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» 2020年01月31日 11時30分 公開

江端さんのDIY奮闘記 介護地獄に安らぎを与える“自力救済的IT”の作り方(4):見せろ! ラズパイ 〜実家の親を数値で「見える化」せよ (5/6)

[江端智一,EE Times Japan]

「ラズパイ」で実家を見える化する

 では、ここから後半になります。

 前回は、ラズパイとその専用の通信デバイスからなる、DIYの見守りシステムの最小構成の作り方を説明し、オムロンにご協力頂き、同社の「環境センサ 2JCIE-BU」を、私のラズパイでも、動かせるようにしました。

 今回は、後半では、前回に引き続きAmazonで5000円程度で購入できるラズパイを使った、実家の老親を見守る最小システムで、実家の親の状態を数値とグラフで「見える化」する方法の一つをご紹介致します。

 前回、C言語を使って、2JCIE-BUからセンサーデータを取り出すところまで成功しましたので、今回は、これをグラフで表示する機能を作ってみたいと思います。

 まず、2JCIE-BUからセンサーデータを、一分に一回程度取得できれば十分だと考えましたので、前回のプログラムにほとんど変更を加えずに、最小の負荷で「見える化」を実現してみたいと思います。

 最初に、こちらの圧縮ファイルをダウンロードして、ホームディレクトリに展開してください。

[Step.1] 2JCIE-BUからセンサーデータをcsvファイルで保存する

 思いっ切り手を抜くために、前回のプログラムからセンサーデータの部分だけを表示をするようにして、リダイレクトでcsvファイルとしてセーブをしてしまいます。

 このプログラムでは、センサー情報以外のデータは出力されませんので、このようにして、csvファイルの作成を試みてください。

$ sudo modprobe ftdi_sio
$ sudo sh -c "echo 0590 00d4 > /sys/bus/usb-serial/drivers/ftdi_sio/new_id"

(上記は初期設定なので自動化するのが望ましいが、面倒なので後回し)

pi@raspberrypi:~/2jcie$ ./2jcie-bu01 /dev/ttyUSB5 0 > data_test.csv

 これで、data_test.csvにセンサーデータが確保されていれば成功です。以下はサンプルです。

pi@raspberrypi:~/2jcie$ cat data_test.csv
25.39,51.92,22,1003.275,44.47,625,1926,72.49,21.74

[Step.2] 定期的にセンサーデータファイル(data_test.csv)を更新する

 これもいろいろやり方はあるのですが、やはり最もラクな方法として、crontabを使います。

/etc/crontab

に以下を追記

#改行なし1行で記載

*/1 *	* * *	pi    /home/pi/2jcie/2jcie-bu01 /dev/ttyUSB5 0 > /home/pi/2jcie/data_test.csv 

 これで1分おきにデータが更新されるようになります。

 さて、ここから、データの変化をグラフで表示する、htmlファイルを作成します。

 今回は、グラフ表示で手を抜くために、折れ線グラフ、棒グラフ、円グラフ、レーダーチャートなど、6種類のグラフが簡単に描けてしまうJavascriptのライブラリであるChart.jsと、そのリアルタイムストリーミングデータ向けプラグインである、chartjs-plugin-streaming.jsを使いました。

[Step.3] ラズパイにテスト用のWebサーバを立てる

 意外に知られていませんが、テスト的にWebサーバを立ち上げる場合、apacheやらniginxをインストールしなくても、コマンド一発で簡単に立ち上げる方法がいくつかあります。

 今回は、pythonを使った一発コマンドで"~/2jcie"の中のhtml用のwebサーバを立ち上げます。

pi@raspberrypi:~/2jcie$ python3 -m http.server

 これで、http://211.158.177.150:8000/xxxx.htmlで、ターゲットのhtmlファイルにアクセスできるようになります(このIPアドレスはダミーです)。

[Step.4] 温度表示用の"temp.html"ファイルを動かしてみる

 実は今回のプログラムで一番苦労したのが、htmlファイルにcsvファイルを読む込ませることでした。セキュリティの問題だか何だか知りませんが、ローカルで立ち上げたhtmlファイルには、ローカルのファイルが読み込めないというルールが課せられているようです。

 また、csvファイルを読む込むだけのサンプルプログラムが見つからなくて、随分苦労しました ―― という愚痴はさておき。

 ブラウザから、http://211.158.177.150:8000/temp.html と入力してください。

 上記のような表示が出てくれば成功です。

 さらに、http://211.158.177.150:8000/2jcie.htmlと入力すれば、

というような画面が登場するハズです。

 改良の余地はありますが、取りあえず今回は、速攻で作りましたので、見栄えについては、今後の課題にさせてください(というか、好き勝手に改造してください)。

 プログラムの内容についての説明は、割愛します。他の人のサンプルをかき集めて、どうにかこうにか動かしたものですので、うまく説明できません。

 今回の成果は、chartjs-plugin-streaming.jsを使ったjavaScriptにcsvファイルからの読み込みを成功させた、ということになると考えています。

