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家電向けリモコン技術の主流が30年ぶり交代、赤外線方式からRF方式へ無線通信技術

現在、家電機器に向けた無線リモート・コントローラ(リモコン)のほとんどは、赤外線(IR)方式を採用している。簡素で経済性に優れているからだ。ただし赤外線リモコンは登場から30年もの年月が経過しており、技術的な限界が顕在化し始めている。そこで最近になって注目を集めているのが、赤外線の代わりに高周波(RF)の電磁波を使う、いわゆる「RFリモコン」である。RF方式を採用すれば、リモコンの利便性を高められるため、エンド・ユーザーにとってメリットが大きい。実際にRFリモコンの製品化も始まっており、半導体ベンダー各社がRFリモコンに向けた独自仕様の無線トランシーバ・チップを供給しているほか、機器メーカーを中心に結成された業界団体が無線仕様の標準化に取り組んでいる。

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 現在、家電機器に向けた無線リモート・コントローラ(リモコン)のほとんどは、赤外線(IR)方式を採用している。簡素で経済性に優れているからだ。ただし赤外線リモコンは登場から30年もの年月が経過しており、技術的な限界が顕在化し始めている。

 そこで最近になって注目を集めているのが、赤外線の代わりに高周波(RF)の電磁波を使う、いわゆる「RFリモコン」である。RF方式を採用すれば、リモコンの利便性を高められるため、エンド・ユーザーにとってメリットが大きい。実際にRFリモコンの製品化も始まっており、半導体ベンダー各社がRFリモコンに向けた独自仕様の無線トランシーバ・チップを供給しているほか、機器メーカーを中心に結成された業界団体が無線仕様の標準化に取り組んでいる。

 本稿では、赤外線リモコンと最新のRFリモコンを比較し、RF方式の技術的な利点を詳しく説明する。さらに、RFリモコンを実現する際に現時点で利用可能な複数の無線通信方式について、それぞれの利害得失を解説する。

赤外線方式は機能的に限界へ

 民生機器のリモコンに赤外線方式が採用されたのは、1970年代後期にさかのぼる。その当時、超音波を利用した無線リモコンが実用化されていたものの、コストが高い上に、信頼性や使用範囲、複雑性などの課題を抱えており、あまり普及していなかった。赤外線方式は超音波方式のこれらの課題を一挙に解決する、画期的な手法として登場したのである。赤外線方式は、コストと開発・利用の手軽さにおいてあまりにも優れた技術であったため、30年以上経った現在でも、全世界で出荷される家電製品の大半に使用されている。

 ところが最近になって、このように「長寿技術」であることが裏目に出始めた。すなわち、現在の最新家電機器に求められるようなマルチメディアやマルチメニュー、マルチファンクションへの対応が難しくなっている。これは無理からぬことである。赤外線リモコンは当初、テレビの音量調節やチャネル切り替えといった、ごく少数の機能について簡単な制御を施す用途を想定して開発されたからである。現在の家電機器が備える高度な機能を操作対象にすることは、まったく想定されていなかった。このため赤外線リモコンは、機器との通信速度が比較的低いため、例えばスクロール・ホイールやトラック・パッド、トラック・ボールなどの入力デバイスを使って実現する、「シームレス」なナビゲーション機能には対応できない。

 幸いなことに、ここ最近になってRF方式の実用性が大幅に高まっており、機器側の高度な機能に対応できるリモコンが実現されている。かつてRF方式は、高価で複雑度が高い上に、消費電力が大きく電池駆動時間を十分に確保できないと考えられていた。こうした課題を解決するめどがついたのである。RFリモコンの使い勝手を一度経験してしまえば、エンド・ユーザーはもう赤外線リモコンには戻りたくないと思うだろう。

 現在、RFリモコンに向けた無線通信方式としては、すでに利用可能なものと近々発表される予定のものを含めて複数があり、それぞれがRFリモコン市場の獲得を競っている。これらの無線通信方式は、いずれも免許不要のISM帯である2.4GHz帯を利用しており、大きく2つに分けられる。すなわち、半導体ベンダー各社が独自に開発したものと、業界団体が策定する標準規格に準拠したものである。

