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» 2020年07月31日 11時30分 公開

踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(4)量子コンピュータ(4):1量子ビットを制御してみよう (6/8)

[江端智一,EE Times Japan]

見事な手法で冷やす「ドップラー冷却」

 ここで重要なことは、なぜ量子が光格子に捕捉されるのか、ということです。これは光格子に量子井戸(前回ご参照)のような、エネルギー障壁がある訳ではなく(というか、光格子には壁はない)、レーザーで量子を冷却しているからです。

[Tさんツッコミ!]光格子にエネルギー障壁はあると思います。光の干渉縞(定在波)でポテンシャルを作っています。このエネルギー障壁をコントロールしていて、量子のトンネル効果のシミュレーションが可能となります。

 その冷却温度たるや、実に絶対零度まで、あと0.000000001(10億分の1)℃という、すさまじい低温です(前回の、3He-4Heの混合得体方式では、絶対零度まで、あと0.05℃だったことを考えると、超絶な低温であることが分かります)。

 レーザー冷却では、冷蔵庫を一切使いません。6本のレーザー光のみで、これを実現しているのですが、なぜこんなことが可能であるのか ―― 実は、「熱」というものの本質が「運動」だからです。

 熱とは、分子の運動エネルギーです。物質の状態には、固体,液体,気体の3態があり、いずれの状態でも分子が動き続けることで熱が発生します。電子レンジは、物質に含まれる水分子を強制的に振動させることで、物質に熱を発生させています。

 とすれば、分子の運動を力づくで止めれば、分子は熱を失うことになり、完全に止めてしまえば、絶対零度の状態にできる訳です。別に、冷却装置に放り込まなくても良いのです。

 これを実に見事な方法で実現する方法の一つが、ドップラー冷却です。

 この冷却対象の量子は、「光子」でも「電子」でもなく、「原子(イオン)」です。原子のエネルギーは、量子ごとにきまったとびとびの値を持ち(前述のフェルミオン)、それらの差に相当するエネルギーを持つ光を、放出したり吸収したりし、原子の運動量も変化します。

 例えば、吸収線の周波数ω0を持つ原子があったとします。ここでレーザー光は、ω0よりわずかに低い周波数(ω)を持つものとすると、この光は、原子の運動によるドップラー効果により、ω+kv(≒ω0)となります。

 すると、この原子は、周波数ω0の光を進行方向(前方だけ)から喰らうことになり、その光を吸収することで、進行方向の動きが妨害されることになります。一方、後方のレーザー光の周波数は、逆に、ω-kvとなり、w0から遠ざかることになるので、後方からは妨害を受けません。

 つまり、レーザー照射を3次元方向の両端6カ所から行うことによって、この原子は、どこに動こうとしても必ず動きを止められる、ということになります。

 さらに、磁気光学トラップ方式は、この方式に不均一な磁場を電子に加えて、磁場の力も加えて、原子に光の吸収と放出を繰返しさせながら、空間のある一点に封じ込めて、冷却を行うことができます。

 ドップラー冷却は、取りあえず原子の動きを止めるだけですが、これに磁場を加えることによって、位置に応じた磁場の変動が発生し、レーザー吸収にアンバランスを発生させることができます。

 これをうまいこと調整すると、コイルのど真ん中あたりに原子を集めることが可能となり、結果として1億個以上もの原子をトラップして冷却することが可能となります ―― 空中に浮かぶ、限りなく絶対零度まで冷やされた原子群の完成です。

[Tさんツッコミ!]実際には他にも冷却法がありそれらを組み合わせて冷却原子実験が行われているようです。

どうやって制御するのか

 では、この空中に浮ぶ冷却原子を使う量子コンピュータの制御の説明をします。

 論文を読んでいる限りは、こんな感じのようです。

(Step1)原子を空中に一列に並べる。

(Step2)並んでいる原子それぞれに、制御に必要な分の、レーザー光を打ち込む

 詳しいことは割愛しますが(もうこれ以上、数式を書き出して理解するのがツラいので)、論文に並んでいる数式を眺めている限り、前半でお話した「クラッチ(位相)をセットしたのち、運転手を目隠ししたまま、自動車のアクセルを踏む(レーザー光を所定の時間照射する)」のと同じ制御のようです。

 「冷却原子を使った量子コンピュータ」をざっくり纏めますと、(1)量子を空中に固定し、(2)空中で量子ゲート制御する、ということになります。さらに、これは、「量子の振る舞いを利用した量子コンピュータ」ではなく、「量子そのものを直接使う量子コンピュータ」です。


 冷却原子気体の雲の中に作られる量子コンピュータ ―― この量子コンピュータだけが、「クラウドコンピュータ」と呼ばれる資格のあるコンピュータです。


 一方、この量子コンピュータには、量子ゲートの制御の時間が長いという欠点もあるそうですが、これは、この方式に限ったことではないと思いますが、どんなデバイスを使おうとも、量子ビットの数が増えれば、量子ゲートを制御する時間も増えます。

 ところが、量子ビットの量子状態(“0猫”と”1猫”の併存時間)は短いので、その時間内に全部の量子ビットの量子ゲート制御を完了させなければなりません(古典コンピュータなら、どんなにチンタラやっても、情報が消えてなくなることは(めったに)ありません)

 その他、量子が光格子から抜け出す、とか、原子のエネルギー準位に合うレーザーを沢山準備しておかなければならないなどの問題もあるようです。



 では、今回の内容をまとめます。

【1】最近、出てこなくなった「ブロッホ球」について、再度検討をして、(私の場合)何時間眺めていても、そこから量子状態をイメージすることができませんでした。(私の場合)「ブロッホ球」とは、1ビット量子状態を「長さ1のベクトルを2軸でグルグル回す球面体の式」という理解で諦めました

【2】量子コンピュータって"IF 〜 THEN 〜"を使えるのか?」というテーゼを立ち上げて、そこから古典コンピュータのアーキテクチャと、現時点の量子コンピュータのできる計算手法を説明しました。結果として、現時点では、量子コンピュータは、まだ、ALU(算術論理演算装置)の一部が実現できる程度のレベルであることを示しました。

【3】また量子コンピュータの計算とは、量子ビットを最初の場所から1mmも移動させることなく、デバイスを冷却し電場や磁場にさらすことで実現する「量子ゲート処理」そのものであることを説明し、さらに量子ゲートを使った計算の方法(の概要)を図解しました。

【4】代表的な1ビット量子ゲートの動作の概要を説明し、その制御方法が、量子状態にある量子を観測しないで行なう「運転手を目隠ししたまま、自動車を運転させる」ことと同じものであることを、説明しました。

【5】現時点での、量子ビットを実現するデバイス(特に私の誤解を含めて)をザックリと紹介し、詰まるところ、"0猫"と"1猫"を作って、それらを量子ゲートで制御できて、最終的には観測できれば、「冷やす/冷やさない」などは、どーでもいいことである、と纏めました。

【6】量子の振る舞いが知りたければ、似たような量子を使ってみればいいじゃない?」という発想に基づく、量子シミュレーションの紹介と、そこで必要となる「レーザー冷却方式」について概要を説明しました。

【7】最後に、冷却原子を使った量子コンピュータの制御方法と、その長所と短所を解説しました。

 以上です。

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