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安心してください、リバウンドは錯覚ですよ世界を「数字」で回してみよう(23) ダイエット(5/5 ページ)

» 2015年12月24日 10時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]
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パラダイムを一瞬で破壊する後輩

 「江端さん。今回も、良く分からないんですけど」

と後輩は、いつものように、私に電話をかけてきました。

後輩:「ダイエット後に、体重は元に戻りやすいのですか? 戻り難いのですか? 一体、どっちなんです?」

江端:「えっと、『ダイエット後の食事の量を維持していれば、体重は元に戻らない』」

後輩:「そうじゃなくて、ダイエット後に、ダイエット前の食事の量に戻したら、どのくらいの期間で元に戻るのですか?」

江端:「書いてあるだろう? 『1800日必要になる』って」

後輩:「そういう意味では、『過激なダイエット』というのは、それなりに意味はあるのですよね」

江端:「まあ、『いったん痩せたら、こっちのもの』という面があるのは確かだよ」

 このことは、今回の計算をしてみるまで私も気が付きませんでした。

後輩:「では話を戻しますが、『リバウンド』のような現象が発生するためには、ダイエット開始前より『もっと食っている』という事実が必要になるんじゃないのですか」

江端:「そう。まさしくその通り。食べ過ぎているんだよ。ダイエット開始前の食事の量をはるかに超える量の食事を」

 そう考えないと、つじつまが合わないのです。多分、体重計に乗るのもやめているんだろうと思います。

後輩:「……」

江端:「ん、どうした?」

後輩:「江端さん。今回のアプローチ、間違っているんじゃないでしょうか?」

江端:「どういう風に?」

後輩:「江端さんの検討では、『過激なダイエットの直後は、過食に走る』という、人間の心理面からのアプローチの方が欠けているように思えます」

 確かに、そうかもしれない。

 私たちはダイエットをする時、『目標の体重になったら、あのケーキをホールで食ってやるんだ』と思いながら頑張ることが多いと思いますが、これこそが「リバウンド」を発生させている、最大の理由なのかもしれません。

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後輩:「そういえば、江端さん。江端さんの検討、数理学的に見ても問題点があると思うんですが」

江端:「おいおい、ちょっと待て。それは聞き捨てならんな」

後輩:「だって、江端さん。江端さんがシミュレーションした過激なダイエットの結果では、1000日後に、江端さんの体重は『マイナス』になるって書いていましたよね。それって『解なし』ということですよね」

江端:「まあ、そういうことだな」

後輩:「じゃあ、『過食』のシミュレーションではどうなるのですか?」

江端:「過食の量に応じた体重に向って、太り続ける」

後輩:「つまり、体重が増える方向には、無限の解空間が存在する、と」

江端:「うん」

後輩:「比して、体重が減る方向の実数解の空間は『閉じて』いる、と」

江端:「うん」

後輩:「じゃあ、エントロピーの法則を援用するまでもなく『無作為の状態では、体重は増えていく』ことが、自然現象なんじゃないのですか?」

江端:「……あ!」

そこまでは検討していなかった。

後輩:「『解空間が無限大だから、体重は常に増えていく方に流れていく』。これが、リバウンドの真の理由なんじゃないんですか?」

江端:「いや! ちょっと待った! それは、今、ちゃんと説明するから……」

後輩:「江端さんの「7kcal = 1g」の考え方のベースとなっている『体重は、増える方向にも減る方向にも等価である』というロジックは、数理学的にも成立していないと思います」


 私の勤務する研究所には、こんな感じで、「ため池に小石を投げるような気軽さ」で、私の作り上げたパラダイムに爆弾を投下していく後輩が、ゴロゴロいるのです。

後編に続く


Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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