 前者としては例えば、ノルウェーNordic Semiconductor社が独自仕様のRFリモコン向け無線トランシーバLSIを製品化している。後者としては、近距離無線通信規格「Bluetooth」の普及促進を図る業界団体「Bluetooth SIG(Special Interest Group)」が、RFリモコンへの適用を視野に低消費電力規格「Bluetooth Low Energy」の標準化を進めているほか、機器メーカーが中心となって結成した業界団体「RF4CEコンソーシアム」が、短距離無線通信規格「ZigBee」が物理層とMAC層に使う「IEEE 802.15.4」を採用したRFリモコンの標準規格「ZigBee RF4CE」の策定に取り組んでいる。

マルチメディア時代のリモコンにはRF方式が向く

 RF方式のリモコン技術そのものは、決して新しいものではない。例えば1903年、スペインのレオナルド・トーレス・ケベード(Leonardo Torres Quevedo)は、パリ科学アカデミーで「Telekino」を発表し、フランス、スペイン、イギリス、米国で特許を取得した。このTelekinoは、無線送信した命令をロボットに実行させて遠隔操作するという技術だった。

 しかし、テレビをはじめとする家電機器のリモコンでは、赤外線方式が広く普及した(図1)。赤外線方式は簡素で安価な上、信頼性が高かったからである。ところが前述の通り、最新の家電製品において多機能化が進むにつれ、弱点が顕在化し始めた。最大の弱点は恐らく、通信速度(リフレッシュ・レート)が低いことである。このため例えば、テレビのEPG(電子番組表)で番組一覧をスクロールする場合など、同じコマンドを繰り返し送信する際に、コマンド間の時間間隔(レイテンシ)が長くなってしまう。赤外線方式では、通信状態が良い場合でもレイテンシは最短で75ms程度に達し、光干渉が発生して通信状態が劣化すれば110ms以上に延びてしまうことが多い。

図1
図1 赤外線リモコンの変調と復調の仕組み

 このようにリフレッシュ・レートが低くレイテンシが長いため、赤外線リモコンはスクロール・ホイールやトラック・パッド、トラック・ボールなどの入力デバイスを搭載できない。このため赤外線リモコンの多くはボタンだらけである。家電メーカーは機器のグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)を高度化し過ぎてしまうと赤外線リモコンがそれに対応できなくなってしまうため、GUIをごく基本的なものにとどめており、結果としてエンド・ユーザーの使い勝手をそれほど高められないという足踏み状態に陥っていた。

 これに対し、短距離通信に向けた2.4GHz帯利用の最新無線トランシーバLSIは、レイテンシが数ms秒台と短く、リフレッシュ・レートが高い。実際に8m〜16msのリフレッシュ・レートが求められるパソコン向けワイヤレス・マウスには、こうした無線トランシーバLSIが採用されており、低レイテンシを生かす好例といえる。こうしたワイヤレス・マウスでは、マウス操作をコマンド情報としてパソコンにRF方式で無線送信し、スムーズかつ素早い応答が得られている。

 シームレスなナビゲーションにより、家電メーカーは機器のGUIを劇的に変えることができる。家電機器の一元集約化が進んで、1台の機器に家庭内の音楽・映画・写真ライブラリを保存し、インターネットへのアクセスも可能になる流れの中、GUIの大幅な改善は喫緊の課題となりつつある。米Apple社の携帯型音楽プレーヤ「iPod」は、スクロール・ホイールを採用することでオーディオやビデオの大量のファイルをスムーズに操作できるようにした好例だといえよう。これと同様に家電メーカーは、リモコンにRF方式を採用することで、何十個ものボタンが付いた不格好な旧来型リモコンを、次世代家電を操作するための洗練されたインターフェースを備える小型装置に進化させることができる。

