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ブラック企業の作り方世界を「数字」で回してみよう(55) 働き方改革(14)(8/9 ページ)

» 2019年01月30日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

「ブラック企業」は合法的に存在し続けることができる

 言うまでもありませんが、ここに、新卒社員に対する人道的配慮は1ミリ足りとも存在しません。彼らが、その後、業務スキルが得られず、悪条件での転職を繰り返していくことは確実ですし、悪質な退職妨害によって、心と体を破壊されていくことは織り込み済みです。

 ブラック企業にとって、(その経営者がどういう理念を持っているかはさておき)新卒社員とは「数年で使い捨てる、もしくは使い潰す」単なる部品です。

 そして、このブラック企業は、残業代金未払とか、サービス残業とかの違法行為をしない(あるいは見つからない)ようにする限りにおいて、合法的に存在し続けることができます。

 以上、長々と記載してきましたが、ブラック企業に対して、悪いだの、インモラルだの、非人道的だのと批判したところで、問題は一つも解決しないのです。それどころか、ブラック企業の経営者達は、社員に対して「愛情」を施しているつもりで、せっせと若者を潰し続けている可能性すらあるのです。

 これにて、冒頭で、私が申し上げた、

――どれもこれも、同じような内容や、ありきたりのアドバイスだけの記事
――本気でブラック企業を「潰してやろう」という気合のない腑抜けた記事

に「心底腹を立てている」理由を、ご理解頂けたものと思います。

 ブラック企業は潰せません。現時点で、ブラック企業を潰す唯一の手段は、ブラック企業に入社する人間をゼロにするしかありません。しかし、正規労働者として入社したい学生にとって、それが机上の空論であることも理解しています。

 だからこそ、この問題は、本当に深刻で、厄介で、腹立たしいのです。



 それでは、今回のコラムの内容をまとめてみたいと思います。

【1】政府が主導する「働き方改革」の項目の一つである、「女性・若者人材育成」の中の、「若者」に関して、前回検討して「働き方改革実行計画」から逆算して見えてきた2つのテーマの一つである「ブラック企業」について検討を行いました。

【2】ちまたで言われているブラック企業に関する特徴を列挙した上で、ブラック企業の経営者は、これらの行為(違法行為を含む)を、"無知(善意)"でやっているのか? "戦略(悪意)"としてやっているのか? という大きな疑問があることを説明しました。

【3】ブラック企業の原型は、60年前の1960年に発生し、その後高度経済期、バブル期を通じて存在し続けていたが、1991年のバブル崩壊によって、「終身雇用」「サービス残業」のバランスが崩れて、「ブラック企業」という名前で誕生したという経緯を説明しました。

【4】ブラック企業の「ブラック」の内容については、経営者側にも正当な主張が可能であるばかりか、「ブラック」どころか「愛」に起因して運営しているかもしれないという ―― 気持ち悪い仮説 ―― を導いてしまいました。

【5】「なぜブラック企業は潰れないのか」について、(1)法律/制度で潰す手段がない、(2)世間が事件を忘れていく速度が速すぎることを明らかにした上で、(3)内側の人から見たブラック企業の見え方と(4)内側の人の資質を予測して(プロファイリング)して、"善意"と"無知"によってブラック企業が運営され続けている、という江端の仮説を提唱しました。

【6】寺崎克志先生のご執筆された論文「ブラック企業の経済学」を読み込んで、企業の基本モデルから、労働強度α、離職弾力性βという新しいパラメータと関数を、それぞれ「ブラック度変数α」「ブラック離職率関数β(α)」と読み換えて、江端なりの理解を展開しました。その結果、企業の数理モデルを使った検証の結果「ブラック企業で「起業」する戦略」は存在する」という結論に至りました。


 以上です。



 私が就職する時、後輩から、「江端さんも、これからは企業の歯車ですね」と揶揄(やゆ)されたものでした。まあ、それは事実ですし、自営業でも営まない限りは、誰もみな「雇用先の歯車」になることは仕方がないことです。

 しかし、それは、メタファー(隠喩)としての「歯車」でした。少なくとも、我が国においては、「歯車」は、今よりも役にたつ「歯車」としての教育や指導を受けられるものでした。

 ところが、今回の調査で、100%完全な部品としての人間の利用の事実と、それが、企業モデルとして成立しうることを自分なりに理解して ―― 正直、かなりのショックを受けています。

 人間を、簡単にポイ捨てする社会 ―― というのは、世界的には(特に欧米においては)別段珍しいことではありません(実際に私は、米国で、それを見てきた当事者です(関連記事:「「非正規雇用」の問題は、「国家滅亡に至る病」である 」)。

 「自分を守るのは自分」 ―― 我が国において、企業や国家や他人が、自分を守り育ててくれる時代は、今、完全に終えんに向っているように感じます。

 思い返せば、我が国は、ベタベタした人間関係や、非論理的な風習や、意味不明な人脈が支配する、うっとうしい社会ですが、「本当に困った時には、どこからか助けの手が出てくる」という優しい社会でもありました。

 「自分を守るのは自分」が完全に徹底された時、ブラック企業はその成立要件を失い、消滅することになりますが、それは「自分の能力や努力だけしか頼りにできない時代」との等価交換となります。

 前回のコラムもまとめて、私が予見した世界は「どこからも助けの手が出てこない」世界です。

 そして、残念ながら、私たちは、この世界を以前の世界に戻すことはできないのです。

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