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「米国に売られたケンカ」は買うしかない? 絶体絶命のHuaweiに残された手段とは湯之上隆のナノフォーカス(30)(5/5 ページ)

» 2020年09月15日 10時30分 公開
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米国に売られた喧嘩を買う覚悟はあるか

 米商務省が、米国製の設計ソフトや米国製の製造装置を使って製造した半導体の禁輸措置を緩和しない限り、Huaweiのスマートフォン、クラウドサービス、通信基地局など、ハードウェアに依存するビジネスの継続は不可能である。

 では、Huaweiが生き残る道は無いのか? 筆者が一つだけ考えついたのは、Huaweiが保有している膨大な数の特許を活用したIPビジネスである。ただし、このIPビジネスを行うに当たっては、「米国に売られた喧嘩を買う」という不退転の覚悟が必要となる。

 というのは、特許の独占権を行使して、そのライセンス料を請求するわけだから、さまざまな国の多数の企業に特許戦争を仕掛けることになり、数多くの裁判を戦うことになるのは間違いないからだ。

 しかし、そのようなIPビジネスが成立するのだろうか? 筆者は、少なくとも日本に1社、約40年間、特許の権利行使だけで利益を上げ続けてきた企業を知っている。それは、筆者が日立製作所を退職した後、2002年10月〜2003年3月までの半年間在籍した半導体エネルギー研究所という会社である(ただし、入社後約2カ月で社長と衝突し、「明日から来ないでくれ」と言われたため、実質的に在籍したのは3カ月程度である)。

半導体エネルギー研究所とは

 半導体エネルギー研究所は、山崎舜平氏が1980年に創業した会社だ。この会社は、半導体やパネルなどの研究開発を行って、特許権を取得し、主としてその権利行使によって得られる特許権料によって約40年間、企業活動を継続してきた(筆者が入社した当時は社員約280人、2011年に778人になったが、現在はHPに社員数の記載が無いので何人いるかは分からない)。

 社長の山崎氏は2004年に、3245件の特許を取得したとしてギネス世界記録の認定を受けた。第2位は米国の発明王エジソン(1847年〜1931年)の2186件であるから、山崎氏の記録はエジソンの約1.5倍である。山崎氏は、その後もギネス記録を更新し続けており、2011年に6314件、さらに2016年には何と1万1353件まで記録を伸ばしている。

半導体エネルギー研究所のビジネスモデル

 半導体エネルギー研究所のビジネスモデルは次の通りである。この会社は、2016年に少なくとも半導体やパネルなどに関する1万1353件の特許を保有している。そして、同社は、世界の半導体メーカーや電機メーカーの最新の製品を常に監視している。

 例えば、Intelが新しいプロセッサをリリースしたとしよう。すると半導体エネルギー研究所はすぐに、これを入手して、リバースエンジニアリングを行う。リバースエンジニアリングとは、製品を分解・分析して、製造プロセスや設計情報を導き出す手段である。

 実際に、パッケージからチップを取り出し、そのチップの断面を電子顕微鏡写真に撮る。さらに、ウエットエッチングで一層ずつ膜をはぎながら、断面の電子顕微鏡写真を撮りまくる。このようにすると、デバイス構造およびその製造プロセスは、おおむね解明できる(現在、TechInsightsがそのような解析サービスを行う調査会社としてよく知られている)。

 このようにして、チップ断面の電子顕微鏡写真が撮れた段階で、半導体エネルギー研究所が保持している1万1353件に上る特許がどこかに使われていないかを探るのである。

 筆者も、何度かこのような電子顕微鏡写真を観察させられた。その場で、例えば、「この微細加工技術には、半導体エネルギー研究所のこの特許が使われている可能性が高い」と判断したとする。すると、特許部は、即、Intelを訴えるのである(詳細は拙著記事をご参照ください→JBPRESS、2011年7月27日)。

 このような、IPビジネスにより、半導体エネルギー研究所は約40年間、企業活動を行ってきた。その間、特許権料の取得を巡って、裁判になることも多々あったと思うが、この会社はほとんどのケースで勝利してきた模様だ。そして、この会社のビジネスモデルは、Huaweiにとって生き残る道を示していると考えられる。

Huaweiが生き残る唯一の道

 米商務省によるHuaweiへの禁輸措置の厳格化がエスカレートしている現状を考えると、米国とHuaweiとの間の穏便な和平交渉はあり得ないように思う。

 従って、筆者がHuaweiのCEOなら、まず、「米国に売られた喧嘩を買う」覚悟をする。その上で、世界最多を誇るPCT国際特許と5G関連のSEPを振りかざして、敵対国家に所属する全ての企業に特許戦争を仕掛けるだろう。それしか、生き残る道は無いと思うからだ。

 この方法では、ますます米中ハイテク戦争が激化するという批判もあるだろう。しかし、この(考え方によっては理不尽な)ハイテク戦争を仕掛けてきたのは、紛れもなく米国政府である。

 生き残るためには、あえて戦わなければならない時もある。Huaweiにとって、今が、まさしくその時ではないのか?

(次回に続く)

⇒連載「湯之上隆のナノフォーカス」記事一覧


筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。


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