電池駆動時間も赤外線リモコン並みに

 赤外線方式は消費電力が低いという特長がある。ピーク電流がそれほど大きくないことに加えて、電池駆動時間のうちアイドル状態の時間が99.995%(ボタンを押す回数を1日当たり約50回と仮定した場合)を占めるほど、デューティ・サイクルが低いことが主な理由である。そのため通常は、単3乾電池2本で数カ月以上にわたって利用できる。

 2.4GHz帯を利用する最新の無線トランシーバLSIは、半導体ベンダーの独自仕様による品種であれ、Bluetooth Low EnergyやIEEE 802.15.4に準拠する品種であれ、消費電力を赤外線方式と同等に抑えている。消費電力を低く抑えられるのは、データを極めて短い時間で無線送信し、その後は直ちに低消費電力のスリープ・モードに戻るからだ。具体的には、送信時に数十mAのピーク電流が数百μs間だけ流れるほかは、消費電流がnA台と低いスリープ・モードが長時間続くことから、消費電流の時間軸に沿った平均値はμA台に収まる。一方で赤外線リモコンでは、赤外線LEDに駆動電流が数十mAを上回る品種を使う場合が多い。従って現在では、RFリモコンの方が赤外線リモコンよりも長い電池駆動時間を確保できる可能性があるといえる。

RFリモコンで機器の利用シーンが大きく変化

 RF方式の特長はほかにもあり、その中には家電機器の進化につれて重要性が増しているものもある。その1つは、通信可能距離が長く、エンド・ユーザーと機器の間に障害物があったり、機器が視界の外(見通し外)にある場合も操作できるということだ。

 例えば、リビング・ルームにテレビを置いてキッチンから視聴している場面を考えてみてほしい。現在の赤外線リモコンでは、テレビの受光部とユーザーとの間に障害物があったり、ユーザーの位置が受光部の受光角度の外にある場合は、ユーザーはテレビの前まで移動してリモコンを操作する必要がある。一方、RFリモコンが利用できれば、ユーザーはわざわざ移動することなく、キッチンから動かずにテレビを操作できる。さらには将来、別の部屋にメディア・センターなどを置いた場合にも、RFリモコンを使えば離れた部屋から操作することが可能になる。

 また、もう1つの特長は、双方向通信を実現しやすいことである。つまりテレビ用リモコンであれば、リモコンでテレビを操作するほかに、テレビからリモコンに向けて情報を送ることも可能だ。このためエンド・ユーザーは例えば、画像表示用モニターを備えたRFリモコンを使って、リビング・ルームに置いたテレビのEPG(電子番組表)を別の部屋から確認したり、テレビやレコーダが待機状態(スタンバイ)でも録画を予約したりできる。このように、RFリモコンならではの特長によって、家電機器とリモコンの利用シーンが大きく変化するだろう。さらに、後述するBluetooth Low Energy対応のRFリモコンが普及すれば、携帯電話機そのものにリモコン機能が搭載される可能性もあり、携帯電話機でもこうした利用シーンが可能になるかもしれない。

 このほかRF方式は、赤外線方式とは異なり、屋外などの利用シーンにおいて太陽光による外乱の影響を受けにくいという特長もある。従って、例えばカー・ナビなどの車載情報機器でも、RFリモコンは有用性が非常に高いといえる。

 このように、最新マルチメディア機器に向けたリモコンでは、RF方式の方が赤外線方式よりも優れていることは理解しやすい。しかし、すでに述べた通り、RFリモコンには現在、複数の無線通信方式がある。すなわち、半導体ベンダーの独自仕様のほか、Bluetooth Low EnergyやZigBee RF4CEなどの標準規格である。これらのうち最適な選択肢は、実際には機器の要件によって異なる。

 そこで以下に、各無線通信方式それぞれの利害得失を解説する。

独自仕様は採用しやすく性能も高い

 半導体ベンダーが独自の仕様で開発した無線トランシーバLSIは、エアコンの操作といった単純な用途から、豊富な機能を備えるマルチメディア家電機器の操作に至るまで、広い範囲に対応できる。こうした無線トランシーバLSIを採用すれば、RFリモコンを短期間で確実に開発可能である。

