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「シュタインズ・ゲート」に「BEATLESS」、アニメのAIの実現性を本気で検証するOver the AI(24)番外編 これがエンジニアの真骨頂だ(5/9 ページ)

» 2018年08月20日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

現在のハードウェアは「アマデウス」を実現できるレベルに入っている

 ただ、この「アマデウス」は、天才科学者でもあったクリスの「人間の記憶をデータ化する理論」をベースとしていることになっています。そこで、ここでは、クリスは、CTやMRI程度のマクロな情報から、ミクロなニューロン情報を推定し、その情報をフィードバックで補正する技術を確立した、と仮定します。

 次の検討は、1000億個からなるニューラルネットワークのニューロンを記憶装置(できればメインメモリ)に配置できるかどうか、です。

 モデル化したニューロン本体の構成は、シナプスからの信号を加算する機能と、シグモイド関数を構成する閾値と係数があれば足りますが、問題は、1500のシナプスの信号の出力と入力値を格納する、約3000の実数型メモリを格納する記憶領域です。

 1つのニューロンに、3000個のdouble型(16bit)がいるとして、ニューロンが1000億個あることからざっくり計算で、37.5テラバイト(TB)の記憶領域があれば、実現できることになります。

 37.5TBの記憶領域は、ハードディスクなら問題なく用意できますが、これをメインメモリで実現するとなると、結構なスペックになります。とはいえ、今や1テラバイトのメインメモリが市販されているくらいですから、37.5テラバイトのメインメモリは十分、スコープに入ります。

 つまり、脳の「容量」に限定して言えば、現在のコンピュータのハードウェアは、「アマデウス」を実現できるレベルに入っているのです。

 ところが、実際に、コンピュータ上の1000億のニューロンを、現在の(ノイマン型)コンピュータのアーキテクチャで、全部のニューロンを「一回り」するのに必要となる時間を、単純に現在のMIPS値を使って計算してみたところ、約10000000秒(一千万秒)、つまり115日かかることが分かりました。

 仮にGPUを100個くらい搭載して、並列計算を実施できたとしても、1日以上かかる計算となります。

 ところが、脳は、この「一回り」を0.03秒から2秒の間に完了させています*)。これは、脳がCPUのような集中制御装置を持たずに、1000億個のニューロンが、独自に勝手に動いているからです。

*)脳波は0.5Hz〜30Hzまでの周波数範囲の変化を持つ、20〜70μVの波型信号です。

 このような超並列コンピュータを、現在の半導体で作ることは、理屈では可能ですが、1000億の半導体素子同士を1500の導線でつなぐようなハードウェアの作成は現実的ではありません(一企業の研究開発の予算レベルの話ではない)。

 シナプスの伝達係数は常に変化し続けており、さらにシナプスは、新しいニューロンとの結合や切断を繰り返しているはずですが、現在の人類は、このような、電子回路の構成を動的に変更させるようなハードウェア技術は持っていません。

 つまり、脳を模倣する人工知能のモデルを、現在のノイマン型コンピュータで作り出すことは不可能なのです。仮に「脳の容量」について何とかなったとしても、「脳の機能」から考えれば、アマデウスは、現在のいかなるコンピュータを用いても実現できない、と断言できます。


 しかし、ここで、もし完全な脳のコピーが可能となり、ニューロンやシナプスの自発的な結合を実現するハードウェアが開発されたと仮定してみます。

 そのようなハードウェアで作られたアマデウスは、心(感情)を持つことができ、そして、創作活動(特許明細書を書くなど)も可能となるかもしれません(原作では、アマデウスの創作能力については明らかにしていないようですが)。

 脳の本体がクラウドにいて、スマートフォンのインタフェースしか持ち得ないとしても、それは、知性と知識と自我を持つ、完成した人格と認められるものになるかもしれません。加えて、コマンド投入だけでコピー(クローン)を作ることができて、コンピュータが動き続ける限り、生き続けることができます。

 本体は、肉体の老化や病気によって、それなりに苦しみ、死の恐怖を感じながら死ぬことになっても、デジタルのクローンとなった私たちは、自分の人格をコンピュータにコピーされて、苦痛もなく永遠に生き続けられることになります。

 ―― では、本体が死亡した後、コンピュータの中で永遠に生き続ける私とは、一体何者なのでしょうか?

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