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口に出せない介護問題の真実 〜「働き方改革」の問題点とは何なのか世界を「数字」で回してみよう(53) 働き方改革(12)(8/10 ページ)

» 2018年11月30日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

ニューラルネットを意図的に破壊し、認知症を模擬してみる

 しかし、どれだけ言葉を重ねようとも、定量的でないものは信じないのが、エンジニアという人間です。

 そこで考えた末に、以前、AI技術に関する連載「官能の人工知能 〜深層学習を最も分かりやすく説明するパラダイム」で検討した、4つの文字「"A","B","C","D"」について、ディープラーニング(深層学習)で学習済みのニューラルネットを、 ―― 意図的に破壊してみることにしました実験用のプログラム)。

 ニューラルネットワークは、脳のモデル化には程遠い、極めて単純化したモデルではありますが、脳機能に見られる幾つかの特性を使っています。脳の破壊の程度が、どの程度認識に影響を与えるかを、ざっくり理解することはできるのではないかと考えました(全く的外れの努力、という可能性もありますが)。

 さて、私の手元には、私が作った4文字を学習させた3層のニューラルネットワークがあります。まずは、中間層のニューロン(ノード)の幾つかを破壊させた上で、このニューラルネットワークに文字"A","B","C","D"を見せてみました。以下の図は、”B”を見せた時のニューラルネットワークの出力信号の強度を示したものです。

 破壊率0%では、"B"だけを正しく認識しています。40%ほど破壊しても"B"を認識しますが、"C"や"D"の誤認識も発生しています。80%破壊では、さらに誤認識が進み、100%破壊では、もう何も認識できていないとことが分かります。

 次に、この破壊率を0〜100%まで10%ごとに、乱数で破壊するニューロンを変えながら、それぞれ100回単位でテストを行い、誤認識率がどのように変化していくかを調べました。

 誤認識率50%とは、コインの裏表を適当に言い当てているような状態で、完全に文字認識ができていない状況です。逆に、誤認識率0%とは、完全に文字認識ができている状態となります。

 このように、ニューロンを壊す数が増えるほど、誤認識が増えていく様子は明らかです。

 次に、ニューロンではなく、脳細胞間を電気信号で連結するシナプスを、ニューラルネットワーク全体に対して、一定の確率で切断してみました。

 こちらも、シナプスを切断する数が増えるほど、誤認識が増えていく様子は明らかです。

 これらの実験から、ニューロンの破壊あるいはシナプスの切断の数の増加によって、誤認識率は上がるものの、「いきなり何もかも分からなくなる」ような壊れ方はしない、ということが分かります。

 コンピュータプログラムでは、たった1行のエラーで、システム全体をダウンさせてしまうことがあります。それに対し、脳を模擬したニューラルネットワークというものが、いかに耐故障性能に優れたロバストなシステムであるかが分かると思います。

 その一方で、誤認識率は、ニューラルネットワークの破壊が軽微な段階で、顕著に(×緩やかに)症状に現われることも現われることも分かります。

 私は、このニューラルネットワークのモデルが、現実の私たちの脳を模擬しているとは、信じてはいませんが ―― それでも、

(1)認知症が、突然私たちの人生の何もかもを奪っていくものではないということ
(2)初期の段階ではちょっとビビるかもしれないけど、それほど急激に認知症が進行するわけではないということ
(3)認知症の進行と合わせて自分の世界感もシフトさせながら生きていくこと*)は可能であるということ≫

は、この実験だけでも主張できると考えています。

*)例えば、"B"という文字が「"B"に見えるけど、"A"と"C"にも見える」という世界観にシフトすること

 そもそも、脳の萎縮は、アルツハイマー患者で0.9%/年といわれていますが、健康な人でも0.5%/年の萎縮をしています(Marcus.D他、2010)。脳は常に壊され続け、そして、常に再構成され続けているといえるでしょう。そういう意味では、私たちは、生まれた直後から認知症に罹患している、とも考えられるのです。

 認知症は、脳の破壊の速度が、脳の再構成の速度を上回った時、「症状」として発現する、という解釈もできるのです。

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