 こうした独自仕様品を使う場合は、機器メーカーの設計者は機器側とリモコン側に同じ品種の無線トランシーバLSIを搭載し、それらが互いに通信できることを保証するだけでよい。このため、特定の機器と特定のリモコンの組み合わせで両者の設計を最適化できる。これに対し、業界団体が定める標準規格に準拠する場合は、その標準規格に準拠するほかの機器との相互運用性も確保する必要があるため、特定の用途に向けた最適化は難しく、実際には妥協が避けられない。こうした理由から、半導体ベンダーの独自仕様に基づく無線トランシーバLSIは、RFリモコン市場で採用が始まっている。

 このほか半導体ベンダーの独自仕様は通常、標準規格に準拠した無線通信方式に比べて更新頻度が高いという特長もある。標準規格に準拠した無線通信方式は、改版が正式に承認されるまで数年間にわたって、実質上「凍結」されてしまう場合が多い。そのため一般に、独自仕様の無線トランシーバLSIの方が、標準規格に準拠した品種に比べて無線通信の主要特性がいずれも高い。

 RFリモコンに向けた独自仕様の無線トランシーバLSIの製品例としては、Nordic Semiconductor社の「nRF24LE1」がある。2.4GHz帯を利用するGFSK(ガウス周波数偏移変調)方式の無線トランシーバ回路のほか、8ビット・マイコン・コアやフラッシュ・メモリー、各種アナログ周辺回路を集積し、4mm×4mmの24端子QFNパッケージに封止した(図2)。

図2
図2 独自仕様の無線トランシーバLSIを使ったRFリモコンの参照設計の例

 ただし、こうしたハードウエア面はRFリモコンの構成要素の1つにすぎない。もう1つの重要な要素は、無線トランシーバLSIに組み込みソフトウエアとして搭載する無線通信プロトコル・スタックである。このプロトコル・スタックは、無線トランシーバ回路によるデータの送受信を制御するとともに、2.4GHz帯を利用するほかの電波発生源からの干渉などの環境的要因を管理する役割を担う。

 例えばNordic Semiconductor社は、RFリモコンに向けて最適化済みのプロトコル・スタック「Gazell」を提供している。このプロトコル・スタックは、従来型のボタン・リモコンのようにデューティ・サイクルが低い間欠的な動作モードでも、マウスのようにデューティ・サイクルが高い連続的な動作モードでも、対象とする機器の無線操作が可能な上、1対多接続を容易に実現できるため、複数の機器の操作にも対応できる。さらに、無線LANなど、2.4GHz帯を利用するほかの無線通信システムとの高い共存性を確保していることに加えて、消費電力低減の最適化も実現している。所要のメモリー容量が小さいという特長もある。

相互運用性の要求に応える

 半導体ベンダーの独自仕様の無線トランシーバLSIを採用する場合の短所としては、リモコンを設計する際に操作対象として想定した機器のほかは操作を保証できない点や、その半導体ベンダー1社が技術を専有しており、セカンド・ソースが無い点が挙げられる。これに対し、赤外線リモコンはさまざまなメーカーの機器を操作可能である。ただし、そのためには多くの場合、エンド・ユーザーが時間を費やしてリモコンに新しい操作対象へのコマンドを「プログラミング」しなくてはならない。

 一般的な機器メーカーの多くは、リモコンが対象機器に対してのみ使用されることを想定するため、相互運用性には関心がない。関心があるのは通常、価格に対して性能を最大限に高めることである。ここは半導体ベンダーの独自仕様の強みが発揮されるところだ。独自仕様は特定の用途に合わせた最適化が可能だからである。そのため、独自仕様は今後もリモコン分野でニッチ市場を確保し続けると予想される。

