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» 2020年03月30日 10時30分 公開

江端さんのDIY奮闘記 介護地獄に安らぎを与える“自力救済的IT”の作り方(最終回):走れ!ラズパイ 〜 迷走する自動車からあなたの親を救い出せ (7/10)

[江端智一,EE Times Japan]

「痛み」は何のため?

 さて、それでは、最後に、本シリーズ第1回で掲げたテーゼ、「介護ITの究極の目的は『苦痛の定量化/見える化』であるとした上で、『「苦痛」が動かす社会の未来像』を明らかにする」についての私なりの検討結果をご報告致します。

 まず私は、「苦痛」の中でも、特に肉体に発生するもの ―― これを、ここでは「痛み」と言うことにします ―― についての定義から調べ始めました。その結果、結構、不愉快な事実を知るに至りました。

 「痛み」は ―― あんなに痛くて、辛くて、苦しいのに ―― 「感覚」や「体験」であり、主観的で個人的なものである、という事実です。

 「痛み」というのは、結局のところ「生体の電気信号の伝達」と「脳による信号の解釈の結果」ということを知り、不愉快が最大値に至りました。

 つまり「痛み」は、「痛い」ことそのものでなく、痛いと感じるように設計された体のシステムの「出力」にすぎないのです。

 誰が何のために、そんな厄介な仕組みを作りやがったのかと思い、私は「痛み」の意義について調べてみました。その結果、「「痛み」は、体の異常の発見のためにある」ということが分かりました。

 ちょっと話はズレますが、現在、我が国では、鉄道や電力や道路や橋などの社会インフラシステムの老朽化が、深刻な社会問題となっています。これは、昨今の税収減や人材不足で、インフラに対してメンテナンス(保守)に十分な人材とお金を投入できないからです。

 現在のインフラのメンテナンスは、TBM(Time Based Maintenance) ―― 故障の有無に関係なく定期的にメンテナンスを実施する考え方で行われています。「予防保全」とも言われます。

 ところが、これは大変なお金と時間がかかるので、現在、この業界では、CBM(Condition Based Maintenance)の研究が多いに流行っています。CBMは、老朽化や異常検知といった設備の状態を、「AI技術」等を用いて予知し、必要なインフラだけを保全するという素晴しい新しい保守方法です ―― が、私が知る限り、芳しい成果を上げているCBMの実例はありません*)

*)なにしろ、私、PCで1億行を超えるセンサーデータの分析を行ったエンジニアです。

 つまるところ、鉄道や電力や道路や橋が、自分から「痛い!痛い!!」と叫んでくれればいいのです。それなら、私たちは「痛がる道路」や「痛がる橋」の「痛い箇所」だけを修理すればいいのですから。

 そこにくると、人間の「痛み」による検知システムは、究極のメンテナンスシステムと言えます。「痛み」は、身体の疾患や怪我の「原因」「場所」「程度」の全てがリアルタイムで分かるという、CBMの最終形です。

 しかも、「耐えられないような激痛」という信号を作り出すことで、保守対象(私たち)を、修理工場(病院)に強制的に連行するという、究極の保守システムです。

 不愉快なことですが、「痛い」は人体が人工的に作り出した感覚で、その「痛い」が、患部の状況と完全に一致している保証は、何もないのです。さらに、「痛い」が、必要以上に強く発動することで、私たちの日常生活の質を低下させているのも事実です。

 一体、どこの誰が、こんな迷惑な「痛み」を作り出しているかというと、基本的には「センサ」と「電線」と「CPU」なのです。基本はパソコンやIoTシステムと同じ仕組みです。

 私、今回のコラムを執筆するに際して、入門書から学会論文まで、さまざまな文献に目を通してきたのですが、その結果として「肉体は『痛み』を作るためなら、どんな努力も惜しまない」というように設計され、構築され、運用されていることを知りました。


 ―― 一体、どこの誰が、ここまで周到な「『痛み』システム」を作ったのか


 もちろん、この答えは明白です。「種を保存するためであれば、なんだってやる。個体の一つや二つ、死ぬまで痛めつけたって構わん」という、個人の人権を無視した種の生き残り戦略 ――「生存本能」です。

 私たちが生物であること、それ自体が、「痛み」を常に最大限発揮できる状態として常にスタンバイしているのです ―― 頼みもしていないのに。

 しかし、このような「『痛み』システム」に対して、私たち人類も座していた訳ではありません。以下は、その闘い方をまとめたものです。

 「患部を治癒する」ということが、この「『痛み』システム」の狙いでしょうが、全てのケガや疾患が、一瞬で治癒できる訳ではありませんし、完治できないものだってあります。

 それらに対して「痛み」を与え続ける、この低能システムは、反人道的なシステムと言えます ―― まあ「本能」に「人道」を説いても無駄ですが。

 人類は、これらのシステムの一部を「壊す(例:神経ブロック療法)」や「だます(例:アヘン成分を含むモルヒネなど)」などの対抗措置を取ってきましたし、実際のところ、肉体には、過度な痛みを抑制する機能も(一応)用意されています(疼痛抑制システム)。

 この疼痛抑制システムで、興味深い理論が「ゲートコントロール理論」です ―― 『痛いの痛いの飛んで行けー』と、患部をさすることで痛みが緩和される「あれ」です。

 これ、理論としては簡単で、痛みの信号の通過地点(患部)をさするとで、痛み信号のゲートが閉じる(信号線が遮断される)というものです(現在も検証が続けられています)。

 さらに、この理論を応用して、別の部位に、通電デバイスを使って、痛み(と認識できる前のギリギリの痛み)を発生させることで、その痛みを緩和させる(忘れさせる)という治療法(経皮的電気神経刺激法)も開発されました。

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