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海外出張報告の極意――最後まで「英語に愛されないエンジニア」らしくあれ「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論(最終回)(1/4 ページ)

海外出張は、会社への業務報告で幕を閉じます。しかし、「英語に愛されない」エンジニアが、一部の隙もない完璧な報告をできるとは思えません。実は、それでよいのです。英語に愛されないエンジニアは、“英語に愛されない”という、その特性を最後まで生かして、報告会を乗り切るべきなのです。最終回となる今回の実践編(報告)では、その方法をお伝えします。

» 2014年03月19日 09時00分 公開
[江端智一,EE Times Japan]

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 皆さんが今使っているPCで、いろいろなWebサイトや動画を見たり、テレビ会議を行ったりすることができるのは、これらを動かすための世界共通の決まり(プロトコル)を守っているからです。インターネット上での通信に関するこの「決まり」を作ってきたのが、「IETF」です。

 IETFとは、Internet Engineering Task Forceのことで、インターネットの標準を規定する非営利の団体です。IETFには、会員と言う概念がなく、やりたい人がどんな提案してもよいことになっています。書いて提出するだけなら、誰も止めません(例えば、こちら)。そして、その提案が受け入れられるか否かは、表向きは、このIETFミーティングの出席者の多数決で決定されることになります(「IETF惨敗記

)。

「IETF」のロゴ 出典:IETF

 そして、ここが重要なのですが、あなた(のPC)は、IETFが決定したプロトコルに従う必要はありません。そんな法律はありませんし、従わないからといって罰則があるわけでもないのです。

 ただ、IETFが決定したプロトコルは、世界中の人が「なんとなく使う」ので、あなた(のPC)もそれに「乗れ」ば、世界中のPCやサーバとつながって、電子メールやツイッター、YouTubeを楽しむことができる ―― それだけのことです。

 「世界中の人(のPC)が、IETFがなんとなく決めた通信プロトコルを使う」→「なんとなく、そのプロトコルが普通になる」→「そのうち、そのプロトコルを使わないと、インターネットの世界で仲間外れにされてしまう」

 要するに、IETFが決める通信プロトコルというのは、ひと言で言うと「英語」のようなものです。

 十数年程前、日本で通信機器を製造するメーカー各社は、このIETFの動向を血眼になって追っていました。IETFで決められる通信プロトコルで動く機器を作らないと、世界中のどの機器とも通信できないことになり、誰にも売れないモノになってしまうためです。

 タイミング的には、IETFでプロトコルが決まった直後に、製品がリリースできれば最高です。最初に、市場に製品を投入できるからです。

 ですから、海外で、一週間ぶっ続けで、10を越えるイベントホールで同時に開催されるIETFミーティングに、毎年、私たちネットワークエンジニアが送り込まれていました。そして、日本に帰国した後、社内で、全ての関連グループ会社の幹部、技術者が集まる大規模なIETF報告会が開催され、私たちエンジニアは、そこで報告を行わなければならなかったのです。

 送り込む方は「行け」と言うだけでよいですが、送り込まれる私たちは、それだけでは済みません。

 そもそも、私の英語ヒアリング能力が絶望的なことに加え、当時のIETFのミーティングは、私の友人いわく「非英語圏の人間に対して、世界でもっとも不親切な英語(某牛丼チェーン店のCM風に言えば、『速い』『長い』『知らない』の三拍子)を使う」ことで有名な国際会議だったからです(「会話が“速い”」「スピーチのセンテンスが“長い”」「そんな言い回しなんぞ“知らない”」)。

 加えて、問題だったのは、この「IETFミーティングに、会社から予想以上に多くのネットワークエンジニアが派遣された」ことです。私の会社には、複数の研究部門があり、それぞれの部門から異なるセクションの報告がされることになります。

 これが ――まずかった。

 IETFミーティングに派遣された者たちは、その報告会で各セクションの動向を、パワーポイントにまとめて、プロジェクタにデカデカと表示しながら説明をしていました。

 その発表の途中で、ある部の部長が、言い出しました。「今の江端君の報告内容は、さっき発表してくれたA君の内容と矛盾するのではないか」

 ―― 来た!

 異なるセクションの報告ではあるものの、発表内容は重複する場合もあります。

 そもそも私の報告は、IETFミーティングの内容を正確に伝えているわけではありません。「英語に愛されないエンジニア」が、「世界でもっとも不親切な英語によるミーティング」の内容を、正確に持ち帰ることなどできるはずがないのです。

 さらに、凍りついた私に対して、場の空気を読まない若いエンジニアの一人が、「Bさんの内容とも、合いませんねぇ」という、ひと言を発しました ―― が、彼は、そこから先、何も言えなくなりました。レーザー光線と同程度の威力を持つ、私の憎悪の視線に射貫かれたからです。

 ―― お前、今、身内の背中を撃ったな

 という、憤怒のメッセージを一瞬で理解したのだろうと思います。

 もう、そこから先の私の発表はボロボロでした。

 Aさん、Bさん、私の3人は、なんとかつじつまを合わせるために、3人がマイクが握って、しどろもどろの論理付けを試みたのですが、何せ予想もしていなかった事態なので、その場で、一致した見解になるのは到底無理な話でした(今思い返すと、私だけでなく、他の2人も、IETFミーティングの内容をよく分かっていなかったような気がします)。

 ついに、研究所の幹部が「まあ、ちゃんと話をしておけよ」と、その場を収めましたが、この事件は私に教訓を与えました。

 英語をしっかり勉強しなければ ―― などとは、これっぽっちも思わなかったのですが、同じ会社の所員が同じミーティングに参加したのであれば、その情報を事前に察知して、当然に「根回し」をしておくべきだったのです。

 しかし、この程度のトラブルは、まだ大したことではありませんでした。

 私がこの報告会の後、心底驚がくしたのは、「私が作った、えーかげんなIETF報告書」の内容が、インターネットを通じて日本中に流布されている様子を、目の当たりにした時です。IETFはオープンな(と言われている)会議なので、私の情報もそれに準ずる取扱いをされたのだと思います。

 「英語に愛されないエンジニア」である私の「えーかげんな報告」が、それが唯一無二の真実であるかのように日本の通信機器メーカーに広まっていく恐怖をご理解頂けるでしょうか。私の報告を参照したがために、日本中の通信機器メーカーが、間違った仕様の製品を製造し、販売してしまったら ―― そう考えるだけで暗たんたる気分になり、その日、生まれて初めて、検索サイトで「切腹」の作法を調べてしまいました。

 しかし、これらの事件によって、私の中で別の考え方が生まれてきました。「もし、これが私一人だけの発表であったらどうだっただろうか」、「私の不正確な報告は、100%不利益だったと言い切れるだろうか」と。

 私のエンジニアとしての常識が、思わぬ方向へ組み換えを開始していると感じたのは、この時だったと思います。

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