 一方で、これまで大手家電メーカーは、半導体ベンダーの独自仕様の採用を避けてきた。その理由は前述の通り、相互運用性を備えていないことや、1社の半導体メーカーが技術を専有しており、供給の先行きが不透明であることなどだろう。こうした大手家電メーカーは、相互運用性を確保することや、オープンな標準規格によって複数の半導体ベンダーが無線トランシーバLSIを供給できるような仕組みを重要視しているのである。

 標準規格に準拠したRFリモコンでは、エンド・ユーザーはわずか数秒の簡単な操作で1台のリモコンをさまざまな家電機器と「ペアリング」できる。例えば1台のリモコンで、テレビやDVDプレーヤ、オーディオ機器、ゲーム機などを操作できるようになる。このペアリングは対象とする機器ごとに固有であり、瞬時に(通常は30ms以内)確立される。前述した赤外線リモコンの「相互運用対応」とは異なり、煩わしいプログラミングは不要である。平均的なエンド・ユーザーの家庭には、6〜7個ものリモコンが転がっているが、これらを1個の高機能リモコンに置き換えられる。

 業界団体であるBluetooth SIGとRF4CEコンソーシアムはそれぞれ、相互運用可能な低消費電力の無線通信仕様でリモコン市場のニーズに応えようとしている。半導体ベンダーはこれらの業界団体に加入することで、各標準規格に準拠したRFリモコン用無線トランシーバLSIを製品化できるようになる。

Bluetooth低消費版でユニバーサル・リモコン実現へ

 Bluetooth SIGは、Bluetooth Low Energyと呼ぶ、Bluetooth規格の低消費電力版を策定中である。電源として腕時計などに使うコイン型電池を想定する。Bluetooth Low Energyの規格は2009年中にリリースされる予定であり、相互運用対応のRFリモコンに向けた専用プロファイルも早い段階でこの規格に取り入れられる見込みだ。

 Bluetooth Low Energyは、Bluetoothと同様に2.4GHz帯を利用する短距離無線技術であり、特長は消費電力が極めて低いことや、プロトコル・スタックのプログラム・サイズが小さいことが挙げられる。

 さらに今後は、既存のBluetooth規格に対応する無線トランシーバLSIにおいてBluetooth Low Energyにも対応する「デュアルモード」化が進むとみられているため、Bluetooth Low Energyのみに対応した「シングルモード」のトランシーバLSIは、そうしたデュアルモードのトランシーバLSIとシームレスに通信できるようになる。すなわち、Bluetooth Low Energy対応リモコンは、デュアルモードのBluetooth無線トランシーバLSIを搭載した機器と容易に通信可能だ。デュアルモードのトランシーバLSIには、Bluetooth Low Energyに対応する回路を新たに集積するほか、ソフトウエアを追加してBluetooth Low Energyとの互換性を確保する。ただし、このように単一のチップをデュアルモード化する手法を採るため、既存のBluetoothトランシーバLSIにBluetooth Low EnergyトランシーバLSIを組み合わせる2チップ構成に比べれば、追加の設計作業や、チップ面積やコストの増加はいずれも最小限に抑えられる見込みだ。

 こうしてデュアルモード対応のBluetooth Low Energyチップが実現すれば、Bluetooth Low Energyのみに対応した「シングルモード」の無線トランシーバLSIを搭載するあらゆる製品と通信が可能になる(図3)。シングルモード品は、低コストで小型かつ低消費電力の無線通信を実現するように最適化されるだろう。さらに、ソフトウエア・スタックには、相互運用可能なユニバーサル・リモコンに対する家電業界の要望に応えるプロファイルが用意される予定だ。なおBluetooth Low Energyではこのほかにも、ヒューマン・インターフェース・デバイス(HID)向けプロファイルや、腕時計や携帯電話機などの近接検出(プロキシミティ)向けプロファイルなどが早い時期に組み込まれる見込みである。Bluetooth Low Energyはオープンな標準規格として公開され、複数の半導体ベンダーから無線トランシーバLSIが市場投入されるように促す。すなわち機器メーカーは、複数の半導体ベンダーから無線トランシーバLSIの供給を受けられるようになる。

