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“中国=設計者”の新たな図式から見える、半導体業界の2つのキーワードEE Times記者 Junko Yoshida氏(1/2 ページ)

中国は半導体の消費地として市場規模が大きい。これはもう言い尽くされている。しかし今や中国は半導体の単なる“消費者”ではない。“設計者”としての新たな側面に注目すべきだ。その見地に立つと、「デザインレス」、「ソフトウェアエンジニア」というキーワードが浮かび上がる。日本の半導体業界が勢いを取り戻すヒントも見えてくる。

» 2012年10月25日 11時13分 公開
[村尾麻悠子,EE Times Japan]

中国を“designer(設計者)”として見る

 「シリコンバレーと中国の垣根がやっと取れた」――。米国のEE Times誌で主任国際特派員を務めるJunko Yoshida氏は、来日の機会に東京都内でEE Times Japanの取材に応じ、このように切り出した。半導体業界において最先端をいく米国のシリコンバレー。一方、中国はこれまで新興国という位置づけだった。その両極の垣根が取れたという。どういう意味だろうか。

EE TimesのJunko Yoshida氏

 Yoshida氏は続ける。「ファブレス半導体の分野では、今や世界中の国や地域が“level playing field(公平な土俵)”になっている。シリコンバレーでも中国でも、ファブレス企業がやっていることは、基本的には変わらない。例えば、ARMとライセンス契約を結んでCPUコアを調達し、Imagination TechnologiesからグラフィックスIPコアを購入してLSIを設計するといった具合だ。確かにひと昔前の中国のファブレス企業は、“お金がないからIPを買えない”という状況にあった。でも今は違う。かつて両極を隔てていた垣根が消滅し、シリコンバレーの“飛び地”が中国に出現したといえる」。

 約13億人の人口を抱える中国。半導体の消費地として市場規模が大きいことは、既に言い尽くされている。しかしYoshida氏は今、中国を半導体の単なる“consumer(消費者)”としてではなく、“designer(設計者)”としても見るべきだと指摘する。その見地からYoshida氏が注目する中国半導体業界の2つのポイントが、「デザインレス」と「ソフトウェアエンジニア」だ。

Junko Yoshida(吉田順子)氏

米国のEE Times誌で2012年4月まで編集長を務める。2012年5月からは主任国際特派員(Chief International Correspondent)として中国に滞在。半導体企業を中心に精力的な取材活動を行っている。



ファブレスから“デザインレス”へ

 Yoshida氏が注目する中国の半導体業界の新しい流れが「デザインレス」である。一般にファブレス半導体ベンダーは、自社で設計したチップの製造を半導体ファウンドリ(ファブ)に委託する。デザインレスとは、その設計(デザイン)の工程までも外部に委託し、自社では手掛けないという事業モデルである。自らは、市場ニーズに応えられるようにチップの規格や仕様を考える上流工程に注力する。

 もちろん、デザインレスが成り立つには、代わりに設計を請け負う企業が必要である。例えば、中国の上海に拠点を置くVeriSiliconがそれだ。同社は、自らを“design foundry(デザインファウンドリ)”と称しており、SoC(System on Chip)の設計を請け負う事業モデルを推進している。Yoshida氏は同社を取材した記事の中で、「デザインファウンドリの事業モデルは、SoCの設計に関わる全ての要素からチップベンダーを解放する。VeriSiliconは、コストがかかるカスタムSoC事業に対応する手段をチップベンダーに与えるといえるだろう。リスクが高い割に利益が少ないというSoC事業の本質は、ルネサス エレクトロニクスの例を見ても分かる*1)」と書いている。Yoshida氏によると、VeriSiliconのCEO(最高経営責任者)を務めるWayne Dai氏は、「デザインレスのチップベンダーは今後、必ず増えてくる」と強調していたという。

*1)ルネサス エレクトロニクスは2012年8月、SoC事業について「製品ライフサイクルが短く、ROI(投資利益率)が低いものについては、今後は新規開発を行わない」と表明した(関連記事:「退任よりも再建計画の実行が自分の責任」、いまルネサス社長が掲げる4つのプラン)。

MediaTek成功の秘策とは

 中国を半導体の設計者として見たとき、もう1つのキーワードとしてYoshida氏が挙げるのが「ソフトウェアエンジニア」である。

 同氏によれば、中国には優秀なソフトウェアエンジニアが数多く育っているという。それをうまく利用したのが、携帯電話機向けにチップセットを提供している台湾のMediaTekだ。1997年の創設以来、10年でグループ売上高を2000億円に達する規模まで成長させた実績がある。直近でも2012年第2四半期における売上高が234億台湾ドル(約637億円)で、前期比11.7%増、前年同期比で19.5%増と、成長を続けている。

 MediaTekがこれほど目覚ましい成長を遂げた要因の1つが、「ソフトウェアの開発に注力したことだ」(Yoshida氏)。同社は、スマートフォンの製造に必要なチップセット(SoC)とソフトウェアを1つのプラットフォームとしてまとめて端末メーカーに提供している。SoCを扱うには、ハードウェアであるSoC自体も確かに重要だが、それを制御するソフトウェアがさらに重要だ。ところが、台湾ではソフトウェアエンジニアが不足している。そこでMediaTekは中国本土に目を付け、優秀なソフトウェアエンジニアを片っ端から雇っていったというのである。かつて、携帯電話機用SoCの開発を手掛ける日本のある半導体ベンダーが同じように中国でソフトウェアエンジニアを雇おうとしたところ、優秀なソフトウェアエンジニアの多くはMediaTekに採用された後だったという。

 「それまでフィーチャーフォンを作っていた中国の端末メーカーは、“スマートフォンを作れ”と言われても、そんな余裕もないし、そもそも作り方が分からない……という状況だった。そんな端末メーカーに対しMediaTekは、同社のプラットフォームを採用すれば容易にAndroid端末が作れるとアピールした」(Yoshida氏)。それによってMediaTekは、スマートフォン向けプラットフォーム市場においてシェアを大幅に伸ばしたのだ(関連記事:スマホ市場でのシェア拡大を狙うMediaTek、カギは中国メーカーとの連携強化)。

 「MediaTekの成功は、中国本土をいかに使ったかにある」とYoshida氏は述べている。「QualcommやMarvell、NVIDIAなど、携帯電話機向けのチップセットを提供している半導体ベンダー各社の課題は同じだ。クアッドコアのチップを作る技術は十分持っていても、そのチップを制御するソフトウェアをどうするか、という点である」(同氏)。

 携帯電話機向けにチップセットを提供する日本の半導体ベンダーも、ソフトウェアが重要だという点はもちろん認識していただろう。しかし少なくとも数年前の時点では、中国で優秀なソフトウェアエンジニアを探して雇い、ソフトウェアをどんどん開発させるという方法は思い付かなかったのではないか――。こうYoshida氏は分析する。

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