 「そんなショボイことが成果?」と言われるかもしれませんが、こういうショボイことが突破できなくてシステム構築に失敗する、ということは結構あります。

 これで何ができると問われれば、取りあえず、実家の室温、既に就寝したか(部屋は暗くなっているか)、テレビがついているか(騒音はあるか)、などは、すぐに分かると思います。

 このようなグラフを使った監視では、カメラによる映像監視のようにプライバシーの問題を回避しつつ、本質的な実家の見守りが可能になります。



 それでは、本シリーズ第4回の内容をまとめます。

【1】前回の内容「年齢寿命は延びているのに、介護開始年齢は延びていないという」というデータから、延命用デバイス「ペースメーカー」と「胃ろう」の効用について、私の母と父のケースで明らかにしました。

【2】私たちは致死率100%であるという運命でありながら、「死」についての会話を忌避する傾向があります。この理由について私なりに検討を行い、「死」についての3つの側面、(1)死に至るプロセス、(2)死そのもの意味(または意義)、(3)死後のプロセスについて、一緒くたに扱われていることに言及しました。

【3】このような「死」についての会話を忌避することによって、(1)私たちは他人の死と自分の死について、何の準備もなく、全く何も思い付かない状態に陥っていることと、(2)介護フェーズにおける「迷惑」という観念を自発的に発生させてしまうという問題が発生していることを明らかにしました。

【4】介護フェーズにおける「迷惑」の感情は、原則として回避不能であり、かつ、その感情から発露される発現が、介護者と被介護者の両者を不幸/不快にさせているという事実を実例で示しました。

【5】介護フェーズにおける「迷惑」の感情の発露に対応する方法として4つの具体的な措置を紹介し、今回はその中でも「尊厳死」と「安楽死」に関する事項についての調査結果を報告しました。そして、「苦痛に苦しむ私を、誰が殺してくれるのか」というテーゼに対して、現在、私ができることとして、自作の「尊厳死宣誓書――リビング・ウィル」のたたき台を作成しました。

【6】前回に引き続きAmazonで5000円程度で購入できる、シングルボードコンピュータ「Raspberry Pi(ラズベリーパイ、以下ラズパイ)」を使った、実家の老親を見守る最小システムで、実家の親の状態を数値とグラフで「見える化」する方法の一つを具体的にご紹介しました。


 以上です。



 以前、「1/100秒単位でシミュレーションした「飛び込み」は、想像を絶する苦痛と絶望に満ちていた」の解析で大変お世話になった、大学病院にお務めの、ご自称「轢断のシバタ」さんが、今回の冒頭の日記を読んで感想を送ってくださいました。そのメールを、本人のご承諾を頂いた上で公開し、今回のコラムを終えたいと思います。

江端智一様

まずは御尊父様のご冥福をお祈り申し上げます。

日記を拝読いたしました。大変な覚悟をもって「殺した」という表現をされたことと思います。

そのような意味では、私も、これまでに数十人の患者を殺してきました。

本人または家族が健康の回復を私に依頼し、それが達成できなかったということです。

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世の中の多くの死は、医療にかかり、しかし回復に至らないという点で、医師は年に百万の単位で人を殺し続けています。

半世紀ほど前までは、医師が独断で死に方を指定することがまかり通っていましたが、このようなpaternalismは徐々に廃れてご本人やご家族の意思が尊重される時代になってきました。

これは、ある意味では、殺し方の決定権を家族に押しつけています。

そして、医師が実行犯です。

江端さんのコラム(働き方改革(10)高齢者介護〜医療の進歩の代償なのか)の通り、確かに、「殺し方を選ばなければならない時代」は人類史上初のことです。

これまでは、できる限りの延命(人工呼吸器や高カロリー輸液によって)を選択することが多い時代がありました。

その結果(と断言はできませんが)「自分の親の殺し方を間違えた」と後悔を身をもって感じている人が今の団塊の世代に多い印象があります。

「苦痛となる処置を避ける(≒死期を定める)」という選択は、尊厳死の概念と共に徐々に一般的になってきている印象がありますが、これには、先の世代の膨大な量の後悔の塊、怨念と怨嗟がこもっています。

今の死の臭いの薄い時代、「いつかあなたが親の命の終わり(≒親の殺し方)を決める時が来る」という現実を学ぶ機会が必要なのかもしれません。

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私も江端さんと同じように、自分の親は自分で殺します。

だれかに譲るつもりはありません。

弟がおりますが、恐らく私は我を通すでしょう。(でも、ケンカになったら折れてしまうとも思っています。それが私です。)

もし私自身が死ぬときには、自分自身の意志を表明できない中で、自分の子供が熟考の末に私の死に方を決めて殺してくれるのであれば、赤の他人の医師に死に方を決められるよりも満足して死ぬことができると信じています。

私の死に方を自信を持って決めてくれるような大人に育って欲しいと願っています。

そのようなわけで、御尊父様におかれましては、大変な孝行息子に恵まれたのだなあと、思いました。

合掌

シバタ

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