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» 2016年11月25日 09時30分 公開

イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(9):シリコンバレー〜イノベーションを生む気質(2) (2/2)

[石井正純(AZCA),EE Times Japan]
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早いうちに失敗すれば、代償も小さくて済む

 「Fail fast, fail cheap」という言葉は、IT分野の起業で特にいえることである。上記のように「失敗に対する寛容さ」の土壌は少しずつ形成されていったが、それでも昔はハイテクのベンチャーを始めると、コンピュータの価格は高いし、さまざまなツールも高く、失敗の代償はそれなりに大きかった。だが、最近はコンピュータも格段に安くなり、クラウドなどのサービスを使えば、安価に起業できる。こうしたインフラが整っていることが、簡単に起業できるということに拍車を掛けているといえるだろう。

 例えば、昔は1000万米ドルは必要だったことも、今では20万米ドル程度で、できるようになっている。つまり、早いうちならば失敗しても安く済むし、その小さな失敗から学びがあれば、将来の成功のための糧になるわけだ。

 また、このようにアーリーステージのベンチャー企業は必要な資金も少ないので、投資家もお金を出しやすい、という状況になっている(投資家は、自分がこれから投資するベンチャー企業に対して寛容とはいえないが、ベンチャー起業家の過去の失敗に対しては寛容といえる――これまでの失敗を通して多くのことの学んでくれたであろうから)。

 さらに、最近では失敗談から学ぶためのイベントも企画されるようにまでなっている。例えば、「FailCon」というカンファレンスがあるが、これは起業家、投資家を含むさまざまな人々が集まって、彼らの失敗について語り、シェアする会議である。将来の成功のために失敗から多くのことを学ぼうという目的で企画されたカンファレンスだが、2009年にシリコンバレーで最初に開催されて以来、いまではフランス、スペイン、ブラジル、日本、イスラエルなどで毎年開催されるようになっている。

ライセンスプレートに“失敗”を刻んだ起業家

 ここで紹介したいエピソードがある。今から約25年以上前、1989年ごろのこと、筆者は現在と同じように、毎月のようにシリコンバレーと日本を往復していた。ある日、シリコンバレーの起業家カムラン・エラヒアン(Kamran Elahian)もたまたま東京に出張しており、赤坂のホテルで朝食に誘われ、今でいうタブレット型のPCを手掛けるベンチャーを始めるので一緒にやらないかと強く誘われた。考えてみると、今の「iPad」のような製品のビジョンを、実際にiPadが出る20年も前にカムランが考えていたのは驚異的だ(もっとも、AppleのPDA[携帯情報端末]である「Apple Newton」は1993年に発売されている)。

 カムランはCAESystemsやCirrus Logicなどを創設し、大成功を収めた起業家だ。カムランからの誘いはいたく面白い話とは思い、筆者もいろいろ考えたが、そのころ進めていた別のプロジェクトで多忙を極めており、結局はその話に乗らなかった。1989年、彼はモメンタ(Momenta)という会社を実際に設立したが、1992年に倒産してしまった。

 この話が面白いのは、この後だ。彼は、当時乗り回していたフェラーリのライセンスプレートを「Momenta」にしたという(米国では、お金を払えば自分の好きな言葉をライセンスプレートに使うことができる)。1998年、カムランは「San Francisco Chronicle」(サンフランシスコの新聞)のインタビューで、このライセンスプレートに「Momenta」を使った意図を問われ、「あの時の失敗を忘れないためだ」と答えている。彼はモメンタの失敗の後、1993年にビデオなど民生機器向けの半導体製品を手掛けるNeoMagicを起業し、1997年にIPO(株式初公開)し、再び大成功している。

3つの成功を出すために、1000個の球をちゃんと打つ

 シリコンバレーでは、成功する新興企業が次々と生まれている――。皆さんはこんな印象を持っているかもしれない。確かに、GoogleやFacebookなど、世界をけん引するハイテク企業がシリコンバレーから生まれている。そして、新興企業の成功率は、他の地域や国に比べるとちょっとだけ高いかもしれない。だが、そうした企業の足元には、芽が出ても成長しなかった、または芽すら出ずに消えていったベンチャー企業の“死骸”がゴロゴロしているのだ。スタートアップの95%は、5年以内に消えるともいわれている。

 2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授が、受賞した際の会見で、「1割打者でも大成功」と述べていたことがあった。筆者も、これは全くもってその通りだと思っている。世界に名だたる企業がシリコンバレーで生まれているが、それはやはり、球をたくさん打ってきたからだ。3つのヒットを飛ばすには、1000個くらい球を打たなくてはいけない。シリコンバレーとは、そういう世界なのだ。だが、「失敗は、成功する前提条件である」という意識が根底にあるので、思い切って何度も何度も球を打つことができるのだ。つまり、3つの成功を出すために、1000個の球をちゃんと打てるということなのである。

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Profile

石井正純(いしい まさずみ)

ハイテク分野での新規事業育成を目標とした、コンサルティング会社AZCA, Inc.(米国カリフォルニア州メンローパーク)社長。

米国ベンチャー企業の日本市場参入、日本企業の米国市場参入および米国ハイテクベンチャーとの戦略的提携による新規事業開拓など、東西両国の事業展開の掛け橋として活躍。

AZCA, Inc.を主宰する一方、ベンチャーキャピタリストとしても活動。現在はAZCA Venture PartnersのManaging Directorとして医療機器・ヘルスケア分野に特化したベンチャー投資を行っている。2005年より静岡大学大学院客員教授、2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年よりXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。

新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。


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