処理を実行することで、JSOLの電磁界解析ツール「JMAG」で作成した有限要素法のモデルをMHz(メガヘルツ)オーダーの速度で稼働させることが可能だ。すなわち、極めて精度の高いリアルタイムのHILテストを実現できる。

 最後に残るシステムテストの工程は難関だ。メガワット級の電力網のようなシステムや、そこにつながる大型蓄電池であれ、100kWオーダーの電気自動車用バッテリシステムであれ、汎用のオシロスコープやデジタルマルチメータを気軽に接続して計測するというわけにはいかない。そこでNIは、バッテリ向けテストシステムなどを手掛けるBloomy Energy Systemsのような企業と手を組んで、大電力パワーエレクトロニクスに対応可能なテストシステムの開発を進めているという。

 このように組み上げられるパワーエレクトロニクスのV字開発環境も、それ自体がデジタル技術の進展によってもたらされたものだといえる。デジタルエネルギーに取り組む設計エンジニアであれば、デジタル技術の恩恵に浴せるこの新たな開発手法を注視しておくべきだろう。


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提供:日本ナショナルインスツルメンツ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2012年9月30日

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