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» 2020年03月25日 11時30分 公開

世界を「数字」で回してみよう(62) 番外編:ある医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる現場の本音” (8/10)

[江端智一,EE Times Japan]

日本人の理性を信じるべきですか?

 ともあれ、「咳をしたら非国民」「風邪症状があるなら家にこもれ」という行動を制限する圧力が、「咳をするなら病院に行け」「外出するなら検査が陰性を確認してから」という圧力へ変化することは直感的に「かなりヤバイ」と思うのです。

 では、ここから、これがどういう風に「かなりヤバイ」のかを、ステップに分けて具体的に説明します。

(Step.1)現時点で、COVID-19が指定感染症になり、「軽症でも公費で強制入院させることができる病気」になってしまいました(ちなみに、過去、指定感染症は、「全例入院させる」という対応が普通でした)

(Step.2)なので、医師への「たとえ重症で無くてもCOVID-19患者を入院させなきゃいけないかなぁ……」という心理的な圧力が高まっています(「大阪方式」や「韓国方式」では、軽症は病院以外で隔離して医療資源を消費しないように工夫を凝らしているようですが、選別する人はストレスにさらされます)

(Step.3)「大阪方式」や「韓国方式」でも一定確率で選別ミスにより死亡する症例が必ず含まれるので……。人殺しの烙印と訴訟リスクから逃れるために、システマチックに選別するとなると、やはり相当数の陽性患者が病院に流れてきそうです。

(Step.4)さらに、検査数が増えるに従って偽陰性症例も増加します。企業が、陰性と判断された従業員や自分を2週間休ませることができるでしょうか ―― できないでしょう。彼らは誤った陰性判断(実際には感染ポジティブ)をされて、企業内、通勤電車内にCOVID-19ウイルスをばらまき続けることになります。

 個人的には、サンプリング調査として「重症肺炎中のCOVID-19患者の割合をモニターする」「医師のPCR実施の判断を固定する」など条件を一定に保つことで、流行の状態はある程度把握できると思っています。

 しかし、今まで検査を自由に受けられるという世界でも特殊な環境に慣れきってしまっている日本の市民にとっては、自分の自由意思で検査が受けられない現状は相当なストレスだと思います。

 私が「一個の人間」を「統計上のサンプル」として表現したことは、江端さんはじめ理系エンジニアの皆さんならギリギリ理解してくれるかもしれませんが、一般の人には受け入れられないかもしれません。

 われわれ医師は「自分自身を統計上の一個のデータ」として取り扱う/取り扱われることに慣れきってしまっています。「5年後に〇%生存」などと軽々しく言いますが、一般の方々にとって自分の命の結果は常に0か1なわけです。

 医師としての私は、「重傷者、肺炎患者を中心に検査している現在の状況」を支持しますが、やっぱり検査制限は隠蔽(いんぺい)っぽい印象を与えているのかもしれませんし、ぶっちゃけ、隠蔽の意図はあると思います。

 全数検査が正しくプラスの作用を発揮できるかどうかは、前に記した「社会的コンセンサス」が短期に市民に浸透するかどうか……つまりはどれくらい日本人の理性を信じることができるかどうかで決まります。

 しかし、トイレットペーパーやマスクが売り切れるニュースを見て、私は「こりゃダメだ」と思いました。

欧米などでは、スーパーマーケットの棚が空になる事態が続いた(写真はイメージです)

 多分、政府も諦めています。ヨーロッパにあふれている「一歩間違えば大混乱」の実例を見ると、全数検査をするなら

  • 「超大量の軽症者の施設隔離」が実施可能となり、
  • 「検査陰性の有症状者の自宅隔離と生活保障」のコンセンサスが雇い主である企業と社会に構築された、

その後に行うべきと思います。

 どうでしょうか。

 日本政府は、そしてわれわれ医療従事者は、日本国民の理性を信じるべきでしょうか? 江端さんは集団としての日本人の理性を信じていますか?


 賭けるのは、ハイリスクである高齢者の命です。



 以下は、私の邪推ですが記載しておきます。

(邪推1)厚生労働省は、良い意味で「国民不在」「官僚主導主義」「民意よりも理論」「財務省のいいなり」「事なかれ主義」(決して悪口ではないつもり)です。ですので、厚生労働省の「大衆の正義へ迎合する可能性」は、そこまで心配しなくても大丈夫(安心)だろう。

(邪推2)加えて、与党、野党、官僚党の三党政治は、陽性者数を明らかにしないためにも、検査の拡大阻止に傾くだろう(例:『実は、ちゃんと調べたら、日本の感染者数は10万人を超えていました』などの報告が出れば、東京オリンピック2020は、即時中止決定となるでしょう)

 最近、政府は検査件数の増大方向に舵を振りましたが、これも大票田である日本医師会からの要請に屈しきれなかったのではないかなぁ、と、勝手に考えています。あるいは、国内世論および国際圧力のせいかもしれませんし、厚労省の理性的な判断かもしれません。実際は分かりません。

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