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» 2020年09月29日 12時30分 公開

踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(6)量子コンピュータ(6):ひねくれボッチのエンジニアも感動で震えた「量子コンピュータ至高の技術」 (1/9)

いよいよ最終回を迎えた「量子コンピュータ」シリーズ。フィナーレを飾るテーマは「量子テレポーテーション」「量子暗号」、そして、ひねくれボッチのエンジニアの私さえも感動で震えた「2次元クラスター状態の量子もつれ」です。量子コンピュータを調べるほどに「この技術の未来は暗いのではないか」と憂うようになっていた私にとって、2次元クラスター状態の量子もつれは、一筋の光明をもたらすものでもありました。

[江端智一,EE Times Japan]

「業界のトレンド」といわれる技術の名称は、“バズワード”になることが少なくありません。“M2M”“ユビキタス”“Web2.0”、そして“AI”。理解不能な技術が登場すると、それに“もっともらしい名前”を付けて分かったフリをするのです。このように作られた名前に世界は踊り、私たち技術者を翻弄した揚げ句、最後は無責任に捨て去りました――ひと言の謝罪もなく。今ここに、かつて「“AI”という技術は存在しない」と2年間叫び続けた著者が再び立ち上がります。あなたの「分かったフリ」を冷酷に問い詰め、糾弾するためです。⇒連載バックナンバー

なぜか引っ掛かったニュースリリース

 量子コンピュータの連載から、既に半年 ―― 量子論に対する知識のない状態からの、量子世界の不気味さ、気持ち悪さ、非常識さは、リアル(Real)な意味での「Re:ゼロから始める異世界生活*)」と言えます。

*)知った風に書いていますが、私、この超有名アニメをちゃんと視聴していません。これからフォローします。

 量子コンピュータは、異世界の「魔法」や「呪い」のような超常現象を、現実世界に持ち込んで「使い倒そう」という試みに近いものです ―― いや、本当に、アニメの中の「魔法」や「呪い」の方がラクじゃないかと思えるほどです。

 私は、この異世界(量子世界)における「魔法」とは「量子重ね合わせ」であり、「呪い」とは「量子もつれ」であり、そして、その異世界が「確率だけで支配されている」という事実に、眩暈(めまい)すら覚えます ―― 本当に、気持ち悪いです。

 量子コンピュータとは、日常では観測できない、異世界の「魔法」と「呪い」を、本気で使い倒そうと試みる、壮大なプロジェクトです。

 ですから、量子コンピュータについて、本気で調べれば調べるほどに、

―― 量子コンピュータの未来は、暗い

という気持ちになってきます。

 そもそも「魔法」や「呪い」は、それ自体が非常識なものなのに、それを計算機の構成要素として組み込もうとしているのですから、その難しさはハンパではありません。

 前回のコラムでも記載しましたが、

  • 量子コンピュータは夢ではなく悪夢である」(セルジュ・アロシュさん フランスの物理学者でノーベル物理学賞受賞者)
  • 量子コンピュータ100年プロジェクトではなく、1000年プロジェクトである」(チャールズ・ベネットさん ランダウアーの原理の提唱者)

[Tさんツッコミ!]前回見過ごしてしまいましたが、ランダウアーの原理の提唱者はランダウアーさんなので、ベネットさんは「量子暗号の提案者」などがよいと思います。

とかいう、著名な物理学者のコメント、そして、

実験用の量子コンピュータのビット数が50個くらいの現在であって、実用的な計算を行うには、6000個とか、4億5000万個が必要になるとか ――

 そんな話ばかりを拾っていれば、まあ、暗い気持ちになるものです。



 先月は「量子もつれ」のお話をしました ―― もつれ状態にある量子対の一方の量子の状態が確定すると、光の速度を無視して、他方の量子の状態も同時に確定する ――という現象について、コラム中で「気持ち悪!」と連呼し続けていました。

 で、今月は、量子コンピュータでは、この「量子もつれ」を、どのように使っているのだろう、ということを、ずっと調べていました ―― ですが、見つからないのです。

 HゲートとCNOTゲートを組み合わせると、「量子もつれ」状態の2量子ビットを作れるのは分かったのですが、それって何に使うのかが、全然見つからないのです。

 『なんなの? これって、量子ゲートによって、気持ち悪い量子対を製造できる、というだけの話?』と、無力感に打ちひしがれていたとき、このニュースリリースを目にしました。

 最初に、このニュースリリースを読んだ時、ムカムカしたのを覚えています。特に私を不愉快にさせたのは、「従来の限界を克服する、あらゆる量子計算を実行できる」というフレーズでした。エンジニアとしての私は、このような、フレーズが死ぬほど嫌いなのです。

 「あらゆる量子計算」ができるなら、その一例でいいから、その計算の内容の方をニュースリリースに書きやがれ!と憤怒していました。

 しかし、何か引っ掛かるものを感じて、このニュースリリースを何回も読み直し、そして、「2次クラスター状態」の絵を見直している時に、『あーー! そういうことかーーー!!』と叫んでいました。

 背筋がゾクっとしました。「これ、ものすごい発明じゃないか?」「何で、もっと騒がれていないんだ?(関連記事:「どんな量子計算も実行できる量子もつれ、東大が実現」」と、頭の中に『?』がポコポコと現われてきました。―― まあ多分、この研究開発の成功の意義を、私と同じように、多くの人も理解できなかったのだろうと考えています。

 ぶっちゃけ、「グーグルの量子コンピュータ、従来型PCよりも「1億倍高速」と発表*1)なんぞ、私は目もくれませんでした(実際、調査すらしていません)。

[Tさんツッコミ!]*1)この記事は、Googleが導入したD-Wave Systemsの量子コンピュータ(量子アニーリング)の記事ですね。

 なぜなら、私たちエンジニアは、「1億倍高速」が都合よく出現する問題を作り出し、そのデータ(これをチャンピオンデータという)をゲットするのが仕事の一つでもあり―― つまるところ、私も「そちら側」の人間だからです。

 ちなみに、私が調査するまでもなく、この「1億倍」については、IBMが反論を出しています*2)

[Tさんツッコミ!]*2)IBMが反論したのは、上記のアニーリングに対してではなくて、量子超越性論文の方です。

 そもそも、この手の数値(1億倍だの、1万年だの)を使ったニュースリリースは、反論までがワンセットです。これは”予定調和”であり、”定型フォーマット”であり、”お約束”であり、”様式美”なのです。

 しかし、夢みる世の中の多くの人とは違い ―― ”1億倍”だの、”1万年”だのという数字ごときで、私のような、ひねくれたボッチのエンジニアをだますことはできません

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