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半導体は政治的駆け引きのネタ? 米国/EUの半導体巨額支援政策を考える大山聡の業界スコープ(39)(1/2 ページ)

連日、米国政府や欧州連合(EU)が半導体業界に巨額の支援を行うと報道されている。ただ筆者としては「何かヘンだ」と違和感を覚える。米国やEUの本当の狙いは他にあるのではないか、と勘ぐってしまう――。

» 2021年03月12日 11時30分 公開
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 米国のバイデン大統領は2021年2月24日、半導体の米国生産を加速させるための財源として370億米ドルの確保を目指す考えを示した。背景として、半導体の供給不足が米国内の自動車生産ラインを休止に追い込んでいることがあり、8つの州知事から半導体企業に増産を促すような書簡を受け取っていた。そして3月10日の日本経済新聞紙面で、「欧州連合(EU)も半導体の海外依存からの脱却を図り、域内生産シェア2割を目指す」と報道された。これらのニュースは、半導体不足が欧米など世界中で社会問題になりつつあるような印象を与えているが、筆者としては「何かヘンだ」と違和感を覚える。半導体不足は事実だし、自動車業界にも悪影響を及ぼしていることも間違いない。だが、なぜ米国で370億米ドルもの巨額な財源が必要なのか、なぜEUで2割のシェアが目標なのか。米国やEUの本当の狙いは他にあるのではないか、と勘ぐってしまうのだ。前回記事に引き続き、半導体不足がテーマになるが、筆者の率直な気持ちを述べてみたいと思う。

半導体不足を解消するために370億米ドル!?

 各種報道によれば、米大統領に書簡を出したのは、ミシガン、インディアナ、オハイオ、ケンタッキー、カンザス、サウスカロライナ、アラバマ、ミズーリの8州の知事。内容としては、半導体やその材料となるシリコンウエハーのメーカーが増産や「現在の生産分の一部を一時的に車載用半導体向けウエハーに振り向ける」よう米政府に対応を求めている、とのこと。これを受ける形でバイデン大統領は、「半導体」「電気自動車(EV)用蓄電池」「医薬品」、レアアースを含む「重要鉱物」の重点4品目の供給網を100日以内に見直す方針のようである。アジアなどの同盟国や地域と連携して、中国に依存しない調達体制を作ることが狙いらしい。

 そしてバイデン大統領は「半導体不足を解決するため、政権高官らに業界幹部と協力するよう指示した」とし「半導体の生産能力を確保するには370億米ドルが必要で、これについても推進する」と語った、というのだが、気になるのはこの金額である。

 世界半導体市場における2020年の設備投資総額は約1290億米ドルであり、このうち米国内での投資額は全体の10%程度と推定される。これではマズい、もっと米国内の半導体生産を強化すべきだ、という主旨は理解できる。だが、370億米ドルという金額は、現在の米国内における半導体設備投資総額の約3年分に匹敵する大きな額なのだ。もちろんこの中には、TSMCのアリゾナ工場建設に必要な120億米ドルへの補助金が含まれているだろう。だが、仮に120億ドルの全額を米政府が負担したとしても、まだ250億米ドル、TSMC新工場2つ分の資金が残っている。これを車載半導体の工場建設に使うのだろうか。筆者にはとてもそのようには思えないのだ。

 米国半導体メーカーの大手として、Intel、Micron、Broadcom、Qualcomm、Texas Instruments(TI)、NVIDIAの6社が世界シェア上位10社に名を連ねている。このうち自社工場を持つのはIntel、Micron、TIの3社。各社の2020年設備投資額は、Intelが142億米ドル(イスラエルなど米国外工場も含む)、Micronが79億米ドル(広島など米国外工場も含む)、TIが6億米ドル。この中で車載半導体に最も注力しているのはTIだが、250億米ドルものカネを支援されても使い道に困るだろう。

 つまり370億米ドルの用途には、半導体の米国内生産を加速させるだけでなく、何か別の大きな目的が含まれているはずなのだ。車載半導体の不足は、そのキッカケあるいは口上に使われている、と筆者は勝手に考えているのだが、いかがだろうか。

EU域内で半導体生産シェア2割!?

 先述した3月10日付けの日経新聞報道にしても、「EUが域内半導体生産シェア2割を目指す」としているが、これも突拍子もない目標値に見える。EU域内の半導体メーカーとして、STMicroelectronics、Infineon Technologies、NXP Semiconductorsなどがあるが、これらを中心とするEUの半導体メーカーの世界シェアは10%を割り込んでいる。2020年のEU域内における設備投資実績に至っては、世界全体の3%程度と推定される。これではマズい、もっとEU内の半導体生産を強化すべきだ、という主旨は理解できる。しかしながら、世界の2割シェアを目指すためには、TSMCなどの大手ファウンドリーを誘致しなければ到底実現しないだろう。NXPやSTMicroが車載MCUをTSMCに生産委託していることを考えると、EUとしては同社を域内に誘致したいところだ。日経新聞の報道によれば、EUがTSMCやSamsung Electronicsと接触しているとしているが、TSMCの欧州向け売上高は同社売上高の5〜6%と小さく、EU域内に量産工場を建設するメリットはほとんどない。Samsungにしても同様で、同社がEU域内に半導体工場を持つメリットなど見いだせないのが現状だろう。EUは具体的な設備投資額や政策については言及していないが、米国の370億米ドルと同じように、「広げた風呂敷の大きさ」の説明がつかない点で共通している。これについては、どう考えるべきだろうか。米中の覇権争い、EUとしてはデジタル分野における米中への依存脱却などを意識しているのだろう。半導体業界の現実において、今後どのようなことを想定すべきなのか。

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