図3
図3 Bluetooth Low Energyでは、それのみに対応するシングルモードの実装と、Bluetoothにも対応するデュアルモードの実装のいずれも可能 図中の略号は以下の通り。L2CAP:論理リンク制御および適合プロトコル、HCI:ホスト・コントローラ・インターフェース、LM:リンク・マネジャー、LC:リンク・コントローラ、LL:リンク層

 Bluetooth SIGによると、Bluetooth Low Energyを利用すれば、リモコンを低コストかつ低機能の周辺機器として設計できるという。テレビやDVDプレーヤ、セットトップボックス、メディア・プレーヤなど、リモコンが操作対象とする機器をエンド・ユーザーが新たに購入すると、そうした機器がリモコンの動作を制御し、その機器自体の操作方法をリモコンに学習させることが可能だ。赤外線リモコンとは異なり、Bluetooth Low Energyを採用するRFリモコンは、安全かつ高速な双方向無線リンクを介して操作対象機器と接続できるため、こうした利用方法を実現できる。あるいは、Bluetooth Low Energyを搭載する将来の携帯電話機そのものが、こうした学習リモコンになるかもしれない。

 実際に、Bluetooth Low Energyに対応した無線トランシーバLSIの開発も進んでいる。例えばNordic Semiconductor社は、Bluetooth SIGにアソシエイト・メンバーとして参加し、Bluetooth Low Energyに向けて低消費電力の無線設計に関するノウハウを提供している。同社は、Bluetooth Low Energyのバージョン1.0規格に準拠したシングルモードの無線トランシーバLSIにプロトコル・スタックなどをまとめたソリューション「μBlue」を2009年下半期にも投入する予定であり、2009年4月に東京で開催された「Bluetooth SIG All Hands Meeting」で同製品の概要を発表済みである(図4)。用途によって異なるが、小型コイン電池で数カ月〜数年間もの動作が可能である。

図4
図4 ノルウェーNordic Semiconductor社の無線トランシーバ・ソリューション「μBlue」 Bluetooth Low Energyのバージョン1.0規格に準拠する。シングルモード無線トランシーバLSI「nRF8001」のほか、「μBlueプロトコル・スタック」や「μBlueデバイス・プロファイル」などを統合して提供する。なおこの無線トランシーバLSIは、同社としてはBluetooth Low Energy規格に対応する第1世代品であり、スレーブ側への組み込みに向ける。同社は2010年に、マスター側に向けた第2世代品を投入する予定である。これらはリモコンのほか、腕時計やセンサー端末などに使える。

ZigBeeを基にリモコン向けプロトコルを追加

 RF4CE(Radio Frequency for Consumer Electronics)コンソーシアムは、パナソニックとオランダRoyal Philips Electronics社、韓国Samsung Electronics社、ソニーの4社が2008年6月に結成した業界団体である。同コンソーシアムの発表資料によれば、その狙いは「赤外線リモコンなどの既存技術では実現できない先進的な機能性のニーズに応える」ことだ。その後、同コンソーシアムは2009年3月に、短距離無線通信規格であるZigBeeの普及に取り組む業界団体である「ZigBee Alliance」と提携すると発表した。ZigBee RF4CEと呼ぶRFリモコンの標準規格を策定する。

 ZigBee RF4CE規格は、ZigBee規格が物理層とMAC層に使う、IEEE 802.15.4準拠の2.4GHz帯無線技術に基づいている。すなわち、これらのハードウエア層の上位に位置するソフトウエア・プロトコル層を、リモコンに向けて新たに定義しているわけだ。すでに複数の半導体ベンダーがIEEE 802.15.4準拠の無線トランシーバLSIを供給中である。これらはRFリモコンにおいて無線ハードウエアとして利用できる上、低デューティ・サイクルの動作モードで利用する場合の平均消費電流をμA台に抑えており、電池駆動時間を十分に確保可能である。

