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» 2016年09月12日 11時30分 公開

世界を「数字」で回してみよう(34) 人身事故:「人身事故での遅延」が裁判沙汰にならない理由から見えた、鉄道会社の律義さ (6/11)

[江端智一,EE Times Japan]

ツッコミどころ満載な判決文

 だって、この法律を制定した行政機関(法務省)も、それを承認した立法機関(国会)も、その国会議員を選出した私たち国民も、「首吊りは苦しくない」って、知りようがないじゃないですか。

 だから、今回、私、できるだけキチンと調べてみました。

 実際、この話は、日本国憲法の施行時から、死刑制度との関係でずっと争いがあります。

 最近でも、実際の死刑判決に際して、「死刑の方法(絞首刑)が残酷であるので、死刑は憲法違反である」という理由で、死刑を無効とする旨を求める裁判がありました(絞首刑に関する裁判員裁判の控訴審判決[2013年7月31日大阪高裁判決])。

 しかし、あらためて、司法は「絞首刑は残虐な刑罰ではない」と判示しています。

 ではここで、判決文の内容から「絞首刑は残虐な刑罰ではない」のロジックを簡単にご紹介したいと思います(ここでは、昭和23年、30年の最高裁判決にも言及している、上記の大阪高裁判決を引用します)。

  • 昭和23年最高裁判決文ざっくり要旨(参考

(1)「火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆで」は、精神的、肉体的苦痛を与えることを目的としているから残虐である→(2)しかし、絞首刑にはそのような要素はない→(3)従って、絞首刑は残虐ではない

  • 昭和30年最高裁判決文ざっくり要旨(参考

(1)他国の死刑制度においても、絞殺、斬殺、銃殺、電気、ガス、各種の方法がある。これには一長一短がある→(2)では、「絞首刑」がこれらと比べて、突出して残酷といえるところがあるか?→(3)そんなことはない→(4)従って、絞首刑は残虐ではない


 いやいや、そうじゃないだろう ―― と、判決文に突っ込んでしまいました。

 私が知りたいのは「苦痛」の方です。一応、両方の判決文の全文を読みましたが、「苦痛」の文字はひと言もでてきません。

 しかし、これは興味深い内容です。「残虐」が「苦痛」とリンクして論じられていないということは、「苦痛」は残虐の要素として考えられていない(あるいは無視されている)と見ることもできるからです。

 昭和23年、25年の判決文に対して、2013年の判決文は、まさに、この「苦痛」(判決文の中では「医学的見地から見て、死刑囚本人に不必要な苦痛及び身体損傷」)に言及しています。

  • 2013年大阪高裁判決のざっくり要旨

(1)日本の絞首刑はただの「首吊り」ではなく、受刑者を高いところから落す「ロングドロップ式」である

(2)死因は「(a)脳への血液の停止」「(b)窒息」「(c)頭部切断」「(d)脊髄損傷による全身マヒ、呼吸困難」と見なされる。

(3)上記(a)の血流停止ならなら約5秒で失神、(b)の窒息なら約1分で失神と考えられている。その後、死亡に至るのにざっくり5分かかっている。

(4)上記(b)の1分間というのは、苦痛としては十分に長い時間かもしれないが、そのへんは「絞縄の長さや結び目の位置の調節などの手順が適切(原文ママ)」にされていれば、「5秒コース」とできるはずである。

(5)その辺りは、「昭和25年から平成22年までの間、全国の執行施設において合計571回にわたり安定的、継続的に刑の執行が行われており、相応の実績が積み重ねられている(原文ママ)」

 この判決の前までは、絞首刑は、意識を失うまでの時間が「瞬時(0秒)」が定説だったのですが、2013年判決では「(最低)5秒」と修正されているようです。

 その「5秒間の苦痛」をどう評価できるのかは、結局のところ自分で試してみないと分からない、が、答えになってしまうのです。

 仮に、上記の判決文の内容が真実だったとしても、まだ問題があります。

 というのは、

  • 苦痛を減らすための知見もあり、周到に準備もされ、そして何より、一定の重力落下による衝撃力を使える「ロングドロップ式」による「絞首刑」と、
  • 苦痛軽減のノウハウも、マニュアルもなく、そして何より、ぶら下がるだけしか方法がない、素人の人生最初で最後の「首吊り自殺」を、

同じ比較対象として論じることができるとは思えないからです。

 なにしろ私たちは、死刑執行にノウハウを有するプロフェッショナルではなく、死に至る技術を持たない、しかも、たった1回がラストチャンスという素人なのです。

 そんな素人の「首吊り自殺」は、5秒よりも、1分よりも、もっと長時間、苦しんでいる可能性も否定できません。

 というわけで、―― 電車よりも、ロープを使った方がラクですよ ―― と、確信を持って言える証拠は、今のところ見つかっていないというのが実情です。

 ただし、例えば「首つりによる苦痛を計測してくれ」という依頼がどこかからあれば、直ちに測定チームを立ち上げ、考えうる最高の測定機器(カメラ、スキャナー)を取りそろえ、身体のありとあらゆる部位に、各種のセンサーを取り付けて、必ずや、「首吊り」の苦痛を定量的に計測してみせるつもりです。

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