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それでも介護ITを回してみせる 〜国内ユーザー5人の見守りシステムができるまで江端さんのDIY奮闘記 介護地獄に安らぎを与える“自力救済的IT”の作り方(2)(8/8 ページ)

» 2019年10月31日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]
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「珍しくイキイキしたコラムですね」

後輩:「今回の江端さんのコラムは、珍しく『生き生き』としていますねえ」

江端:「そうかな?」

後輩:「江端さんは、"技術"のことだけ書いていればいいんですよ。江端さんが"社会問題"に取り組むと、『暗黒の未来』にしかならないんだから」

江端:「まあ……そうかも」

後輩:「それと、江端さん。今回提案したシステムですけど、はっきり言って『古い』

江端:「まあ……そうかな」

後輩:「光ファイバーとか、無線LANとか、ファイアウォール越えとか、もう、そういう『ネットワークに縛られたパラダイム』は、古いです ―― なんというかな、戦国時代の『籠城』とか、あるいは、太平洋戦争の『大艦巨砲主義』を彷彿(ほうふつ)させる、古さです」

江端:「だが、サーバの世界って、現実として、こんなもんだぞ。ファイアウォールの中で情報を囲って防衛するというパラダイムは、クラウドになってからも全然変っていないぞ。むしろ、クラウドとなったせいで逆に酷くなっている*)、とすら思う」

*)最近、私は、社内で実験用サーバを立ち上げる仕事もやっているのですが、「重箱の隅(すみ)を突かれるようなセキュリティ対応の膨大な書類作成で、発狂寸前です。

後輩:「サーバ側はともかく、クライアント(エッジ)側のネットワークに関しては、近い未来、"5G"と"SIM"だけで、全てが片付く時代がやってきます。IoT(モノのインターネット)って、そもそも、そういうものですよね」

江端:「まあ、少なくとも、見守りカメラは、スマホみたいに、ネットワーク環境とか吹っ飛ばして、『どこにあっても動く』という風になるべきだとは思うよ。今でも、できない訳でもないけど、通信料金の問題が……」

後輩:「そこですよ。既に、世の中には、びっくりするほど安くてそこそこ通信容量もあるSIMカードが山ほどありますよね。なのに、なんで皆、律儀(りちぎ)に、スマホのキャリア(電話会社)に、あんなバカ高い通信料払っているのか ―― 本当に、不思議です」

江端:「まあ、近い未来、『光ファイバー』も『無線LAN』も消滅して、『ネットワーク? なにそれ、おいしいの?』の世界は、間違いなくやってくるだろうけど」

後輩:「今回の江端さんの話に出てくる見守りシステムでは、つまるところ、見守りシステムのカメラなどのデバイスが『光ファイバーと無線LANという"鎖"につながれた犬』であるということですよ」

江端:「加えて、この"鎖"の構築が死ぬほど面倒くさくて、加えて、その"鎖"が、別の"鎖"にも繋っているから、怖くてしょうがないしなー」

後輩:「江端さんが目指した、『国内ユーザー5人の見守りシステム』を、「インターネット」なんかで作ろうとするから、こんなことになるんですよ。だから『古い』と思うのです」

江端:「とはいえ、未来のネットワーク環境を前提に、現在の話をしても仕方あるまい」

後輩:「ええ、それは分かってはいるのですが。「光ファイバー」やら「無線LAN」やらの"鎖"に縛りつけられている現在のネットワークインフラには、どうにもイライラします」

(この後、中国の"5G"による世界戦略を、米国が全力でつぶしにかかっている背景について、ディープな議論をしたのですが、関係ないのでバッサリ割愛します)



後輩:「江端さんは、Appleの製品、あんまり好きではないようですが」

江端:「(値段が)高い、(ハード)拡張できない、(ソフト)改造できない。(他の人はともかく)私には、あの会社の製品を好きになる理由がない」

後輩:「まあ、江端さんの嗜好はさておき、Appleには『Apple Watch』という製品があるのを知っていますか」

江端:「心電図を図ってくれたりして、健康チェックをしてくれる上に、位置情報なども発信できるんだっけ?」

後輩:「これ、介護ITの結構なパラダイムシフトになっていることに気がついています?」

江端:「いや、ダメだろう。被介護者(介護を必要とする人)に、何かをさせる(準備させる、持たせる、装着させる、操作させる)ことを前提としているモノは、なんであれ、確実に失敗する、と、私、前回のコラムでも言ったよね」

後輩:「だからですよ」

江端:「はい?」

後輩:「要介護になってから、装着を開始するからダメなのです。例えば、行方不明になってしまう高齢者だって、服を着て、靴を履いていますよね。服や靴は、要介護になる前から『装着し続けてきた』ものだからですよ」

江端:「あ……」

後輩:「今のうちから日常的に装着し続けて、『それを身につけていないと、なんとなく気持ちが悪い』というレベルにまで持っていけば、良いのです。そういう意味では、Apple Watchでなくても、スマホを持ち続けている私たちは、既に良い立ち位置にいるかもしれません」

江端:「なるほど……って、一瞬、納得しそうになったけど、それって今の高齢者については『諦める』ってことだよな」

後輩:「そうです。この件に関しては、現時点での高齢要介護者は『諦めます』」

江端:「もう一つ。そのようなデバイス装着の習慣化は、『将来、壊れていく自分』を、現時点で受け入れる、ということだけど、そんなこと、普通の人にできるかなぁ?」

後輩:「江端さん。日本ではApple Watchはそれほど流行っているとはいえませんが、米国ではかなりの需要があります。その理由を知っていますか?」

江端:「知らん」

後輩:「米国の医療保険料って、めちゃくちゃ高いんですよ。払えない人が山ほどいて、社会問題になっています。そんな彼らにとって、『自分の所持している金額 = 担保される余命』というパラダイムが成立しています」

江端:「それは知っている*)

*)米国赴任中に、歯医者で24万円を請求された時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。

後輩:「彼らにとって、Apple Watchを装着して、病状が重篤化する前に早期に発見して、安い治療費で健康を確保し続けることは、至極、自然なことなのですよ」

江端:「つまり、私たちも『将来、壊れていく自分』を今の段階から受けいれて、準備しておくべきである、と」

後輩:『自分だけは認知症にならない』だとか、『認知症になる前に死ぬから良い』とか、あいかわらず、ふざけたことを言っている奴、多いですよね」

江端:「要介護状態になって、自立歩行もできなくなったら、自死の準備すらできなくなるし、そういう思考すらも難しくなるのに、『子どもに迷惑をかけるくらいなら、死を選ぶ』なんてことを簡単に言う人ほど、その具体案は他人任せで、自分では実体的な準備を1ミリもしていないんだよなぁ」

後輩:「取りあえず、彼らは"Apple Watch"で準備をする程度には、実体的な行動と覚悟があるということです」

江端:「要するに、私たち日本人が、米国人に比べて圧倒的に甘ったれている、ということは分かったよ」


Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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