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本当に怖い「飛び込み」の世界、知っておきたい4つの知識世界を「数字」で回してみよう(38) 人身事故(10)(6/9 ページ)

» 2017年01月18日 11時30分 公開
[江端智一EE Times]

時代劇のあのシーンも、フィクションだと断言できる

(3)人間の体を轢断するのに必要な力はどれくらいか

 前記の計算によって、人間の体の一部を轢断するには、相当の力が必要になることが明らかになりました。

 「飛び込み自殺」の本質は、自分の体を、レールというまな板の上に載せて、車輪という肉切り包丁で切断することにあるのです。

 しかし、人間の体を轢断するのに相当な力が必要となるのであれば、レールの下敷になった人間の体に電車が乗り上げることになります。このようなことになれば、移動している電車は、そのままレールから脱線し、大事故になります。

 しかし、私の知る限り、鉄道の飛び込み事故で、電車が脱線したというケースはないようです(事故処理で脱線したというケースはあるようですが)。

 そこで、人間の体を轢断するのに必要な力(圧力)が、どの程度になるのかを計算してみることにしました(先ほどの、生肉を食いちぎる力(2000トン/m2)では、骨の存在を考慮していません)。

 しかし、ネット中を探しても、これもまたデータがないのです。手足の切断事故資料とか、精肉解体工場の解体作業データとか、フランス革命で使われたギロチンの性能検証実験データとか、なんとか調べてみようかと思ったのですが ――情報量は、まったくゼロ。

 どうしたものか――と、この数値の算出方法に頭を抱えていた2016年の年末、ふとテレビを見ると、そこには、日本人のDNAに組み込まれた日本的様式美の完成形である、「忠臣蔵」が放映されていました。

 忠臣蔵の四十七士の最期が、幕府の命令による切腹であったことはご存じかと思いますが、切腹のみで絶命することが恐しく難しいことは、意外に知られていません。そのため、切腹は、介錯(かいしゃく:切腹する人の首を切りおとすこと)と“セットメニュー”で成立しているのです。

 そこで私は、「介錯」から人体の切断力の算出を試みることにしました。しかし当然、「介錯の物理学」などという本も情報もありません。そこで以下の、私自身の人体データを使って、無理やり、算出を試みました。

 この結果、約3トン重の力をかけることができれば、江端の首を斬り落とすことができるという結論に至りました。

 問題は、「介錯」において、この3トンの力をどのようにかけているか、ということでした。

 居合術の動画などを調べたのですが、切断前と切断後の剣のスピードを測定することはできなかったので(速すぎて見えない)、エネルギー量から算出することは諦めまして、かなり乱暴な計算方法になるとは思ったのですが、3トンの力が剣刃に加わったとして、ざっくりとした圧力を算出することにしました。

 さすがに、生肉だけでなく、首骨を砕く(あれは"切断"というよりは、"破断"するという感じのようです)ことも必要となるため、想定よりも相当な力が必要であるという結果が出ました。

 時代劇では、剣客が敵の手足を切り落とすというようなシーンが頻繁に登場しますが、今の私には、あのような場面の大部分がフィクションであると断言できます

 重量1kg程度、幅6mm程度の鉄板(日本刀のことです)で骨をぶった切るなど、相当むちゃな行為です。切っ先1mmの鉄刃なんぞ、簡単にボロボロになるはずです ―― 1振りの刀で、3回も腕や足や首が切断できれば、上出来だろうと思います。

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