 ZigBee Allianceは、ZigBee RF4CE規格のバージョン1.0を、センサー/コントロール・ネットワーク向けソリューション群に取り込む計画だという。ZigBee RF4CE規格は、ホーム・エンターテインメント機器や車庫開閉用リモコン、キーレス・エントリー・システムなど、幅広い用途に向けて設計されている。このプロファイル仕様が公開されれば、ホーム・エンターテインメント機器で双方向のやりとりや双方向の制御が可能になる。なおIEEE 802.15.4準拠の機器は、DSSS(Direct Sequence Spread Spectrum:直接シーケンス・スペクトラム拡散)技術を採用することで干渉耐性を高めている。

RF方式の勝者を予想する

 赤外線方式に対するRF方式の優位性を考えれば、最低価格帯のリモコンを除けば、すべてのリモコンにおいてRF方式が主流になることは確実である。ただし、これまでに延べた通りRF方式にも複数の選択肢があり、赤外線方式を置き換える技術としてこれらのうちいずれが最も普及することになるのかは、現時点では分からない。

 RF方式のうち、半導体ベンダーの独自仕様によるものは、「性能とコストが最も重要であり、相互運用性はそれほど重要ではない」という、リモコン市場の中では比較的ニッチだがそれなりに規模が大きい分野で今後も主流であり続けるだろう。しかし、相互運用性が重要視される分野については、先行きはそれほど明確ではない。

 仕様上は、Bluetooth SIGとRF4CEコンソーシアムはいずれも一定の技術水準を達成している。Bluetooth SIGがBluetooth Low Energyの細部を調整しているうちに、RF4CEコンソーシアムはハードウエア層に既存の標準規格であるZigBeeを採用したため、現時点ではRF4CEコンソーシアムがBluetooth SIGに一歩先んじた形になっている。ただしRF4CEコンソーシアム側は、無線通信プロトコルのリリース時期をまだ発表していない。

 またRF4CEコンソーシアムは、家電大手数社の支持を得ており、多くの半導体メーカーが無線トランシーバLSIを製造している。例えば、ソニーはすでにIEEE 802.15.4に準拠した無線トランシーバLSIを採用し、同社の独自プロトコル・スタックを搭載したリモコンを開発し、ハイエンドの液晶テレビとともに出荷している。ただし、ZigBeeの相互運用性に関する成績は、現在のところ「明暗まだら模様」と表現するのがよさそうだ。

 さらにZigBee RF4CEは、IEEE 802.15.4をベースにしていることから、データ伝送速度が250kビット/秒と比較的低く抑えられてしまう。このため、グラフィカルなインターフェースを搭載するRFリモコンなどでは、操作時のレイテンシが気になるかもしれない。

 このほか、リモコンの操作対象となる機器が待機状態にあるときの平均消費電力の増加も懸念される。IEEE 802.15.4に準拠した現在の無線トランシーバLSIは、Bluetooth Low Energyや半導体ベンダーの独自仕様の無線トランシーバLSIに比べて、動作時のピーク電流のピーク値が大きい。従って、機器側に組み込んだ無線トランシーバLSIが待機時に間欠的に起動して受信動作する際の消費電力が比較的大きくなり、機器の待機状態における平均消費電力が増えてしまう。

 一方で1万2000社のメンバー企業を抱えるBluetooth SIGは、標準規格をリリースするスピードが取り立てて速いわけではないが、相互運用性の確保に関しては評判が高い。Bluetooth SIGがこれまでにリリースした標準規格であるBluetoothバージョン1.0や同2.0、同2.1、同2.1+EDRのほか、今後発表予定のバージョン3.0もすべて、何百社ものメーカーが供給する対応製品を高い信頼性で相互に無線接続できることが保証されている。これは、標準規格をリリースする以前に、何カ月間もかけて「UnPlugFests」と呼ぶ認証イベントでベータ・テストを行うことで実現している。

 しかし、競合方式に対するBluetoothの最大の優位性は、恐らくは膨大な既存ユーザー層だろう。この点でZigBeeはとうていBluetoothに対抗できない。携帯電話機やヘッドセット、パソコンなど、Bluetoothを組み込んだ機器の出荷台数は2006年に10億台を超え、今後数年以内に20億台に達する見込みである。

