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TOEICを斬る(後編) 〜“TOPIC”のススメ〜「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論 ―番外編―(3/3 ページ)

» 2013年08月30日 00時00分 公開
[江端智一,EE Times Japan]
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TOEICの点数アップ=国際コミュニケーション能力アップなのか

 最後にちょっと真面目な話を。

 TOEICが、英語によるコミュニケーション力を「計測する手段」として有効である、ということには同意します。

 では、逆から考えてみましょう。

 TOEICのスコアを上げる勉強をすると、国際コミュニケーション能力は向上するのでしょうか。

写真はイメージです

 私は今、プライベートで「TOEICのスコアアップを目的とした講座」を受講しています。この講座の目的は、「国際コミュニケーション能力を上げること」ではありません。講座では、TOEIC受験のときの時間配分や、消去法、推測といったさまざまなテクニックを伝授してくれます。特に文法などは、精緻にルール化されていますので、エンジニアには理解しやすく、TOEICスコアに反映されると思います。

 さて、私が知りたいのは、こういう勉強(TOEICでハイスコアを取るためテクニック)が、国際コミュニケーション力の向上に役に立っているか、という点です。


 はっきり言って――役に立っていないと思う。


 TOEICのリスニングとリーディングは、コミュニケーションを「アシストする力」を測ることはできますが、コミュニケーション力をテストすることはできないと思います。

 本当に外国でコミュニケーションをしたいのであれば、この連載コラムで紹介した、狡猾、卑劣、懐柔、トラップ、どう喝、ハッタリ、泣き落とし……、その他、ありとあらゆる、えげつない方法でコミュニケーションを謀る……もとい、図る手段の方が役に立つと、私は信じています。

 しかし、私は、「TOEICが全然役に立っていない」とまでは思っていません。

 仮にTOEIC向けの勉強をすることで、長文を読む時間が半分になって、相手のしゃべっている内容を理解できる量が10%でも高まるのであれば、それは素晴らしい成果です。

 また、TOEICというテストを受ける以上、誰であれ、少なくとも勉強するでしょう。単語や例文の暗記くらいはするかと思います(テスト直前に慌てて)。これは、現状のあなたの英語力を「劣化させない」手段にはなるはずです。

 そう考えると、TOEICの存在意義とは「ハイスコアを取ること」ではなく、「受験を続けること」にあると思うのです。

 つまり、倦怠(けんたい)期の恋人同士のごとく、または離婚に踏み切れない夫婦のごとく、「英語とダラダラと付き合い続ける」ということです。

 そのように考えれば、われわれ「英語に愛されないエンジニア」のTOEICに対する取り組みは、

(1)必ず受験する
(2)戻ってきたスコアは、見ないでゴミ箱に捨てる
(3)上記(1)、(2)を、繰り返す

で、必要かつ十分なのです。

 この連載コラムにおいては、TOEICとは、

(1)日々われわれエンジニアから、嫌われ、疎まれ、憎まれながら存在し続け
(2)「受験し続けること(=負け続けること)」自体が「受験の目的」である

テスト、と位置付けたいと思います。


写真はイメージです

 最後に、エンジニアを雇用する全ての企業、特に製造業の幹部や上司の皆さんに申し上げたいと思います。

 「技術トレンドは予見できない」というのは、この業界の常識です。

 そのような暗中模索の業界の中で、企業が生き残るために必要な人材とは、「暗い未来を予見して、理屈をつけて行動しないエンジニア」ではありません。

 必要なのは、何度でも何度でも「負け続けることができるエンジニア」――よく言えば「メンタルが強いエンジニア」、悪く言えば「何も考えてないエンジニア」――であるはずです。

 エンジニアの仕事は、「負けること」の繰り返しでもあるからです*2)

*2)例えばわが国では、特許出願数に対し、特許されるのは30%、自社実施されている特許発明は3〜5%、ライセンス許諾や侵害訴訟できるのは0.3%程度という見解がある(参考文献:「弁理士ただいま仕事中」


 今回の番外編では、前編と後編の2回にわたり、TOEICと「TOPIC」について私見を述べてまいりましたが、つまるところ、私が申し上げたいのは

「何度も負け続ける私(江端)のことを、みんな、もっと大切にしよう」

ということになります。


本連載は、毎月1回公開予定です。アイティメディアIDの登録会員の皆さまは、下記のリンクから、公開時にメールでお知らせする「連載アラート」に登録できます。


Profile

江端智一(えばた ともいち) @Tomoichi_Ebata

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「江端さんのホームページ」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。



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