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» 2020年12月25日 11時30分 公開

踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(9)ブロックチェーン(3):日本最高峰のブロックチェーンは、世界最長を誇るあのシステムだった (5/10)

[江端智一,EE Times Japan]

ビットコインの「信用」とは何なのか

 さて、ここまで「暴力装置を根拠として、国家が存続することを前提とした法定通貨」と、「債権の複雑なリンクによって「人為的な信用」で構成されたクレジット市場の債権」について説明をしてきました。

 では、ここからが本論です ―― 「ビットコインの信用とは何なのだ?」ということです。

 このネタ、前回もやったので、ちょっとしつこい感じがしますが、今回で最後にしますので、もう少しだけお付き合いください。

 まず、読者意見で多かったのが、「ビットコインはデジタルゴールドである」の話ですが、これは、前回の冒頭で私が問題提起した「ならば、江端が自分で作る*)『エバコイン』もデジタルゴールドか?」に答えてもらえていないように思います。

*)エバコインが、技術的に可能であることは、前回の「ビットコインの運命 〜異常な価値上昇を求められる“半減期”」で示しています。

 そもそもゴールド(金:原子番号79)は、単体で産出されるため精錬の必要がなく、装飾品として利用されてきた美しい金属であり、絶対に錆びたり朽ちたりしません。高温で溶けはしますが別の物質に変質することはありません。加えて、工業用品として利用可能で、使用後には回収もできます。

 そして、金(ゴールド)の総量は絶対的な意味において有限です。地球に埋蔵されている以外には存在できないからです。なお、核分裂反応で水銀を金にすることは可能らしいですが、全然ペイしないので考えなくて良いようです。

 比して、ビットコインは、江端でも作れます。江端がエバコインA、エバコインB、エバコインC……と無限に作り出すことができます。エバコインでなくても、仮にビットコインのアルゴリズムの変更が、世界中で合意に至れば、生成量は、明日にでも10倍にでも100倍にでもできます。しょせんは「1000101010101……」と記載されているだけのデジタルコードです。見たって美しくも楽しくもなく、手に入れたいという気持ちは1mmも生じません(少なくとも私は)。

 装飾用にも使えないし、工業用品にも利用できるものではありません。ローカルPCに格納していてHDDが飛ぼうものなら、ビットコインは全部パーです(まあ、ローカルのHDDに保有している人は、少数だとは思いますが)。

 私としては、github.comから、bitcoinのプログラムをダウンロードして、起動して、エバコインを作って、バイナリ列の16進数表記をダンプしてコンソールで見た『あの瞬間に、興味を失った』と思うのです。



 前半最初の検討で、「人為的に強制リンクした債権ポートフォリオの信用がヤワなもの」であることが分かり、やはり「貨幣(法定通貨)の信用のバックボーンは、ジャイアニズム(暴力)である」ことを再認識するに至りました。

 従いまして、本シリーズの前回の2回で主張してきた、「貨幣の信用の根拠は、その著名性にある」との私の説が著しく後退したことは認めます。

 加えて、通貨の信用を獲得するためには、警察や自衛隊、そして米国との安全保証など、膨大なコストがかかっていることも分かってきました。どんな貨幣であれ、その発生と運用には金がかかる ―― これも認めます。

 ただ、そうなると、これまでと全く逆の論旨にすり替わってしまうのです。それは「ビットコインにジャイアニズムはあるか?」「ビットコインに、暴力装置に匹敵するコストがかかっているか?」です。

 もちろん、この質問に対する答えは“No”でしょう。“No”であるからこそ、ビットコインには意義がある、という主張もできます。

 しかし、そういう話になると、(これは逆方向からのアプローチで、甚だ卑怯なアプローチであることは分かっているのですが、)私は尋ねたくなるのです。

 「電気代と制御コンピュータ(ボードコンピュータ)程度のコストで生み出された1と0からなる通貨に、信用が化体するのか」 ――です。

 もう少し丁寧に、私の疑問点を詳解してみます。

 つまるところ、これは「与信」の問題なのです。ぶっちゃけ、私たちは「人の姿を見て、声を聞いて、仕事の内容を理解する」以外に、信用する手段を持ち得ないのではないか、という、極めて原始的な問いかけです。

 上の図で言うと、信用を発生させる”モノ”や””ヒト”(例えばゴールド(金)、あるいは実体として存在する概念(例えば、国家権力)、加えて、信用を作る人たち(銀行員、オペレータ、商品設計者))を信じているのであって、「貨幣そのものを信じてはいないのではないか」という疑問です。

 クレジット市場において、現金が動いているところや、働いている人を見ることはできませんが、例えば、東京取引市場で働いている人の映像や、テレビ番組(例えば、「ガイアの夜明け」)とか、あるいは銀行窓口で対応してくれる人たちの働きぶりを見ることはできます。

 これは、以前2回で話をしてきた「著名性」とは違う話です。

 で、もし、「信用の根っこ」が”モノ”と”ヒト”であると仮定したら、ビットコインの取り扱いは一体どのようなものになるでしょうか? 結論からいうと「信用できるものは何もない」となります。

 私たちがビットコインで与信の対象とできるものは、3つしかありません。

(1)コンピュータ+電力
(2)マイナー(発掘者)
(3)文字列(バイナリ列)

です。

 「暴力装置」や「債権のリンクネットワーク」はありません。正直、この(1)〜(3)の、どれをどんな方法で信じていいのか、私には全然思い付きません。

 だって(1)コンピュータって、私にとっては、ただの「超高速の電卓*)」ですし(“知能”なんぞ乗る訳がないし)、電力は単なるエネルギーです。(2)マイナー(発掘者)に知り合いはいませんし(多くは外国の方のようですし)、(3)暗号化された1/0の羅列に興奮できるような性癖はありません。

*)関連記事:「へつらう人工知能 〜巧みな質問を繰り返して心の中をのぞき見る

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