 しかもBluetooth Low Energyが登場すれば、携帯電話機をはじめとするいくつかの機器は、既存のBluetoothとBluetooth Low Energyの両方に対応するデュアルモードの無線トランシーバLSIを採用する可能性が高い。従って、Bluetooth Low Energy対応のリモコンは、こうした機器と通信できるようになるだろう。BluetoothはPDAやノート・パソコンといった携帯型機器に広く普及していることから、単に既存の「リモコン専用装置」がRF方式に進化するというシナリオだけではなく、すでにBluetooth機能を搭載していた携帯型機器がBluetooth Low Energyに対応することで、強力な機能拡張としてリモコン機能を統合するという可能性もある。そうなれば、Bluetooth Low Energyによってリモコンの使い方が大きく変わることは間違いない(図5)。

図5
図5 Bluetooth Low Energyによって変わるリモコンの使い方

 例えば、インターネットの閲覧機能を備えたスマートホンを想像してみてほしい。こうした端末は、デュアルモードのBluetooth機能を搭載し、シングルモードのBluetooth搭載機器と直接通信できるようになるだろう。すると、こんな使い方が実現できそうだ。端末のユーザーは、外出中にお気に入りのテレビ番組の放送スケジュールをインターネットで確認する。帰宅後、端末のボタンを1回押すと、端末に搭載されているデュアルモード対応のBluetoothトランシーバLSIが、セットトップボックスやテレビに搭載されているシングルモードBluetoothトランシーバLSIと無線通信し、1週間分の番組視聴スケジュールが自動的にプログラムされる。後でこの視聴スケジュールを変更したくなった場合でも、従来のようにリモコンをソファーの後ろから取り出す必要はない。携帯電話機のGUI上で直接EPGを操作するだけで変更できる。

 もう1つの例として、端子電圧が3Vのコイン電池「CR2032」で動作するスポーツ・ウオッチを考えてみよう。これにBluetooth Low Energy対応のトランシーバLSIを搭載すれば、心拍数モニターや速度/距離モニターなどのさまざまな周辺機器と無線接続できる以外にも、Bluetooth対応の家電機器や携帯電話機、MP3プレーヤ、ポータブル・パソコンなどのリモコンとしても機能させられる。すでに日本では、腕時計メーカー各社がこうした機能に大きな興味を持っており、Bluetooth Low Energyの採用を検討している。

 ただし現時点では、Bluetooth SIGとRF4CEコンソーシアムのいずれが最終的に勝利を収めるかを予測することは不可能である。RF4CEコンソーシアム側が今後、未発表の機能や特長などを公表する可能性もあるからだ。間違いなくいえるのは、リモコンの将来はRF方式の時代になるということだ。そして赤外線方式は遠からず、ちょうど白黒テレビやオーディオ・カセット、VHS方式のビデオデッキなどと同じように、「懐かしい思い出」になるだろう。

参考文献

オランダRoyal Philips Electronics社と韓国Samsung Electronics社、ソニー、ZigBee Allianceが米国時間2009年3月3日に発表した共同プレス・リリース「ZigBee and RF4CE set new course for consumer electronic remote controls(ジグビー・アライアンスとRF4CE、CE機器用リモコンの新たな可能性を示す、赤外線リモコンの優れた代替技術として無線リモコンのグローバルなオープンスタンダード化

Wikipedia「Remote control」(http://en.wikipedia.org/wiki/Remote_controlen.wikipedia.org/wiki/Remote_control)。

Profile

山崎光男氏

現在、ノルウェーNordic Semiconductor社で日本のカントリー・マネージャーを務めている。同社は独自仕様に基づく2.4GHz帯の低消費電力無線トランシーバLSIを主力製品とする半導体ベンダー。Bluetooth SIGにアソシエイト・メンバー企業として参加しており、Bluetooth Low Energyの策定に携わっている。


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