メディア

プレゼンテーション資料はラブレターである「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論(10)(5/5 ページ)

» 2012年11月12日 09時00分 公開
[江端智一,EE Times Japan]
前のページへ 1|2|3|4|5       

(4)簡単に書く

 私たちエンジニアは、外交官でもなければ政治家でもありません。資料が世間に公開されて、嘲笑や失笑を買う心配はないのです。一番大切なのは、「正しく記載する」ことではなく、「正しく理解してもらう」ということです。難しい言い回しや、見たこともない技術専門用語を使うくらいなら、中学英語の単語だけで記述する方が絶対的に良いです。以下の2つの図を比較してみて下さい。正確さでいえば左図ですが、見やすさや理解のしやすさからすれば右図の方が圧倒的に優れています。

 「簡単」がどれくらい重要かというと、「『簡単』を妨げるくらいなら、正確な用語も、文法も時制も全部踏みにじって構わないくらい」です。

 ちょっと話はそれますが、そもそもですね、義務教育や高等教育で「完全なフレーズで英文を作成しなければならない」という、我が国のくだらない英語教育方針は、本当になんとかならないのでしょうか。「ピリオドを忘れたら減点」「三人称単数を忘れたら減点」「前置詞を間違えたら減点」――。

 「これは、何かのSMプレイか!」、とツッコミそうになります。

 そもそも、日常生活において、われわれは日本語で正確かつ完璧なフレーズを使ってコミュニケーションを行っているでしょうか。英語であっても、例えば、切符の券売機の前で、外国の人から、「ワタシ、イク、シンジュク、イクラ」と言われたら、誰だってその人の代わりに新宿行きの切符を買ってあげますよね? つまり、簡単なフレーズでも、いや、簡単なフレーズだからこそ、効果があるのです。

 繰り返しますが、「完璧なフレーズ」ではなく、「簡単なフレーズ」が重要です。

 「簡単なフレーズ」はプレゼンテーションをする側にとっても、される側にとっても、Win-Winの関係になることを覚えておいてください。

(5)プレゼンテーションのセリフを埋め込んでおく

 私が見ている限り、ほとんどの日本人のプレゼンテーションは、もう絶望的なほどひどい。見ていられないほどひどい。プレゼンテーションというのは「ラブコール」であると申し上げてきましたが、どの生物界に、手元の原稿を見ながら異性にプロポーズする生き物がいるでしょうか。私は日本人のプレゼンテーションを見る度に、「日本人のプレゼンテーションは動物以下か」、とため息が出そうになります(近年、この状況は改善されつつあるようです。が、この話は、今後掲載する予定の「――実践編(プレゼンテーション編)――」まで取っておきたいと思います)。

 なぜ、私たち日本人がこのような動物以下のプレゼンテーションをしてしまうかというと、まず十分な練習をしていない、英語の原稿を完全に暗記できていない、そしてそれらが完璧にできていたとしても、どうしても英語が不安で、手元の原稿に頼ってしまうからです。

 ならば、プレゼンテーション資料の中に、しゃべるべきセリフをあらかじめ全部書き込んでおけば良いのです。

 質問すべきところは、「質問の内容」をそのまま記載して、絶対に妥協できない金額に関しては、「絶対にこの金額の減額はできない」と書いておき、それを読み上げるだけで良いのです。

 「資料に記載されている内容と同じことをしゃべることは、なんだか格好悪い」と思っている人がいるかもしれません。しかし、われわれの通じない英語で混乱されるくらいなら、資料の内容を読んで理解してもらった方が、十分に目的を達成できるのです。われわれ「英語に愛されないエンジニア」が、あまりぜいたくなことを目指すべきではありません。


 今回は、プレゼンテーション資料について説明しました。ここまでをまとめてみたいと思います。

(1)プレゼンテーション資料とは、求愛行動における「ラブレター」と同義である
(2)ラブレターの目的は、「あなたとペアになって、私が幸せになる」ことのアピールであり、これはプレゼンテーション資料の目的と同義である
(3)上記(1)、(2)より、英語のプレゼンテーション資料を作成する際は、

(a)言語を極力使わない
(b)絵を描き倒す
(c)ページを減らす
(d)簡単に書く
(e)資料にプレゼンテーションのセリフを埋め込んでおく

ことが望ましい


 次回はプレゼンテーション資料以外の資料の作成方法について、お話したいと思います。それではみなさん、ごきげんよう。



本連載は、毎月1回公開予定です。アイティメディアIDの登録会員の皆さまは、下記のリンクから、公開時にメールでお知らせする「連載アラート」に登録できます。


Profile

江端智一(えばた ともいち) @Tomoichi_Ebata

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「江端さんのホームページ」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。



「「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論」バックナンバー
前のページへ 1|2|3|4|5       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSフィード

公式SNS

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from AspenCore LLC.