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» 2013年10月17日 07時00分 UPDATE

「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論(21):ラジオ語学番組に出てくる米国人にリアリティはあるのか? (4/4)

[江端智一,EE Times Japan]
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 さて、米国には、本当にNHKラジオ・テレビ番組に登場するような、理知的で、誠実で、ユーモアと決断力にあふれる米国人が、本当に実在するのでしょうか。

 結論としては、“Yes and No”となります。

 米国人は、「ビジネス用」と「プライベート用」の2つの人格を、矛盾なく併せ持つことができる人が多いようです。このことに気がついたのは、赴任後半年を経過したころ、嫁さんと私の持っている「米国人像」が一致しないことが明らかになった時です。

 私の勤めていた会社のチームで会議が開かれるときは、開始時刻になるやいなや、司会者が開会を宣言し、さらに、――恐ろしいことに――その会議を「秒」単位で終了させていました。

 トーストマスター(toastmaster:司会者、以下TMという)が、リアルタイムで議事をコントロールしていくのです。TMは持ち回りでしたが、誰もが完璧にその役割を果たしていました。

 私が勤務していた米国の会社では、TMの裁量・権限が大きく、上司や幹部の発言を、ピシャリと止めていました。突然激怒したり、持論の展開を始めたりして、時間配分も考えず会議をメチャクチャにする上司や幹部がいないというだけで、私にはパラダイスに思えたものです。

mm131015_ee21_park.jpg 画像はイメージです

 比して、嫁さんと長女(当時2歳)の「海外公園デビュー」の話に転じますと、これが全然違うものになってきます。

 「明日の午後3時に、ここでお会いしましょうね」と相手から約束してきたにもかかわらず、50分以上待たされた揚げ句、「あら、早いわね」と笑顔で言われた、という類の話(愚痴)を、何度も聞かされました。

 この他、ホームパーティーに誘われた場合、約束の時間の30分〜1時間遅れて到着しなければならないなど、面倒くさいルールがあることを教えてもらい、心底「うっとうしいなぁ」と思ったことがあります。

 「一貫して時間にルーズ」というのであれば、私たちも困らないのですが、そのユースケースごとにルールが異なるので、当初はかなり混乱しました。

「英語を使えない」ということを理解できない!?

 米国の赴任で分かったのですが、『英語を使えない』ということを理解できない米国人は多いです。

 母国語の異なる人とコミュニケーションを図ろうとするのであれば、その最も確実な方法は、「会話のスローダウン」と「簡単な単語の使用」です。そんなことは、古今東西、当たり前のことだと思いますよね。

 ところが、国外の人とコミュニケーションする機会の少ない米国人(若者、スーパーマーケットの店員、宅配業者など)は、この真逆をやってきます。親切心で「最初にしゃべった内容を、3倍以上の長さにして、3倍のスピード」でしゃべってくるのです。

 彼ら/彼女らは、「伝える情報量が少ないから、理解できないのだ」という、とんでもない誤解をしているのです。これは、外国語でコミュニケーションを試みようとした人であれば、絶対に出てこない発想です。

 ということは、彼ら/彼女らは、人生において、おそらく「一度も外国語でコミュニケーションをしたことがない」ということを、簡単に推測できるのです。

 彼ら/彼女らは、一片の悪意なく、

「英語は、全人類がしゃべれるものである」
「英語をしゃべれないのは、英語をしゃべる意思がないからである」

と信じています。

 さらに、たちが悪いことに、そのロジックは逆方向には展開せず、彼ら/彼女らに都合よく論理をクローズさせてしまいます。

「英語以外の言語は、(ものすごく)難しい」
「英語が世界共通言語であるので、外国語は不要である」

と、(陽には言わないものの)そう考えていることは、まあ間違いないと思います。

 一例を挙げてみます。

 赴任中、2歳になる娘を保育所に入れていたのですが、そこが潰れたので、別の保育所に変えた時のことです。

 毎日喜んで保育所に通っていた娘(若いイケメンのニーチャンに、べったり引っ付いていたそうです)が、その別の保育所に変えた途端、泣きわめいて嫌がるようになったので、私はその原因を調べてみました。驚いたことに、娘は、私たち夫婦が希望したクラスとは別のクラスに編入されていたのです。

 その保育所の先生は、「お宅のお子さんは、英語を完璧に理解している。従って、同じ年齢のクラス(6歳以下のクラス)に入れている」と言われて、びっくりしました。

mm131015_ee21_main.jpg

 私の娘は英語を全く理解していないので、幼児クラスに入れるようにお願いしておいたのですが、その先生は、「彼女は、英語を完璧に理解できている」と頑強に言い張り、全くその主張を引っ込めようとしませんでした。

 「この私が20年以上勉強して習得できていない言語を、その娘が理解できる訳なかろうが、このバカたれ!」と言いそうになりましたが、これも、米国人の「英語は、全人類が普通に使いこなせる言語である」という誤解に基づく信念によるものである、と考えれば、理解できます。

 結局、私は、「娘が、泣き叫んで、保育所に行くことを嫌がっている事実」を記載した英文レターを作成し、それを先生に手渡し、程なくこの問題は解決した――ようです。

 こんな感じのレターでした。

Every morning, she always hates going to the nursery, with crying “Kowai(怖い)”. “Kowai” is a Japanese word, that means …….

 「くっだらない文章を書かせやがって……」と、それでも娘のために、私はせっせと英文を作っていました。


 米国には、NHKラジオ・テレビ番組に登場するような、理知的で誠実で、ユーモアと決断力にあふれる米国人はいます。

 しかし同時に、米国には、無邪気で悪意はないが、無知で、不勉強で、うそつきで、傲慢で、外国語や外国の文化に無頓着で、狭量で、思い込みの激しい米国人も、相当数います。

 つまり、――当たり前の結論ですが――NHKラジオ・テレビ番組が、世界(特に米国)の全てではない、ということです。


 では、まとめます。

(1)「英語に愛されないエンジニア」は、原則として「不幸」である

(2)海外に長期赴任するのであれば、日本人によるセーフティネットの自力構築を怠ってはならない。これは、海外での緊急事態発生時に生き延びるためには必須である

(3)「英語に愛されないエンジニア」の能力では、「場の空気を読む」ことはできない。そこで、事後的収拾の算段をしておくことを勧める。例えば、10種類以上の「ごめんなさい」の英文フレーズを暗記しておくことは有効である

(4)米国には、NHKラジオ・テレビ番組に登場するような、理知的で、誠実で、ユーモアと決断力にあふれる米国人はいる。しかし、そうでない米国人も、測り知れない程いる


 次回は、再び番外編として、「『英語』という名称の言語は、もはや存在しない」というお話をさせて頂こうかと考えております。

 お楽しみに。


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Profile

江端智一(えばた ともいち) @Tomoichi_Ebata

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「江端さんのホームページ」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。



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