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» 2021年03月22日 11時30分 公開

「コロナワクチン」接種の前に、あの医師が伝えておきたい7つの本音世界を「数字」で回してみよう(66)番外編(5/11 ページ)

[江端智一,EE Times Japan]

変異株がPCR検査をすり抜ける!?

 実は、変異株の発生は、新型コロナワクチンが完全に無効化される「かもしれない」という脅威ですが、もっと日常に直近の脅威があります ―― 「変異株がPCR検査をすり抜けてしまう」ことです。

 ところで、もう国民の全員が、言葉としては知っている「PCR検査」 ―― これが一体どういうものかは、意外に知られていません。今回は、少しその話をしてみたいと思います。

 PCR検査とは、ぶっちゃけて言えば、「電子顕微鏡でぼんやり確認できる程度の極小サイズの本の中(RNAの逆転写産物であるDNA)に、ある特定のキーワード(コロナウイルスのゲノム配列の一部)が“存在するか”か“存在しないか”を特定する」作業なのです。決してコロナウイルスそのものや、ウイルスRNAの全長の存在をチェックする物ではないのです。

 患者の検体からコロナウイルスを(光学顕微鏡などを使って)直接視認する方法なんてありません(そもそも、「ウイルスの分離に成功した/写真撮影に成功した」ことがニュースで大騒ぎになるくらいです)。

 では、どうすれば良いのか? もしその極小サイズの本が特定のキーワードを含んでいる場合、視認できる程度にまでコピペを繰り返して、メチャクチャな数に増やしてやればいいのです。

 そうですね、例えば、その本の冊数を、2の30乗(=10億7374万冊)くらいまで増やすことができれば、その本が“存在した”ことが、試薬の反応を介して、目(特殊なカメラ)で見ても分かるようになりますし、増やすことができなければ、その本は“存在しなかった”ことが分かります。

 今でこそ、PCR検査はかなり高速化されていますが、それでも一定の時間は必要です。それは、この“30回”もの“コピペの繰り返し”が必要だからです。

*)「これ考えた人、神か?」って思って調べてみたら、ケリー・マリスさんという方がPCR法の開発による功績で1993年にノーベル賞を受賞していました)(江端)。彼は神です(シバタ)。

 それで、先ほどのウイルス変異の話に戻りますが、ウイルスが変異してしまうと、このPCR検査にとっても、大変困ったことが発生するのです ―― 陽性反応が検出できなくなるのです。

 塩基(A,G,C,T)の1つだけで検出できなくなるものなのか? と思われるかもしれませんが(これは江端さんのようなコンピュータ屋さんの方が理解して頂きやすいかもしれませんが) ―― ダメです。全然ダメです。

 実際、がん細胞の発生は、この1塩基程度のゲノム(遺伝情報)のコピーミスで作られてしまうものなのです。それほど、コピーミスというのはデリケートなものなのです。

 逆に、プライマー設計部位の外に変異が発生した場合は、変異が無かった場合と同じようにウイルスを検出することができますが、「やれやれ、それならひと安心」とは行きません。「変異が無かった場合と同じように」ということは、単なるPCR検査では変異を検出できないということなのです。

 変異株のいやらしさの一端を理解して頂けたでしょうか(このPCR検査すり抜けウイルスについてさらに詳しいことを知りたい方は、付録Bを御参照ください)

 変異株というのは、オリジナルのコロナウイルスに関する分析を全部白紙に戻して、新たな対策(PCR用プライマーの選択やワクチンの設計、R0や死亡率の再検討など)を強いるのです。メジャーな変異が起こるたびにこれが第2、第3……と続き、人類への波状攻撃になる(かもしれない)のです。

 私たちは、ようやく、この「1回目」を乗り越えようとしているだけ ―― なのかもしれません。考えるだけで、気を失いそうな話ではありますが(この変異株について、さらに詳しく知りたい方は、付録Cをご参照ください)。

 ウイルス機能に影響を及ぼすもの、及ぼさないもの、ニュースになるもの、ならないものを含めて、この1年間で本当に多数(最低数万種)の変異型ウイルスが確認されてきました。日本語のニュースには取り上げられませんでしたが。

 前述した通り、感染者数が多ければ多いほどウイルスの変異のチャンスは多くなります(しかもDNAウイルスに比べてmRNAというのは変異しやすいです)。ですので、これから先の1年の変異出現頻度は、感染者数に比例して確率的に去年(2020年)よりも多くなります。

 きっと、来年(2022年)の今頃にはさらに多くの変異ウイルスとその性質(感染力、重症化率、ワクチン感受性など)が明らかとなり、それに対応するワクチンの開発が話題になっていると思います。

 また、世界から日本への変異型ウイルスの水際防止を完璧に阻止することは、事実上は不可能と考えるのが妥当だと思います。それどころか、「日本型」と呼ばれる変異株は、確率的問題で必ず出現します。SARS-CoV-2は「常に変化し続けるテロリスト」なのです。

 恐らく、1種類のワクチンを1回接種しただけで「めでたしめでたし」とはなりません ―― つまり、私たちは、現在進行中の国家総力戦である「1億2600万人、国民皆接種プロジェクト」を、これから何度も繰り返す未来を「想定内」とする必要があると考えます。

 これから先、内閣が「想定外」とすっとぼけようと、科学的には断固として「想定内」です。

 今はただ、「ワクチンのターゲットであるSARS-CoV-2スパイクタンパク質の変異パターン」に上限があることを祈りましょう。さすがに、無限回のワクチン開発とワクチン接種などという未来は、シャレになりません。

“ウイルスの立場”で考えてみる

 暗い話が続いたので、「ウイルスの立場になれば、それほど悲観的になる必要ないかもしれない」という、明るい未来のお話をしましょう。

 ウイルスにとって、人間は繁殖場のような物です。そして、この繁殖場は有限です。子孫を残すために、ウイルスは繁殖場の取り合いをしています。

 さて、考えてみましょう ―― コピーミスを起こしやすいウイルスと、コピーミスを起こしにくいウイルスがいたときに、どちらがより多く子孫を残せる=後世に生き残るでしょうか。 ウイルスの立場になって考えると、以下の4つについて言えそうです。

(A)コピーミスが無ければ、自分自身を完全な形で後世に残せます。しかし、全く変化しないウイルスは感染力も増殖力も一定ですし、いずれ人間の集団免疫によって遠い未来に絶滅します

(B)逆にコピーミスを起こしやすいウイルスではどうでしょうか? コピーミスが起こった場合、多くは不利益になる変異のために死に絶えます

(C)しかし、ごくまれに意味のある変異が含まれます。人間の免疫(≒抗体やT細胞)をくぐり抜けたり、感染力や増殖力をあげたりする変化は蓄積し、ウイルスは徐々に変化していくのです。

(D)ちなみに、毒性の強さは後世に残るウイルスの数にあまり影響が無いはずです。それどころか超強毒性のウイルスは繁殖場を減らしてしまう上に、目立って発見され、除去されしまう可能性が高まるため、ウイルスの生き残り戦略としては下策です。

 さて、上記(A)〜(D)を纏めて考えてみますと、ウイルスの進化の方向は、長期的に見たときには

(1)感染力を高める、と同時に
(2)「繁殖場である人間を減らさない」ように、そして
(3)「永遠に有用な繁殖場であるように免疫を回避する」=「終生免疫を得られにくくする」方向へ進化する

はずです。

 これが、現在生き残っているいわゆる「風邪のコロナ」です。それ故、超長期的には、COVID-19も同じような経過をたどるはず、と個人的には信じています。

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